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半透明になった男の復讐劇!闇が深い手塚治虫屈指の異色作「アラバスター」を読む。

今回はいわゆる黒手塚の中でも異様ともいえる作品「アラバスター」をご紹介します。

人間の深い心の闇を鋭く描いたSF犯罪サスペンス漫画ですが
手塚先生自らが
「どんな出版社から本にさせろとたのまれても、
どうしても気がのらない作品」
とまで言わしめた
曰くつきのダークマンガです

読者の反応も面白いくらい真っ二つで
「これぞ手塚の闇の部分」と絶賛の声もあれば
「こんなグロイの見たくない」との声も

ある意味で究極の二面性を持った手塚治虫の中でも屈指の異色作となっています。

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そんな作品を
今回は手塚先生がなぜそれほどまでに嫌だったのか?
をクローズアップして
単に作品を紹介するだけじゃなく
その理由を中心にアラバスターを解説してみたいと思います

ではいってみましょう!


まずは簡単にあらすじを追っておきましょう。

主人公はオリンピックの金メダリストである
黒人青年、ジェームズ・ブロック
彼は交際していた女性に肌の色の違いを理由に結婚を断られ、
裏切られたショックから無謀運転で事故を起こし投獄されてしまいます。

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獄中で彼は、ある科学者から生物を透明にする銃をもらい受けます
その銃の光線を浴びると透明人間になれるのですが
浴び続けると死んでしまう恐ろしいものでもありました。

光線を浴びた彼は
かろうじて死を逃れますが
半透明という不完全なまま生き続けることになります。
半透明という醜い姿になった彼は

「美しいものに恨みを持つ」怪人と姿をかえ
次々と犯罪を繰り返す怪人アラバスターとして社会に復讐していく…

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ざっくりですがこんな感じのお話ですかね

はっきり言いますと…「暗い」です(笑)


最初はフラれた彼女への復讐だったんですけどそれが徐々に
美しいものへの妬みであったり
社会への不満が膨張して
世の中のありとあらゆるものを憎む変人になっていきます。

まぁ簡単に言えば屈折した復讐劇ですね。
ラストも救いようのないラストですし
本編通して最後まで正義が誰もいないというダークさを秘めています。

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これがいいか悪いかはちょっと置いておいて
今回は
手塚先生がなぜここまで忌み嫌ったのか、
単行本化することをためらったのかを検証してみましょう。


手塚先生は、あとがきで
気が乗らない理由はいろいろあると言ってます。

「人気がなかった」
「自分でも駄作だと思っている」
「主人公が気に入らない」
「差別問題などで再録できない」

などの
たくさんの理由を挙げています。


色んな理由はあるんでしょうがこれまで単行本化も拒否していた手塚先生も自身の「全集版」を刊行するということで
本当は人様の前に出せるような作品ではないがそうもいってられないと
渋々単行本化されることになります


しかし『手塚治虫漫画全集』(講談社)で初めて単行本化された際、
先生自身の手でなんと200ページにわたる改変が行われています。

手塚先生はもともと構成から表現の細部に至るまで積極的に手を入れる作家ですけど200ページって書き直しのレベルを遥かに超えすぎでしょ(笑)

どこにそんな時間があったんだって感じもしますが
作品に対してのこだわりがえげつなさすぎ!
そこまで嫌だったの?、ということが伺えますよね。

とにかくまぁこの作品については「嫌い」とハッキリ言っています。
物語が暗いから嫌い、登場人物はことごとく嫌い
描きたくない人物までいるとも言ってます。
もうここまでくると笑っちゃいます。


でも暗さだけならほかの作品でもっと暗いものもありますし
これよりもグロいものもあった
残酷なものも陰惨なものもあったし
もうどうしようもない駄作もあります。

なのにこのアラバスターにだけ
ここまで固執する理由はなんだったんでしょう。

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ここからは手塚治虫専門YOUTUBER某的感想ですが
作品通しての「中途半端感」にあると思います。

