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藤子F先生も驚き!時代を変革した革命的手法は現代のスタンダードに!「地底国の怪人」を解説

今回は日本ストーリーマンガ第一号「地底国の怪人」をお届けいたします。

現代日本の漫画文化の基礎ともいえるストーリーマンガ
その第一号を描いたのは当時まだ若干19歳の天才「手塚治虫」でありました

初期手塚の放つはち切れそうなエネルギーに
当時の子供たちは映画や小説を超える眩しさを感じ一躍マンガが
子供たちのメインストリームに躍り出ます。
そんな時代を動かした革命的作品をご紹介いたしますので
ぜひ最後までお付き合いください。


それでは本編いってみましょう。

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本作は
1948年、昭和23年に不二書房より刊行された通常の書籍流通ルートに乗らないいわゆる赤本で出版された作品であります。

まずは簡単にあらすじ追っておきましょう。
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内容は至ってシンプルです
改造されて人間並みの知能を持ったウサギの耳男が
科学者の少年ジョンとともに、完成したばかりの「地底貫通列車」に乗って地球の中心を目指すストーリーであります。
そして彼らが辿りついた地球の中心には、
地上征服をたくらむ女王の支配する地底国がありました。
地球の中心で繰り広げられる想像を絶する大冒険活劇。

さぁ一体このあとどうなってしまうのか。
というのが本編のあらすじであります。

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改めて本作発表された年を申し上げると、
1948年、戦後わずか3年後の事であります。

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     (参考までに1948年当時の渋谷道玄坂の写真です)

前年の1947年には赤本漫画業界で空前のヒットとなる『新宝島』を発表し、
すでに新進気鋭の若手漫画家として注目を浴びる人となっていた手塚先生ですが実はこの時まだ19歳で、大阪大学医学専門部の学生でもありました。

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19歳という年齢で、医学生で、しかも戦後間もない時代に
これほどのドラマ作品を創り上げたことは
まさに恐るべき才能がこの日本に誕生した瞬間と言えるでしょう。


この「地底国の怪人」が如何に革新的であり凄まじい作品であったかを
論じるには絶対に外せない要素があります。
それは
手塚治虫をして「いわゆるストーリー漫画の第一作」と言わしめた
現代のストーリー漫画の基礎を築いた分岐点になったという事です。

我々が普段何気なく読んでいるマンガの始まり
すべてはこの漫画からスタートしたといっても決して過言ではない
すべてのストーリーマンガの原点になった作品が誕生したわけです。

つまり
日本漫画の歴史においても極めて重要な作品なのであります。

…にも拘わらずその事実はあまり知られておらず本作の知名度も
それほど高くありません。


それはなぜか

…これは前述した「新宝島」のインパクトが大きすぎるからなんですね。


一般的に手塚初期作として「新宝島」
「ロストワールド」「メトロポリス」「来るべき世界」のいわゆるSF三部作が時代を変えた傑作として高く評価されています。
特に「新宝島」においては当時の出版技術で空前の40万部以上も売れた大ヒット作でありこれが世間的にはストーリー漫画第一号として認識されている作品でもああります。

藤子先生の「まんが道」でもその衝撃が語られ
後の有名マンガ家たちからもマンガを志すきっかけとなった作品として
散々こすり語られているので
これが当たり前のイメージと受け止められてもしょうがないと思います。

しかし手塚先生はその「新宝島」を
ストーリーマンガの第一号として認めておりません。
それは
「新宝島」が酒井七馬さんとの共同制作であること、
そして
クオリティという点においても「新宝島」はストーリー漫画とは呼べないからとしています。

それはなぜか。


それは「悲劇」が描かれていないからです。
これは言い換えますと
「地底国の怪人」とは日本で初めて悲劇が描かれた漫画とも言い換えることができます。

それまで「勧善懲悪」しかなかった漫画の世界で
オチを言っちゃいますが本作の最後で主人公のひとりが死ぬんです。

早い話、それまでは漫画とは「喜劇」でなくてはならなかった
そんななか
正義は勝つじゃないですけど「正義も死ぬ」という「悲劇」を本編で初めて見せつけたんですね。

「たったそんな事?」 と思われるかもしれませんが
これまで漫画とは単なる娯楽だと思われていましたから
そこにアンハッピーエンドというドラマ性を持ち込んだ事で
当時の子供たちはぶったまげたんですね。

