『苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書き溜めた「働くことの本質」』を読んで、医師が働き方の本質を考えてみた

はじめに

 本書の頭尾を貫く一本の軸があるとするなら、それは苦しかったときの苦悩の吐出でも反省でもなく、純然たる「父から子への」そして「我々への」メッセージである。そのなかで様々な角度から「働くことの本質」を描出することを試みており、ビジネス書のなかでも比較的硬派で数学好きな作者の性格が文章にも滲み出ているのを感じる。P&Gに入社以降、様々な企業や職務を経験し、現在はマーケティング精鋭集団「刀」を率いる作者は、本稿で紹介するように労働を通して労働と現今の資本主義社会に対して、ある視座をもつようになった。それを我が子にメッセージという形で書き溜めていたものをまとめ上げたのが本書であるという。「書き溜めた」というのはあまりにも整然としており、作者の思考の一貫性を強く感じる。表題には「本質」とあるが、本質を解き明かすために割いた紙幅こそ多いものの、その本質は至ってシンプルであるように思う。日本を含めた資本主義社会の構造の内部にいる我々へ、徹頭徹尾、自分の強みをもって職能とせよと説いている。強みを伸ばし、弱みは強みに影響を及ぼさない程度に補う。この結論に至るまでにいくつかの作者の経験が示され、そのときの感情はありのままの文言で表現され、本書を読んだときに、まさに作者が「苦しかったとき」の情景が色濃く眼前に描かれるようであった。本書は父から子へのメッセージのみならず、第一線で働くビジネスマンから我々へのエールと捉えることもできる。
 ここで具体的な方法についてはいちいち扱わない。著者の主張を適宜援用しつつ、私自身が実際に医学部を卒業し、医療業界という狭隘な世界で味わった感覚や多趣味癖のせいで広げてしまった風呂敷から得られたことを交えながら、資本主義構造の中で衰退しつつある日本と日本人の価値観を見つめ直してみたい。

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