一番の中途半端は
「キャラクター」ですね
主人公はアラバスターなんですけど後半は尻すぼみになっていき
最後の方は博士の孫娘の「亜美」が主人公みたいになっていきます。

手塚先生はこの作品をグロテスクで淫靡なロマンを描きたいと言っておられましたが、主人公の設定があっちこっち定まらず結局グロテスクだけが残ってしまい単なる暗い作品になってしまっています。

主人公が不在になるストーリーは手塚作品ではよくあることなので
本来はそこまで踏み外すことはないのですが
その場合の前提として
ストーリーが主人公並みにしっかり構成されていないと成立しないのに対し
このアラバスターではストーリーもふらついちゃっています。

これではなかなか厳しいですね
物語が迷うのは手塚先生らしくありませんね。


博士の孫娘の亜美も
その後は奇顔城の女主人として君臨することになるのですが
反社会的なのか、どうなのか心の葛藤は描かれていましたが
どこか中途半端感が否めなくて
最後は救いようのない結末を迎えてしまいます。

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さらに敵対するキャラとして
超凶悪なFBI捜査官としてロックホームが登場します。

バンパイアではマンガ史上に残る屈指の名悪役を演じたロックホームが
今回は変態ナルシストとして名演技を繰り出しているのですが
アラバスターとの絡みがイマイチなんですよね。

アラバスターの悪に対してロックホームも正義の変態悪と登場して
登場人物が全員悪役というとんでもないことになってしまってます。
(こんなに露骨に差別発言するのもエグイ)

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ここはやはり「正義対悪」の構図がたってこそ悪(ピカレスク)が際立ってくるのでこのバンパイア方式はここではミスマッチでしたね。


結局のところ「誰にも感情移入できないキャラばかり」になってしまったことが先生が忌み嫌った原因のひとつではないでしょうか。

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続いては「設定」
アラバスターの犯罪の動機が最初はフラれた彼女に復讐するだけだったのですが、徐々に美しいものへの妬みで「美しいものを排除」に切り替わるところまではわかるんですけど…
最後の方は「アラバストピア」なる歴史上一番異常な都市をつくるという
凄まじい展開にまで発展します。


ここら辺はさすがに手塚先生定まっていない感じがします。
描きたいものがないのか、
ありすぎてごっちゃになっているのか解りませんが、
とにかく定まっていない、描きたいものが混迷しているなぁと。
風呂敷広げ過ぎた感は否めませんね。

主人公がアラバスタから少女(亜美)に変わっていく様も同じですね。
手塚先生の迷いが感じられるんですよね。
主人公(アラバスター)の設定だって全集版の改変では日本人と外国人のハーフから黒人に大胆にも変更していますからね(人種変わってますやん)

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主人公の設定を変えるってかなりの事ですよ
当時の時代情勢もあったのかもしれませんが
主人公の肌の色を変えるって凄まじい改変です。
この変更が忌み嫌う直接の原因なのかは分かりませんが肌の色を変えてまで掲載する意図があったのは間違いありません。
これらの迷い、
中途半端感が忌み嫌う原因のひとつであったのではと思います。


あと忌み嫌った原因としてよく言われるのは
これを描いていた時代背景が関係しているとも言われています。


アラバスターは1970年の作品なのですがその辺りを変化を見てみますと

1968年は安保闘争等の影響で、全体的に暗いトーンの物が多いのも事実です
1970年には「アポロの歌」が発売禁止になり
1971年には虫プロ社長を退任
1973年は虫プロダクションが倒産と
手塚先生自ら「冬の時代」であったと回想していているくらい先生にとっては闇の時代でありました


アラバスターはちょうどこの暗黒期であったため
暗い作品に拍車がかかったとされていますが
だからといってこの時期の作品はすべてよくないかといえば
ボクはこれには懐疑的なんです。

