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【映画所感】 花束みたいな恋をした ※ネタバレ注意

2015年に出会った男女が、約5年の歳月を経て別れるまでを描いた恋愛映画。

2017年にテレビ放映されていたTBSドラマ「カルテット」の脚本:坂元裕二/演出:土井裕泰コンビによる劇場作品ということだけで、公開前から胸が高鳴る。「カルテット」は、その内容はもちろん、演出やキャストすべてにおいて、テレビの枠を超えた規格外の作品だったように思う。話が進むにつれサスペンスの要素を加味し、4人の秩序が搔き乱される展開に悶絶。次の回が待ち遠しいことこの上なかった。依存度が半端ないレベルで脳を刺激する、珠玉のテレビドラマ。デヴィッド・リンチの「ツイン・ピークス」を借りるために、レンタルビデオ屋を夜中に梯子した若かりし頃を、久しぶりに想起した。

で、本作「花束みたいな恋をした」。小説、映画、演劇、音楽、お笑い等、様々なジャンルのポップカルチャーに興味が尽きない大学生、麦と絹。自分の趣味とぴったり合う相手に出会ったことから恋に落ちる。「そんな偶然ある⁉」と、思わず声を上げそうになるほど、二人の好みはことごとく一致。押井守を「神」と称する人間には、ちょっと距離を置いたほうがいいのではないかと、絹を演じた有村架純には老婆心ながら助言したい。こちらの心の声がスクリーンに届くはずもなく、二人の暴走はもう止まらない。そんなことだから出会って数時間で麦の部屋に行っちゃうんだよ! そこはもう禁断の花園ならぬ、禁断の本棚。

映画冒頭から、サブカル関連の固有名詞がそこかしこに飛び交って、セリフの情報量が非常に多い。オタクに対する挑戦状かと思わせるほど、近年のエンタメ文化を網羅。天竺鼠に始まり、今村夏子、菊地成孔、AKIRA、きょうの猫村さん、ゼルダの伝説、任天堂スイッチ、村上龍と小池栄子からの「カンブリア宮殿」、ストレンジャー・シングス 未知の世界(Netflix)、シン・ゴジラ等々。他にも知らない名前や作品群が、セリフのみならず、大写しになったり、カットの端っこに少しだけ映っていたりと、とてもじゃないけど追いきれない。これらの小ネタを拾い上げてこと細かに紹介してくれる、ありがたい映画ライターやユーチューバーがいるはずなので、その方々に解説はお任せしたい。

麦と絹との出会いは、お互いのドッペルゲンガーが異性に姿形を変えて、目の前に現れたような突然の錯覚。淀みなく会話がつづき、次から次へと話題が尽きない心地よさ。自分の好きなものを相手も好きだといってくれることで、究極の承認欲求も満たされる。ほどなくして同棲が始まるのも自然の流れで、あたかも幸せの絶頂へと向かっているかに見えた。が、ちょっと待てよ。ドッペルゲンガーは、死や災難の前兆であるともいわれているのだ。このまま社会が彼らを許すはずがない。エンタメを心ゆくまで享受したいなら、欠かせないものは軍資金。親からの仕送りも止められ、フリーターから正社員になるべく決意を新たにする二人に待ち受ける冷徹な現実。いつしか、麦の手に取る本は「ゴールデンカムイ」からビジネス書のバイブル「人生の勝算」へとシフトしていく。そしてついに別れの時が……
ここで再び二人の前にドッペルゲンガーが現れ、観客のテンションは否が応でも跳ね上がる。この想いは二人に届いてくれるのか。

麦と絹のそれぞれの日常は、恋人同士になることで非日常になり、やがて二人の新たな日常を紡いでいく。しかし、その日常もやがて惰性になり、シェアハウスの同居人と同等くらいの立場にまで、お互いを貶める。もし、日常から惰性に至るあいだに、結婚して家族になる選択をしていたら、まったくちがった展開になったのではと、凝りもせずに老婆心な想像を膨らませてしまった。

無理を承知でいわせてもらうならば、カップルでの鑑賞はお勧めしない。とくに若い世代は、自分たちの行く末を暗示するようなシーンが散りばめられているので、要注意。とはいえ、ラストはそれまでの緊張が噓のようにほぐれ、爽やかにまとめられる。この展開が意外に新鮮。坂元裕二のセンスと土井裕泰の手腕の妙は、再びマジックを生み出してくれた。

家に帰ったら、今村夏子の「こちらあみ子」をポチッとしてしまいそうな予感しかしない。


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