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アカツキジャパンのレガシー


どうもこのところ、ここはその時々に自分が感じたことや考えたことを書きとめておく場所になってしまっていて、いい加減、このnoteの本分に戻るべきだろうと思うのだけど、直近に書いた『2023年の比江島タイム』と『幸福なファンのために』、この2本の原稿に対する補足を書いておきたくなって、またこのあいだのFIBAワールドカップについて書こうと思う。(W杯をネタにして書くのはこれで最後にします。)

でもその前に……。ここの読者には大学バスケファンも多くいると思うので、昨シーズンの全米チャンピオン、ルイジアナ州立大女子バスケ部(LSUレディ・タイガース)の新チーム初練習の映像を置いておく。この練習は、ピート・マラビッチ・アセンブリー・センターで一般公開されたものだ。

全米チャンピオンの練習

今野紀花が「神」と呼ぶヘイリー・ヴァン・リス(#11)は、ルイビル大から編入してきてかなり注目されているみたいで、ほぼHVLの推しカメラみたいになってる。

もっと長めのフッテージも以下に貼っておく。

①選手入場〜ウォーミングアップ〜レイアップ〜パス練習

メディアの数とファンの数!(と、チームスタッフの数!)

②ドリブルゴーグルを使ったドリブル練習

③1分間連続タップチャレンジ

ファンの声援がすごい。(そして遅れ気味な前の選手を手助けしてるうちに自分がミスしてしまうエンジェルがかわいい。)

④ディフェンス練習

⑤ディフェンス練習2

エナジーやばすぎ。キム・マルキーかっこよすぎ。

⑥オフェンス練習

HVLがめちゃめちゃロゴスリーの練習してて(そして連続で決めまくってて)、昨シーズンのエリート・エイトで敗れた(うえに ”you can't see me“ のセレブレーションをされた)ケイトリン・クラークに次は絶対リベンジしてやるぞという強い気持ちを感じる。

ルイジアナ州立大男子バスケ部の練習初日もYouTubeで見ることができるけれど、こちらは無観客でメディアも入っていない様子。(全米チャンプの女子はさすがに人気、注目度が違うなと……)

ちなみに、YouTubeで大学バスケ選手のVlogを見るのが好きなんだけど、そういうビデオを見てると、つくづくアメリカの大学施設の豪華さに驚く。ベイラー大のフィルムセッション用の部屋なんてミニシアターかと思ったくらいだし。(そりゃあ、佐々木麟太郎もアメリカの大学に行きたくなるよなって……)

もちろんアメリカだけじゃなく、日本の大学バスケもYouTubeで見ていて、先週のウィザーズの試合とか、春のリベンジを果たしたキャプテンの涙に思わずウルっときたり……。

と、前置きはこれくらいにして、なぜまたFIBAワールドカップについて書こうと思ったのかというと、佐々木クリス氏のYouTubeチャンネルで、バスケットボールアナリストの柳鳥亮氏を迎えて男子日本代表のW杯での戦いをデータで振り返るという回を見たら、そこで紹介されていたデータに意外なものが多くて、いろいろ考えてしまったから。

データで振り返るFIBAワールドカップ2023

まず目についた数字として柳鳥氏があげたのが、男子日本代表のフリースロー獲得率30.2%で、これは3本シュートを打つと1本フリースローをもらえるという確率になる。(大会参加国の平均は30.6%)
「日本代表がフリースローをもらいまくるというのはすごいことだ」と柳鳥氏はその数字に驚いていた。
なお、男子日本代表がW杯の5試合で獲得した98本のフリースローのうち、半数近い45本をジョシュ・ホーキンソン一人で獲得していて(次に多くフリースローを獲得したのは渡邊雄太で16本)、ホーキンソンは大会トップ10に入るフリースローシューター(88.9%)でもある。

また男子日本代表のネットレーティング -4.1も印象的なデータとしてあげられていた。ネットレーティングは互いに100回ずつ攻め合った場合の得失点差を示すデータで、2年前のオリンピックでは -28.9だったので、佐々木氏は「世界とのギャップは相当埋まったと言える」と話していた。

一方で、パリ五輪に向けた男子日本代表の課題を聞かれた柳鳥氏は、データで見るとディフェンスは及第点で、オフェンスの方が課題は大きいと言う。
特にターンオーバー率が日本は15.8%(100回の攻撃で16回ターンオーバーしてしまう)で、対戦相手の13.9%を上回ってしまっている。
佐々木氏も、トム・ホーバスHCは1試合あたり10本以上のスティールを目標にしていたが、それを達成できた試合は1試合もなかったと言い、ターンオーバーについても必ず相手より下回っていかなければいけないと話す。