というのも実は手塚先生って追い込まれてこそとんでもない実力が発揮される作家でこの闇があることで数々の傑作も生みだしています。

「火の鳥 鳳凰編」「どろろ」「奇子」「ブッダ 」など…


など名だたる傑作も実はこの時期に発表しているんです。

つまり闇が深ければ深いほど反発して凄まじい傑作が飛び出しているのが手塚治虫の凄さ。
実際、手が回らないほどの連載を抱えていたのも「自らを追い込むため」と先生自身も語っているように精神が混濁しているときの方がよい作品が描けることが先生自身もわかっているんですね。

だからこのアラバスターもこの時代だから忌み嫌ったのではなく
むしろ「傑作になり切れなかった非業の作品」であったから
嫌ったのではないかなと思います。

あと一歩で傑作になり損ねた、
あともう一捻り、
もうひとエッセンス足りなかった悲運の作品だったのではないでしょうか。


そもそも本当に誰にも見せたくない、どうでもいい作品であれば
200ページも書き直ししないと思うんですよね。
きっと手塚先生はこの作品に何かを感じていたと思います。

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革新的な作品を次々と生み出す先生にとって
駄作を教訓にして名作が生まれていくバイオリズムは
手塚先生にとっては必要なこと。

実際この後にあの傑作「ブラックジャック」が飛び出しているように
その前にはいわゆる失敗作、不人気作が多く存在していますもん

このアラバスターはそんな失敗作と傑作のちょうど間にいるような作品
微妙な立ち位置の傑作

奇しくも手塚先生がメランコリックな時期の作品だっただけに
忌み嫌われた作品になってしまいましたが
一歩違えば傑作になりえたであろう作品
だったろうとボクは思っています。


最後にこのアラバスターで
手塚先生が描きたかったことは何かを見てみます。
これは
「アラバスター」という名前の由来を読み解くと見えてきます。

「アラバスター」という名前はマンガの冒頭にあるように、
「美しい白色の鉱物」のことです。

光を透過する特性を持ち、磨き上げると美しい光沢を見せることから、
古来から、ランプシェードなどの工芸品、
彫刻の材料としてよく用いられてきた石膏の仲間で
イタリア、ルネッサンス美術を代表とする彫材として知られています

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そしてこの天然石の持つパワーを見てみると
「人間関係を良好に保つ」
「人間関係から生まれるストレスを軽減する」
「傷ついた心をいやす」
「明るさを取り戻す」
「怒り、不安、悲しみに支配される感情を取り除く」

という意味があるんだそうです。

気付きました?


これ全部、本編のアラバスターと真逆なんですよね。

これは間違いなく対比メッセージであると言えます。
「死」を描いて「生きる喜びを知る」
のように対比メッセージは手塚先生がよく使う手法です
アラバスターもおそらくこれを意識したんじゃないでしょうか。

本編のアラアバスターのセリフの中にも

「何を以て美しいとする?」
「美しいってなんだ?」
「千年も経てば「美しい」という物の感じ方がまるで変わる」

など美への問いかけのセリフが多いんですよね

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西洋芸術にも詳しかった手塚先生なら間違いなく
こういう設定を折り込んでいたと思います。

天然石の持つ意味
これらのメッセージをマンガに込めたかったのでしょうけど
先に触れた中途半端感が出ちゃって
本編ではただのドス黒い作品になってしまったのが
このアラバスターではないでしょうか


手塚先生がこの作品を忌み嫌ったのは
アラバスターという天然石の持つパワーストーン効果の
まるで真逆の印象を持る作品になってしまったため

というのが個人的見解であります。


以上、今回ご紹介したアラバスターぜひご覧ください。


可能であれば200ページ改変される前のオリジナル版をどうぞ。

雑誌連載当時のオリジナルの状態ですので本気の手塚治虫がご覧いただけます。巻末には関連資料も掲載されておりますよ.


原作だけで言い方は
キンドルなら無料でご覧いただけます
アラバスター 1 Kindle版


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