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この時の衝撃を藤子F先生はこう語っておられます。
「ラストはのけぞりました。こんなのありか?」って。

そうなんです、
主要キャラクターが死んだだけでこれほどの衝撃が当時はあったんです。
のけぞるくらい藤子少年には衝撃だったわけなんです。

いかにこの「悲劇」というドラマが
読者に与えた影響が大きかったかが分かるかと思います。

…でもこのネタになると必ず
「主人公を死なせて悲劇を描いたのは手塚が初めてではない。」
という反論があるんですけど
そんなこと分かっているんですよ。
…なので、この件についてもうすこし、時代背景を追っていきますね。

この件のポイントは「没入感」です。

「悲劇」に描くには必ず「没入感」が必要になるんです。
例えば1ページ目の1コマ目でキャラが死んでも
誰も感情移入なんてできないじゃないですか。
これまでも悲劇の要素はマンガにもありましたがこの没入感がなかったので
それは「悲劇」とは呼べないんです。ただキャラクターが死んだだけ。

その点この「地底国の怪人」
これまでの漫画では体験できなかった表現力が炸裂します。

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冒頭の飛行機が墜落するという劇的なシーン、
非常にドラマチックな幕開けに
見開き一枚のド迫力描写、画期的だった遠近法に
まるで目の前で生きているかのように動く回るキャラクター

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ここに、「地底探検」という奇想天外なドラマを創り上げ
知能を持ったウサギの耳男が活躍するというストーリーによって
ぐいぐいと作品に引き込まれていき、その最後に耳男が死ぬんです。

だから読者は驚いたんです。

積み上げたストーリーの先にドラマがありそこで「悲劇」を描くから活きてくる。そういう意味で「主人公級のキャラが死んだ」のは初めてと言ってるわけなんですよ

つまりは「没入感」のない「悲劇」は悲劇ではないし
それは「悲劇」を描いたとは言えないのです。
そしてこれは初めて読者の目を見開かせた瞬間でもあり
ストーリーマンガの世界に引きずり込んだ歴史的瞬間でもあるんです。
それこそが新しいマンガ表現の幕開けでもあったんですね


その件については手塚先生があとがきで描いております。

「ラストのアンチ・ハッピーエンドもぼくのストーリー漫画への思い入れをこめたものです。ただ話を追っていくだけの物語漫画なら、
ぼくの目指すストーリー漫画ではなかったのです。
内容に哲学的な深さをもたせ、人物の配置や構成に文学的な広がりを加える。かならずしも笑いは必要ではなく悲劇性、カタストロフィーも拒否しない、というのがぼくの主張でした。
もちろん現在の劇画ではあたりまえの要素なのですが、
それはこの「地底国の怪人」から始まったのだと、あえて申し上げます。」

…と述べておられます。
つまり偶然ではなく完全に狙って描いているんです。
新しいマンガ表現を、誰も描いたことのないマンガを開拓するべく
若干19歳の若者が狙って描いたんです。
これまでの漫画の限界、不可能だった事をストーリーマンガという
新しい手法で、誰もなし得なかった表現を描き切ったのです。


ちょっと見てもらえば分かりますが
冒頭の飛行機が落ちるだけのシーンに
贅沢にも見開き一面の2ページ使ってのド迫力描写

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続いて少年ジョンがお父さんを看取るシーンで3ページ

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ここで「地底国の怪人」とタイトルが出る(まさに映画的手法)

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完全に読者を引きずり込む構成です。
この時代には絶対にあり得ない構成なんです。

そこに圧倒的な造形美とペンタッチ
マジで当時の読者は説明できない面白さと感動に打ち震えたと思いますよ。

まさに当時マンガで
ここまでの奥行が出せたのは手塚治虫ただひとりでした。
今では信じられない事かもしれませんが漫画なんて
恐ろしく低俗で社会的地位の低いものでありました。

その中でマンガの可能性を信じて疑わなかったのは
恐らく日本で手塚治虫だけだったと思います

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早い話、それまではハハハと笑う低俗な「喜劇」でしかなかった漫画で
初めて「悲劇」も描けることを世に放ったわけですから
ここに漫画という表現の構造を大きく変革させた功績は計り知れないものがあります。


