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ブラックジャックは如何にして国民的マンガになったのか?第一話「医者はどこだ」から解説してみる

今回は手塚治虫の超代表作「ブラックジャック」を深堀りしてみたいと思います。

言わずと知れた
マンガの神様が生んだ国民的人気作でありますが
そのスタートは手塚治虫史上最も過酷でどん底の時代でした。
そんな中、いかにしてこの名作が生まれたのか
そしてこの作品の魅力について
第一話「医者はどこだ」を元にして読み取っていこうと思っております


どうぞ最後までお付き合いください
(音声だけでも楽しめるようになっておりますのでポチってみてください)


まずはブラックジャックとはどんな作品なのか?


無免許医ながら天才的な外科技術を持ち
法外な治療費を請求するため医学会から忌み嫌われる悪名高い医師だが
情に厚く人間味溢れる主人公の異色ドラマを描いた手塚治虫の傑作。


医療漫画や業界マンガの先駆けともいえるこの作品は
各業界や著名人にも様々な影響を与え特に漫画界に与えた影響は絶大!
連載開始から約45年を経た今なお多くの人々を魅了し続けている
マンガの神様が生んだ国民的人気作となっております。

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改めて説明するまでもなく有名な作品ですのでブラックジャックのことを細かく説明しなくてもご存じの方も多いと思います。
しかし
この名作が生まれた1973年当時は手塚先生は人生のどん底でした。


漫画業界はそれまでの鉄腕アトムを筆頭としたSFやファンタジーマンガの時代から「あしたのジョー」や「巨人の星」といった
現実をリアルに描いた新しいスタイルの劇画マンガが主流となり
「手塚は終わった」「古臭い」「時代遅れ」と呼ばれ
ヒット作にも恵まれず手塚治虫最大のスランプ時期でした。

加えて虫プロダクションの倒産、虫プロ商事倒産とまさに人生のどん底。


手塚先生最大のピンチの時代


そんな時ひとつの転機が起こります。
「週刊少年チャンピオン」にある編集長が就任したことで流れが一気に変わります。

それが伝説の編集長壁村耐三さん

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当時の「週刊チャンピオン」は、同じ週刊誌の「ジャンプ」「マガジン」「サンデー」に遅れをとっており発行部数にも陰りが見えていました。

しかし彼が就任後は「ドカベン」「ガキデカ」
そしてこの「ブラックジャック」などヒット作を連発し
一気に発行部数トップに上りつめた敏腕編集長です。

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そんな壁村さん
手塚先生とは周知の仲で、…仲というか手塚プロに殴り込んだり原稿投げつけたり一説によると殴ったこともあるという(笑)クサレ縁といいますか犬猿の仲ともいえる間柄なんですが
実際は壁村さんは大の手塚ファンでもあり手塚先生の人柄にも惚れ込んでいた人物でもあります


そんな壁村さんが
マンネリと言われ世間から見放されていたまさに崖っぷちの手塚治虫の新連載を始めると言い出すんですね。

当然廻りからは非難轟々
誰もが新連載を手塚治虫でいくって言ったときは耳を疑ったわけです。
「時流に遅れた作家を使うなんてあり得ない!」と言われる中で
手塚治虫の新連載を強行連載するわけです

しかし実際は
漫画家として過去の人になりつつあった手塚先生の「死に水」を取る意味で
連載は短期、4回のみの条件付きだったんですね。
それは長年付き合ってきた壁村さんのせめてもの報いだったんでしょう。

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ところが蓋を開けてみれば…
大方の予想を大きく覆し読者に凄まじく強烈な印象を残した「ブラックジャック」の人気はグングン上昇
ついに連載打ち切りと言われていた第4話では長期連載が決定します。
そこからの活躍は皆さんの知るところ
後に手塚治虫を代表する作品、
そして永遠に愛される不朽の名作となっていくのであります


このように「ブラックジャック」とは
地獄から生み出された傑作であるということがお分かり頂けたと思いますが
これまでの作品とは一体何が違ったのかを
第一話「医者はどこだ」より考察してみようと思います。


