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【どろろ】人気がなかったのに傑作になり得たワケ

今回は手塚作品の中でも屈指の人気を誇る「どろろ」をお届けいたします。

「どろろ」と言えば巻数にしてわずか4巻...。
最後は打ち切りという結末を迎えましたが
本作で生み出された設定は後の漫画や小説に大きな影響を与えました。

未だに映画、小説、マンガ、ゲームなど
あらゆる分野でリメイクやオマージュされているのは
この設定が秀逸であるという証拠でしょう。

今回はその人々を魅了してやまない「どろろ」の世界を
たっぷりとご紹介していきますのでぜひ最後までお付き合いください。

それでは本編いってみましょう

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本作は1967年から「週刊少年サンデー」に連載
後に1969年に秋田書店の「冒険王」にて連載された作品です

手塚治虫の作品の中でも多くのリメイク、オマージュされ
特に人気の作品でありますが意外にも連載当時は陰惨で暗い内容が読者に受け入れられずあまり人気がありませんでした。

さらに手塚先生自身も迷いを感じ連載が一度終了するなど
決して評価の高い作品ではなかったんですね。

ではなぜそんな作品がこんなにも後世に影響を与えたのかと言いますと
その奇抜な設定が秀逸だったからと言えます。
生い立ちの不遇なハンデ
奪われた体を取り返す
48体の妖怪を倒すと人間に戻れる
体中に武器を仕込んである
という、少年なら誰もが興奮するワクワクの設定。
これには多くの読者が夢中になりましたし、
特にクリエイターには多大なる影響を与えました。

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実際この設定のテンプレートさえあれば
あとは脚本次第でどうとでもなるくらい優れた設定であり少年漫画界においても極めて重要な作品として位置づけられることになります

さぁそんな記念碑的マンガのあらすじをさっと追っておきましょう。


舞台は戦国時代。
父親が魔物と契約したことで体の48か所を魔物に奪われて誕生した幼子
目も鼻も口も耳も手も足も体中のあらゆるものが欠損した赤ちゃんは
生まれて間もなく親に捨てられます。

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その後、 奇跡的に生き延びた赤ちゃんは青年百鬼丸として成長し
『四十八の魔神を倒せば、人間としての体を取り戻せる』 とお告げを聞き
失った体の部位を取り戻すために魔物を倒す旅に出る
というお話しであります。


ストーリーは非常にシンプルです。
シンプルが故に、如何様にも話が膨らますことができるテンプレートとして非常に完成度が高いです。
事実
この洗練された美しさに多くのクリエイターたちが魅了されていきます。

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しかしながら
この「どろろ」は連載中は読者にあまり人気の作品ではありませんでした。
この秀逸な設定でありながらなぜ一般大衆には受け入れられなかったのか?

これはズバリ

「黒手塚」要素が強かったから…と言われております。

「黒手塚」とは
一般的に良い子ちゃんのマンガと呼ばれる手塚作品とは間逆の部分、
人間の内面に潜む暗い部分、ダークな要素が強い作品を総称して
「黒手塚」と呼んでいるのですが…

実際のところ改めて読んでみると「どろろ」って全然ダークではないんですね。
でも当時からするとこれはかなり過激だったわけです


…というのも、それまでの手塚治虫と言えば児童マンガの代表格であり
ダークっぽいのは前年に少年誌で描いていた「バンパイヤ」
若干その気はあったくらいですかね(それでも全然ヌルいですけど)

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青年誌に描いた作品もほんと僅かであり、強いていえば「人間ども集まれ」という実験的大人マンガを描いていたくらいです。

つまりグロさや怪奇的な描写というのは少年誌ではほとんどなく
それらを「どろろ」で初披露したわけですから
当時の読者の戸惑いは相当なインパクトであったことだろうと思います。


ではなぜ手塚治虫がこれまでの作風ではなく
怪奇的作品の転換期になったのかと言えば…

これは
白戸三平による劇画ブーム
水木しげるによる妖怪ブームの影響があったということは有名なエピソードであり手塚先生本人も認めております。

特に水木作品においては『墓場の鬼太郎』を見たあまりの衝撃に
ひっくり返って自宅の階段から転げ落ちたという
嫉妬に狂った伝説のエピソードもあるくらいです。


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ですからこの「どろろ」は劇画ブーム、妖怪ブームの影響を受け
世に送り出された作品でありこれをキッカケに手塚治虫が元々抱えていた
「暗く殺伐とした退廃的な側面」をも掘り起こされる結果にもなったという曰くつきの作品になるんですね。

これまでの「手塚治虫とは児童マンガ家」というイメージで縛られていたものが堰を切ったように解放され本来根っこの部分にあったダークさいわゆる「黒手塚」が炸裂したんですね。


事実この「どろろ」以降、
「地球を呑む」「I・L」「きりひと讃歌」など青年誌への掲載も始まり
「黒手塚」が本格的に表舞台へ出ていくことになるので
ある意味で先生にとっても作風の転換期でもあったといっても過言ではないでしょう。