そしてその漫画を読み全身を震わせた若者たちが
「マンガでこんなことができたのか」
「それならもっとこんなこともできるんじゃないか」

とマンガの可能性を感じ、
続々と後の巨匠と呼ばれる人材が育っていくわけなんですね。

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そしてそれがいつしか
今日の漫画表現のスタンダードになっていくわけであります。

この表現手法は漫画だけにとどまらず
小松左京さんや星新一さんといったSF作家たちにも影響を与えたとも言われているので如何にこの漫画の登場が当時のエンタメにおいて刺激的だったのかを物語っているのではないでしょうか。

如何でしょう。
この功績はハンパじゃないですよね。
文字通り漫画の歴史を変えた歴史的功績と言えます
もう一度言いますが戦後わずか3年で若干19歳の若者ですよ。

いかに
手塚治虫がド変態であったかがこれで分かってもらえたかと思います(笑)


そしてこの作品ですでに後の手塚節となる設定が
確立されているのも興味深いですよね。
異形生物の存在、男とも女とも分からない無性別
そして獣と人間の融合というキメラ、キメイラ描写

今回はウサギと人間の半人半獣の合成生物ですからね

その半人半獣というキメラが自身の存在意義に苦悩する姿
高度な知能と感情を獲得した異形の生命体が悩むキャラ設定は
その後の手塚作品にめちゃくちゃ出てきます。
ロストワールドのみいちゃん
アトム、0マン、挙げればキリがないくらい今後の手塚作品のベースとなる表現ですよね

そしてその自身の愛すべきモノを破壊する美学

この変態性こそが手塚治虫なんですよね。

好きだからこそ惜しみなくぶっ壊すという剛腕
その片鱗がすでに本作でもしっかりと表れています。
この辺の手塚治虫の裏設定につきましてはこちらをどうぞ。


そんな歴史的傑作「地底国の怪人」でありますが手塚先生は
1913年に発行されたベルンハルト ケラーマンの小説「トンネル」にインスパイアーされたと語っておられます。

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先生はこの「トンネル」がめちゃくちゃ大好きで
事あるごとにこの作品に影響を受けたと方々で言ってます。

なにせ「地底国の怪人」というタイトルの前は、ズバリ!!
「トンネル」でしたからね(笑)
さすがに出版社も一緒はマズイってことで最終的に「地底国の怪人」になったんですけど、表紙のここにはしっかり「トンネル」(TUNNEL)と
アルファベット表記がされています。

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さらに中、開いてみるとここにも「トンネル」って書いてあります。
もうはっきり言って「トンネル」まみれです(笑)

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よっぽど「トンネル」にしたかったんでしょうけど
こういう手塚先生の頑固さいいですよね。
昔っから変わらないんですね

その後の、1951年には「地球トンネル」という名前でセルフリメイクして
1970年にも「アバンチュール21」というタイトルでセルフリメイクしております。


好きだからって自分の作品を3回もリメイクします? 普通?
もうどれだけ好きなんですかって感じですけど、、、、


手塚治虫はやっちゃうんですよ(笑)
もうド変態なんです。本当に。


ちなみにこの3回リメイクは別の作品「ファウスト」でもやり散らかしております。こちらもしっかり3回セルフリメイクしているんで好きなものへの執着はストーカー並みにえげつないという
これが手塚治虫という化け物作家ですから覚えておいてくださいね(笑)

とはいえ…
この「トンネル」は20世紀前半で最も成功した本の1つとも言われている名作で手塚先生だけではなく多くの作家にも影響を与えた作品でもあるので興味がある方は一度読んでみても面白いと思います。
そしてこの「トンネル」は先生が亡くなった際の最後の仕事部屋の本棚にも並んでいた小説でもあります。
幼き頃に影響を受け
そして亡くなるその時まで傍に置いてあった手塚治虫の愛読書

筒井康隆さんも絶賛しておりますし一読の価値ありです。

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レビューコメントを見てみるだけでも面白いですよ。


という訳で今回は「地底国の怪人」お届けいたしました。
如何でしたでしょうか。
若き天才手塚治虫の迸るエネルギーと日本ストーリーマンガの原点ともいえる革新的な作品を日本漫画の歴史を辿る意味でも
一度触れてみて欲しいと思います。

最後までご覧くださりありがとうございました。



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