余談ですが第一話の掲載は講談社版「手塚治虫漫画全集」では19巻となっており第1巻の第1話は正式な第1話ではありません。

「ブラックジャック」はすべて短編なのでどこから読んでも問題はないので
順番は関係ないんですけど「なんで1話目が19巻なのか」
この辺の経緯は長くなるので今回はやめておきます(笑)

秋田書店版では順に読むことができますし
アマゾンなら第1話が(試し読み無料)できますのでぜひご覧ください


---この記念すべきこの第1話「医者はどこだ」を元に
「ブラックジャック」の魅力とその人気の秘密に迫ってみますが
大きく⑤つに分類して解説していきます。


①読み切り短編である
②対比構造「生と死」
③主人公がおっさん
④日本人向けじゃないヒーロー像
⑤神技を披露しない


①読み切り短編である


まずはコレですね。当時は週刊誌の人気を得るために続きものが主流でした。(今もそうですけど)
続きが気になるから次も読みたくなるのであって週刊誌で短編は基本的にはありません。(読み切りはある)
しかしブラックジャックは元々打ち切りの短期連載という条件でスタートしたため連載が短編形式になるのですが
これが功を奏しこれまでの手塚治虫という作家の蓄積された経験、技量が炸裂します。

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加えて医療マンガという超専門的知識を加え
わずか16ページという規制の中で毎回とんでもないドラマを繰り出すという離れ業をやってのけるわけです。

毎回、編集が絶対続かない、いつか絶対失速すると
内心思っている中で常に圧倒的なストーリーを描いてくる。
「正直あり得ないと思った」と担当編集も舌を巻いていたそうです。


これには名だたる漫画家も口を揃えていっているのですが
この作品は「手塚先生にしかできない」と言われております。
まずはその発想と専門的な知識
そして毎週違うエピソード、そして完璧な起承転結
これらを高次元で融合させ、
なおかつ週刊連載に耐えうるスピードは絶対に不可能と言われております。

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名作「コブラ」の作者、寺沢武一先生は「ブラックジャック」連載時のアシスタントをしており一番間近でその凄まじさを見て
その時の思いをこう述べております

「先生はボクからすれば宇宙人であり天才、ブラックジャックは短歌のように美しい余計なものを削ぎ落し完成度が極めて高い」
「ブラックジャックの中のエピソードを超える物語を作れたら引退してもいい」


プロから見てもその完成度は圧倒的であり、このストーリーと構成力
そして長期連載に耐えうる継続力はまさに神業


読み切り短編で重厚なドラマを描いた「ブラックジャック」
時代に逆行した手塚治虫の凄みが爆発した作風は
間違いなく「ブラックジャック」の魅力のひとつであると言えるでしょう。


②対比構造「生と死」


手塚先生はよく「生と死」のような対比構造を用いますが
これまでは「鉄腕アトム」や「火の鳥」のようなSFやファンタジーの世界だけで描かれてきたものを「ブラックジャック」では現代劇に落とし込み、
なおかつ医療というまさに「生と死」の最前線を舞台にして、
そこに手塚流の「生と死」を融合させます。

「手塚マンガは複雑だ」とか「哲学的」だと言われた指摘を逆手にとり
ゴリゴリの「生と死」のマンガを繰り出します。

その表現は分かりやすさも
相まって結果的にこれが爆発的ヒットの要因となります。

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元々手塚作品の特徴は悲劇を描くことの対比によって「生きる」ことの
素晴らしさを描いているマンガで
漫画に悲劇を初めて持ち込んだ漫画家ともいわれております。

そしてこのブラックジャックに描かれている生命観
生命への哲学がハンパじゃありません。

単に医療によって救われたという一方向からの描き方ではなく
本当の幸せを描くために、不幸な不幸せを描く姿によって
生きていることを実感させられる秀逸なストーリーはまさに圧巻。

この第1話「医者はどこだ」でも金にモノを言わせて他人の命をなんとも思わない大実業家にはめられたデビイ。

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死刑宣告を受け
大実業家の息子のために犠牲になった無実のデビイは
移植を執刀する
ブラックジャックに対して「悪魔の手先め」と罵倒します。