ではこの「黒手塚」とは一体何なのかってことですが
所説いろいろありますが
ボクが定義する「黒手塚要素」として4つあります。

それは「人形」「変身」「無性別(両性具有)」「獣」の4つなんですが
これらの要素を多く含むほど「黒手塚」要素が濃くなっていくと定義しています。これらの解説については下記記事でキッチリ解説しておりますので
ぜひご覧になってみてください。


さて今回はこの「どろろ」の「黒手塚」要素に迫ってみますが
黒手塚の片鱗がてんこ盛りであります。

まず「人形」
これはかなり重要なんですけど手塚先生は「器」フェチなんですね。
「器」に魂が入るということが何よりも興奮ポイントなんですが
この「どろろ」のオープニングなんてまさにそれ。
四肢がなく目も耳もないイモムシのような姿の赤ちゃんって
これ手塚タッチだから可愛いですけど普通に見たら完全にアウトです(笑)

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この後ブラックジャックで「ピノコ」を同じように登場させるんですけど
「どろろ」と「ピノコ」はまさに手塚先生の大好きなキャラクター
空虚な器に生命を宿す、魂を込めるという究極の黒手塚全開キャラクター。
この要素は欠かせない黒手塚要素です。


続いて「変身」
「メタモルフォーゼ=手塚治虫」と言っても過言ではないくらい変身は
超重要な要素であり
変態するものにエクスタシーを感じる変態作家でもあります。

昆虫好きというのもこの変態が衝動の根幹になっていますし
アニメ制作でも変身シーンだけは自らが絵コンテを描いていたというくらいド変態であります。

この「どろろ」においてはまさしく百鬼丸です。
魔物を倒すたびに人間になっていくという設定はまさにそれ。
移り変わってゆく様にエクスタシーを感じる手塚治虫節全開のキャラクターであり日本漫画界にもどえらい設定をもたらしました。


個人的には刀を手にした者は憑りつかれて殺人鬼になってしまうという
妖刀「似蛭」のエピソード
あれには読んでいた当時興奮しましたね。
これ以降、妖刀で人格が変わるなんていう設定のマンガは死ぬほど見るようになりましたしね。
まさにメタモルフォーゼ好きな先生ならではの発想だと思います

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続いて「無性別(両性具有)」
これも手塚作品の大きな特徴で男か女か分からない描写が大好きなんですよね。
とにかく雌雄の区別のない描写が大好物なんです(笑)
ネタバレになってしまうんですが実は「どろろ」って女の子なんです。
「アトム」も元は女の子の設定だし昔ミッチイってキャラが居たんですけどこれも男か女か分からない。
「リボンの騎士」のサファイアや「MW」の結城とか
男女両方の特性を持っていたり
「三つ目がとおる」の和登さんの美人でありながら一人称はボクとか
男女両性を兼ね備えた存在、もしくは生物学的な性別を超えた存在
性別の概念を超えたキャラクター設定こそ手塚治虫を語る上では欠かせない要素なのであります。
内在するエロス、背徳性を感じさせる設定こそ「黒手塚」の神髄です。

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最後に「獣」
これはケモナー要素のことなんですけど本作でも「キツネ」「猿」など
「獣」は出てきますがそこまでの要素は発揮されていません。
「バンパイヤ」のように獣に変身する件があれば最強だったんですけど
むしろここではオリジナルの妖怪、魔物がその「黒手塚」要素を演出していますね。

そしてオープニングで親父が我が子を引き換えに魔人に魂を売るシーン
これはほぼ間違いなくゲーテの「ファウスト」の影響ですね。

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手塚先生と言えば生涯三度も「ファウスト」を漫画化しているくらい
「ファウスト」オタク
「リボンの騎士」「火の鳥」にも引用が出てくるほど手塚作品の至る所に
そのオマージュ、影響を見てとることができます。

この「どろろ」のオープニングにもその影響がいかんなく発揮されており
妖怪、魔物という作品のテーマのおどろおどろしさが初っ端から表現されておりますね。

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このようにサラリと触れてきましたが
手塚先生が元々抱えていた「黒手塚」要素、それ単体ではなく、
複合して混ざり合うことで起きた化学反応が
暗くダークで殺伐とした退廃的な要素を生み出し
日本漫画史に残るほどの傑作を生み出す要因となるのですが…

これらは当時の一般大衆には「暗い」と受け止められ
そこまでの人気作になることはありませんでした。

しかし、一方で漫画偏差値の高いコアなファン層にはゴリゴリに
このダークな世界観が支持されカルト的な作品として語り継がれていくことになります。

そしてこの「どろろ」以降
手塚作品も内在していた「黒手塚」要素が顕在化していき
青年誌という新たな活動表現の場も広がっていく事になります。

つまりこの「どろろ」は単なる時代の影響を受け
安易に真似た作品を描いたのではなく
それにより資質として抱えていた「黒手塚」要素を炸裂させるキッカケとなった手塚治虫におけるターニングポイントとなった
歴史的転換作品なのであります。

如何でしたでしょうか。
ちょっとまだまだ話足りないことがたくさんありますが
今回はここまでとさせていただきます。

最後までご覧くださりありがとうございました。

ではまた次回


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