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実在した近代シリアルキラーの原点「ペーター・キュルテンの記録」

今回は実在した連続猟奇殺人鬼を描いた「ペーター・キュルテンの記録」をお届いたします。
最初にお断りしておきますが
本作は残忍かつ異常な性癖を持つ実在したサイコキラーのマンガ化ですので
表現の規制範囲内でのご紹介とはいえ
人によっては目を覆いたくなる描写や言葉が出てくると思います。

その手の耐性がない方はご遠慮いただいた方が宜しいかと思いますし
ボクも今回はオススメ作というより
巨匠手塚治虫がこんなマンガも描いていたんだぞという側面を
お伝えできれば良いと思っておりますので
ぜひその辺りをご理解いただければと思います。

それでは本編行ってみましょう。


本作は1973年1月に「漫画サンデー」にて掲載された作品であります。

あらすじは
1930年代のドイツのデュッセルドルフ
女性の連続絞殺・屍姦事件に市民が怯えていた容疑で
1人の男が浮かびあがります。
しかしその男は近隣でも礼儀正しく、物静かな紳士として評判の
人々の尊敬を得ていた男でした。

公判で彼の裏の顔が次々に明らかにされていくと
実は残忍かつ異常な性癖の持ち主で
性的快楽を目的とした凄まじいまでの殺人鬼だったというお話であります。


冒頭にもお伝えしましたがこれは実話を元にした作品であります。

ペーターキュルテン

このペーターキュルテンという男
近代シリアルキラーの原点とも言われ「デュッセルドルフの吸血鬼」と呼ばれていた猟奇殺人者なのであります。

実際、その経歴は凄まじく
あまりの異常性によりここでは公開しませんが
女性の「連続絞殺・屍姦事件」にデュッセルドルフの街を完全なパニック状態に陥れたほどに殺人を続けていました。

その一方で毎日、奥さんの職場まで迎えに行くほどの愛妻家ぶりを見せておりまさしく日常に潜むシリアルキラーそのものだったんです。

そんなキュルテンの最後は約80件の犯罪を自白。
9件の殺人と7件の殺人未遂の罪で起訴され
1932年7月2日、ギロチンにて死刑が執行されています。

そして最後の言葉は、

「私に残された最後の望みは、自分の首が切り落とされ、
血飛沫を噴き出す音をこの耳で聴くことです」

という世界を震撼させる言葉を残した異常犯罪者でありました。

そんな狂気的な異常犯罪者でありながら奥さんには優しく紳士的で
これまで欺いたことに対する償いとして、実際に今まで行った犯罪を告白
警察へ通報して自分に掛けられた高額の褒賞金を受け取り老後の蓄えにするように促していたという側面を持ちます。
実際に奥さんの通報によって警察に逮捕されたそうですので
人としての愛情は少なからず持ち合わせていたことが分かります。

手塚先生の原作では若干異なるところもあり犯罪者のプライドとして逮捕されるような展開にもなっているので少々の脚色はあるものの、ほぼ史実通りの内容になっていると思われます。
これは原作にも記載がありますが鶴見俊輔氏の著作による実話に基づく作品となっているようで手塚先生の完全オリジナルではありません。

とはいえ構成力は見事そのもの。短い短編でありながら冒頭からスリリングで二転三転していくミステリー要素を含んだ展開は流石の一言です。


冒頭のキュルテンの登場はめちゃくちゃいい奴で
街の誰からも慕われている紳士である一方で、

仲むつまじい優しくてキレイな奥さんには前科があって
彼女の心のキズを描く事でよりキュルテンの清廉さが際立つんですね。


しかし街で起こる連続殺人とキュルテンとの関連性が徐々に描かれていき
最後にはキュルテンが異常犯罪者だったと明かされてゆくのですが
この対比していく展開は見事です。


この短いページ数の中で
短編とは思えない見事のストーリーテリングであります。
一本の映画を見ているかのような構図、展開そしてクライマックス
漫画のお手本とでもいうべき起承転結が見事に表現された作品といえます。
ここはさすが手塚治虫と言わざるを得ない見事な構図ですね。


そして内容が非常に残酷で残忍で目を覆いたくなる犯罪者を描いているのですが不謹慎でありますがどこか美しさを感じてしまう魅力があります。

手塚マンガの品格というべきか
狂気を描きながらも単なる殺戮ものではなく
非常に何か哲学性を感じられる作風に思えます。
これはおそらく残虐行為そのものではなく
犯罪者の美学を描いているからだと思うのですがその異常な精神性にクローズアップした物語としてひとつの読み物として成立させている技術はやはり手塚治虫という作家の技量はハンパないと感じさせられます。



この史実をグロくなく読ませようとするのは
読み手側からするとあまり感じにくい部分ではありますが書き手からするとかなり高度なテクニックを必要としますのでその構成力、表現力も本作の見どころのひとつではないかと思います。


このシリアルキラーを見ていて思ったのは
「ジョジョ」の第4部のボス
「吉良吉影」のようなイメージが思い浮かびました。
街に潜む異常犯罪者という点においてはとても良く似ています。
もしかしたら荒木先生もペーターキュルテンを題材にしたのかもしれませんね。

手塚先生がなぜこの狂気的な事件をマンガ化したのかその真意は語られておりませんが執筆時は先生のスランプ期に描かれたという事で精神的に病んでいたことは間違いありませんのでその影響からこの事件をチョイスしたという事は少なからずあると思います。

実際この時期、陰惨、陰鬱な作品を沢山描いており
破壊衝動に直結するような作品も多いです。

「アラバスター」「ボンバ!」なんかはその例ですけど


それでも史実を描くというのは異例でしたね。
しかもサイコキラーのマンガ化ですからこれはかなりの衝撃でありました。
史実自体を描くのは珍しくありませんがそれでもこの作品の持つ異質さは手塚作品の中にあっても際立っています。

性的快楽を目的とした異常犯罪者の類として見ても
「ばるぼら」とかとも違う「奇子」とも違う異常性を感じます


そしてキュルテンの歪んだ性癖に目が行きがちですけど
実際は労働者たちの支配者階級に対しての怒り、社会への怒り
不条理に対しての怒りにどこか先生の中で表現として通ずるものがあって
それが表現の一部として題材になったのではないかと思っております。

手塚作品の普遍的なテーマとしての「人間の業」
誰しもが秘めている心の闇という側面を描いたダークサスペンス短編

宜しければ一度手に取って
読んでみてはいかがでしょうか。


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