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しかし最後に
実は助けたのはデビイの方であると分かるのですが
死を覚悟した次の展開には生きている喜びを感じさせる対比描写

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そして助かったデビイは母親に「あの人はきっと天使だね」と言うのですが

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これ本当なら「神様」だねという言葉を使ったほうが
神業のブラックジャックなのでセリフ的には正解なんですが
なぜか「天使」というセリフが使われています。

これは先ほどの「悪魔」の対比として「天使」という言葉をあえて使っているのだと思います
このセリフにより「天使」「悪魔」という両面を暗示させることで
読者にこのマンガの根底にあるテーマを伝えるとともに
手塚流の生命観を表現しているわけですね。


当時、一般大衆が刺激的なものばかり好まれる時代にあって
漫画本来が持つ本当の面白さというものを
医療という超現実的なリアルな描写によって表現したのは
手塚治虫の真骨頂であり
ブラックジャックの醍醐味のひとつと言えるでしょう。


③主人公がおっさん


これは画期的です。
当時の人気漫画と言えば「あしたのジョー」「仮面ライダー」「漂流教室」「プレイボール」「マジンガーZ」「ド根性ガエル」「ドカベン」「魔太郎がくる」「釣りキチ三平」などなど
まだまだありますが
ほぼほぼ青年、少年が主人公です。

そこへきてブラックジャックは正式な年齢は明かされていませんが推定30歳。
完全におっさんです。


今でこそ30歳ってまだ若いですけど当時では30歳なんて「おっさん」です。そんなおっさんが少年誌で主人公なんて前代未聞です。

しかも性格は暗くて顔にキズがあって無口でお金にガメつくて
まだまだいっぱいありますけど全然少年たちのヒーローじゃないんですよ。

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ドカベンとかのように憧れのスターじゃありません。
むしろアンダーグラウンドの陰湿な主人公です。

なのになんでこんなに人気が出たんでしょう…。不思議ですよね。
実は連載開始当時、1970年前半はオカルト、怪奇ブームの中にあって
つのだじろう先生の「恐怖新聞」などホラーテイストの強い作品が人気がありました。

実際「ブラックジャック」第一巻チャンピオンコミックスの表紙左下には
「恐怖コミックス」と銘打たれているので
当初は恐怖ホラー作品であったことが伺えます。

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初期のエピソードも怪奇的なものチラホラあって
5話目の「鳥人間」なんかまさにオカルト怪奇です(笑)

グロテスクな描写というのも
ブラックジャックでは手術シーンがそれにあたり
当時の子供たちの間で話題になります。

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結果的に世間とは真逆のキャラクター設定は圧倒的な差別化となり
グロテスクなホラー要素が人気の後押しとなっていきます。


しかし後に作風と設定も固まっていき
しれ~っとコミックスの表紙も「ヒューマンコミックス」になり
皆さんがが知るブラックジャックへと定着していくわけであります。

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④日本人向けじゃないヒーロー像


これは
日本人が日本人として元々持っている文化的な好みの問題なんですけど
実は孤独なヒーロー像ってあまり受けないんです。

日本人の好みは完全に組織主体なんです。
例に挙げると
古くは水戸黄門、遠山の金さん、大岡越前、のように組織型ヒーローが
日本人の好みです
人気のドラマも刑事モノがめっちゃ多いのも特徴
Gメン75、太陽にほえろ、踊る大捜査線、相棒など
これらも警察という組織のヒーロー像。

あの国民的ヒーローウルトラマンも公務員ですし兄弟めちゃめちゃいるし
仮面ライダーやなんたらレンジャーもそう。
とにかく群れる(笑)

日本人は後ろ盾があるような国家権力に守られているヒーローや
仲間意識が強いヒーローがめちゃめちゃ好きなんです。
それが悪いということじゃなく
それが日本の文化や社会性ですよってことで
国民がどういうスタイルのヒーローを支持するのかって意味です


…なので孤立している孤独なヒーロー像って日本人向けじゃないんですけど
このブラックジャックは国民的マンガになった。


これは非常に珍しいケースです。

過去に例がないことはないんですよ。古くは鼠小僧とかゴルゴ13とか
孤独なヒーローはあるにはあったんですけど
ここまで多くの人に支持されるキャラクターはちょっと記憶にないですね。


