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Zen2.0 2021 A NEW EARTH〜空からの開花 Space to Flourish〜

<スタッフによるセッションレビューをお届けします>

2021年9月18日 DAY-1

(対談)山田 博 様・竹倉 史人 様

続いては、森のリトリート創業者・プロコーチの山田 博様と、著書「土偶を読む」が大きな話題となっている、人類学者・独立研究者の竹倉 史人様による、対談セッションです。

「生命感覚を研ぎ澄ます」

現在「土偶」については、「人間(多くは女性)を形どったもの」「妊婦を形どったもの」といった概念が通説となって、我々の一般的な認知になっていますが、竹倉氏は著書「土偶を読む」執筆にあたり、「これは人間ではないはず、むしろ植物を形どったものだ」という考えが、いわばインスピレーションのように浮かんだそうです。竹倉氏の弁を借りれば、「この時は、生命感覚が研ぎ澄まされて、縄文人に近づいていた気がする。『縄文脳がインストール』された状態だった」と言います。

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一方、森のリトリートを主宰する山田氏は、その体験から「インストールされた状態」についてこのように答えます。「長時間森で過ごした後に出てくる状態に非常に近い。森に入った当初は自分と森が分かれて認知されていたものが、だんだんその境目が曖昧になり、分かれ目がなくなってくる」

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この、「生命感覚が研ぎ澄まされた状態」のあり方が、対談の起点となりました。

「認知のフレームを変える」

竹倉氏は、幼少時から「宇宙」ということばへの違和感があったと言います。「宇宙飛行士が◯◯へ」といった一般的な表現に無意識に含まれる、「大気圏の外側=宇宙」という概念を聞くたびに、「じゃあここはどこなんだ?」という感覚があったそう。つまり、ここだって宇宙じゃないか、ということですね。一方、山田氏はこう続けます。「森に入った人が、ある木を認知したとします。おそらく『私があの木を見ている』というように、『自分主語』で捉えるのが一般的でしょう。でも、実は『木が(あるいは森が)私を見ている』のかも知れません」。また、「生死というものも、本来は地球という生命体から生命を一時的にお借りしている、ということであり、死ぬときにはそれをお返しする、というのが本質なのでは。生死を分けて捉え、『生=尊い、死=終わり』といったように、『生』を少々クローズアップし過ぎているのが、現在の認知フレームなのでは」といった深い議論が展開されます。

このように、既存の認知フレームは不変のものだと位置付けてしまうと(私たちは無意識にそうしてしまうのですが)、そこに無意識にはまり込み、「感じる力」を下げてしまう。「感じる力」が下がったままの状態では、今見えていないものや感じられていないはたらきなどは、いつまでたってもそのままであると、お二人は警鐘を鳴らします。

「認知を外せば自由になる、そのためにも体験が重要」

では、認知のフレームを外し、「感じる力」を取り戻すには、どうすればよいのでしょうか。お二人に共通するのが「実際の体験」の重要性です。

竹倉氏は土偶研究のプロセスにおいて、研究対象の現場に実際に「行く」「感じる」ことに加え「食べる」ことを大切にされています。あたかも自分が縄文人であるという立ち位置で、木の実を食べてみる。これが、縄文脳がインストールされる一助となるだけでなく、「食べる」行為によって木の実を自分に取り入れることで、「木の実が顔に見えてくる、キャラクターが立ってくる」という風に、縄文人が感じたであろう感覚(つまり、認知のフレームのままでは感じられない感覚)が得られるわけです。

山田氏からは、肉親を亡くした悲しみからなかなか立ち直れない方が森に入った際のエピソードが紹介されました。この方は、森に入って巨木が倒れた様子などに触れることで、少しづつ自分を客観視できるように変化が生まれたそう。自然が持つ大いなる力(あるいは私たちに本来備わっている力)が感覚として取り入れられることで、「死が終わりではない」ということに気づくことができた。もちろん、悲しみがなくなるわけではありませんが、それに囚われなくなる、という大きな変化が得られたわけです。

このように、「認知のフレームを外す」ということが、気づけていない感覚を呼び覚ますことにつながり、ひいては(無意識であるにせよ)「囚われて生きている」ことからもっと自由になるためにいかに大切か。一見、全く異なる領域の探求者に見えるお二人の間に、明確な共通軸が生まれてきます。

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「インストールして生きる。そして生命感覚の再起動へ」

竹倉氏はこう語ります。「生命感覚の変化には、過去分岐点があった。おそらく近代化が進み、「個人主義」という概念が生まれてきた頃ではないか。生命や体は個人(私)の所有、という設定になり、それを自由に使って良い、と。これは決して悪いことではなく、社会の仕組みが進展するとともに生命の安全(あるいは人権など)が保証されるようになった。その一方で、生命は体に閉じ込められたような形になり、本来持っていた地球生命体や自然との繋がりがなくなってしまった」

だからこそ今大切なのは、私たちが本来持っている生命感覚を取り戻すこと。「縄文の人」「森の人」のように、いわば「インストールして生きる」ことによって、認知のフレームを外し、見えなかったものが見え、感じられなかった働きが感じられるようになる。インストールして生きる、そして生命感覚の再起動へ。A NEW EARTHの一員が取るべき態度のあり方に、大きな刺激を受けた対談でした。

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(text by Joe Okouchi / Graphic Recording by Takefumi Takagi)

<登壇者プロフィールはこちら>

山田 博 様(森のリトリート創業者、プロ・コーチ)

竹倉 史人 様(人類学者・独立研究者)

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