その要因を考えてみるとこれはシンプルに
「困っている人を助ける」という信念でしょうね。

単純ですけどこのシンプルさは強い

なんせ医者という立場で「命のやりとり」を最前線で実践しているわけですから説得力の破壊力が違います
同じ「困っている人を助ける」でも
これまでの相手を倒して人を助けるというヒーロー像から
「人の命を救う」という超実践的な人助けは結構画期的だったと思います。

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しかも「病院」という絶対に誰もがお世話になるところで
超絶な親近感も沸きますし、
これまでのような遠い世界のヒーロー像ではなく
誰にでも想像できる身近な存在のヒーロー像を描いたからこそ
ここまで受け入れられたのではと思います。

現にこの「ブラックジャック」以降「医療ドラマ」が連発していったのは偶然じゃないでしょう
今なんて刑事ドラマか医療ドラマばっかりですもんね。
(ボクはTVみないので分かりませんけど…)


つまりこの「ブラックジャック」はこれまでのヒーロー像を覆しただけでなく日本に医療ドラマというムーブメントを起こした先駆けの存在であるとも言えます。


⑤神技を披露しない


ブラックジャックと言えば神業なんですが、実は神業を披露しない回も少なくありません。特に第1話では神業と謳っておきながら行ったのは顔の整形のみという展開(笑)

第1話ですよ。いわばお披露目会ですよ。
一番目立たなきゃいけない超重要な場面で神業を披露しないという荒業

ここにこのブラックジャックの神髄がすでに設定として
折り込まれているわけですね。

単に医療によって人を助けるだけの描写ではなく
ドラマ性をしっかりと見せていく。
命を救うことに誰よりも強いこだわりを持ち
そしていくらお金を積まれようが悪には徹底的に対抗するスタイル

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権力にも屈せず自らの信念でのみ神業を披露するという
医者としてはあるまじき行為なんですが
それが本作の主人公の在り方であるというメッセージになるんですね。


この一見すると我儘な性格も
「命の厳しさ」を常に問いかけてくるメッセージに他なりません。

「ブラックジャック」は
生きるという執着においては並大抵のものではありません
だからこそ
いざその神業が炸裂させたときに読者は共感を得てしまうんですね。

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1973年、発表された当時、少年マンガの世界で医療の世界を舞台にしたマンガというのは、それだけで画期的でありました。
加えて医者が主人公というマンガであれば過去にも例があったんですが
医療行為そのものをドラマの中心に持ってきて
手術をリアルにマンガに描いたのは「ブラック・ジャック」が初めてと言われております。

手塚先生の医療における
表現の限界に挑むかのようなリアルな人体描写は圧巻です
臓器や筋肉、皮膚の繊維まで描きこまれた手術シーンは天才的でありまさに医者でもある手塚治虫にしかできない芸当でしょう。

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この神業の設定とリアルな医療描写こそブラックジャックの醍醐味であり
後に多くのマンガやドラマ、業界そのものに大きな影響を与えた
ブラックジャックの魅力であると言えるでしょう。



というわけで今回は「ブラックジャック」についてお話しました。
いかがでしたでしょうか。
このブラックジャック多くの方が一度は手に取ったことがある名作だと思いますが今一度、読み返してみてほしいと思います。

再読に耐えうるマンガというのものこのブラックジャックが
長年にわたって愛される秘密のひとつでもあると思います。
ですので何回も何回も読み返してみてくださいね。

今回ご紹介した第一話「医者はどこだ」
アマゾンなら第1話が(試し読み無料)できますのでぜひご覧ください

もう何回読んでも面白いですから。
ぜひ今一度読んでみてほしいと思います。


こちらアマゾンでの全17巻セットのリンクですが
レヴューを見れば読者の生の感想が伝わってくると思います。
多くの方々がその作品の魅力に触れていますので
ぜひ覗いてみてチェックしてみてくださいね

最後までご覧くださりありがとうございます。

■引用 / 参考文献
手塚治虫漫画全集「ブラックジャック」/講談社
ブラックジャック創作秘話 吉本浩二 /秋田書店

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