また、ホーバスHCは日本が世界で勝つための条件として、3ポイント成功率の目標を40%に設定していたが、今大会の3ポイント成功率は31.3%だった。(ちなみに3ポイント成功率の平均が40%を超えた国は5カ国のみで、参加32カ国の平均は33.2%
佐々木氏によるとキャッチ・アンド・シュートの3ポイントに限定すると、今大会、日本代表の成功率は28.2%で、これは東京オリンピックの成功率31.7%より低下しているのだそうだ。

こうしてデータを見てみると、ホーバスHCが目指すバスケットは今大会では実現できなかった(データ上は目標値を達成することができなかった)と言えるかもしれない。

ホーバスHCは女子代表のヘッドコーチ時代に「(日本人選手は)身長で負けているから、細かいことが上手にできなかったらダメですし、気持ちで負けたら無理です。だから気持ちだけは絶対に負けない」と言っていた。

身長で負ける(オフェンスリバウンドでは相手を上回れない)日本代表は、ターンオーバーの数でも相手を上回っていては勝てないし、3ポイントも対戦相手より確率良く決めなければ世界では勝てない。

少し男子日本代表を擁護すると、今回の代表には2019年のW杯、2021年のオリンピックに出場していた八村塁がいなかった。これは女子代表でたとえるなら、オリンピック銀メダルチームのベストプレーヤー・町田瑠唯がいないようなものだろう。今回の男子日本代表に八村が加わったら、3ポイント成功率を含む多くのスタッツが違ってくるだろう。

それに、『2023年の比江島タイム』にも書いたようにホーバスHCが男子代表のヘッドコーチに就任してからまだ2年だ。代表は大学や実業団チーム、あるいはプロクラブのように年中一緒に練習ができるわけではないからチーム作りには時間がかかるし、ヘッドコーチが変わればバスケットのスタイルも変わる。
「ホーバスHCのバスケットを体現する」
そのためには2年という時間では短すぎるのだろう。
そして個人もチームも、トライ・アンド・エラーを繰り返しながら成長していくのだ。

だから、このW杯のデータは決して悲観するものではないと思う。
ホーバスHCは、この結果から自分たちの課題を学ぶことができると、それをポジティブに捉えているはずだ。

思えば、女子代表のヘッドコーチ時代にも、ホーバスHC就任2年目のW杯で女子日本代表は9位に終わったが、彼はW杯の反省を活かし、それから3年という時間をかけてチームを「世界」にアジャストさせていったのだから……。

トム・ホーバスのレガシー

バスケットボール女子日本代表のホーバス期Tom Hovasse Eraを振り返ってみよう。
女子日本代表のヘッドコーチ内海知秀の下で2年間(JX時代も含めると彼の下で8年間)アシスタントコーチを務めたホーバスは、2017年1月、内海HCの退任を受けて女子日本代表の新ヘッドコーチに就任した。

内海HCは2013年のアジア選手権で実に43年ぶりの優勝を果たすと、2015年には2連覇を達成し、2016年のリオデジャネイロ五輪では女子日本代表を8強入りさせた名将だ(今シーズンからWリーグ日立ハイテクのヘッドコーチに就任)。
日本バスケットボール協会は、内海HCは女子日本代表が世界のトップに挑戦できるベースを作った。ホーバス氏は内海HCの下、アシスタントコーチとして女子日本代表の強化を支えてきており、これまで内海HCが培ってきた「内海イズム」を進化させるのに最適任の人物である。と、ホーバス新HCへの期待を表明した。

ホーバスは女子日本代表のヘッドコーチ就任にあたり、こう語る。

私は8年間、内海さんの下でアシスタントコーチとして経験を積みました。そのうちの2年間は内海さんの下、日本代表でもアシスタントコーチをさせていただき、中川さんの時もアシスタントコーチをさせていただきました。また、JX-ENEOSサンフラワーズでは佐藤清美さんにも多くのことを学ばせてもらいました。

内海さんは日本代表のレガシーをしっかり築き上げてくれました。それを引き継ぐだけでなく、その上にしっかり積み上げて次のステップにチームを導いていきたいと思っています。

私は常に夢を大きく持つことが大事だと思っています。私は中学の時からNBAでプレイしたいと思ってきたことで、その夢を実現することができました。夢を大きく持たなければ、目標を達成することはできません。

チームの目標はメダルを獲得することです。それは簡単なことではないですが、リオで得た経験は私たちをすごく前進させてくれたと思っています。

私個人の夢としては、これはずっと夢見ていたことですが、東京の決勝の舞台でアメリカと対戦して金メダルを獲ることです。[……]リオデジャネイロオリンピックで8位の日本が、東京オリンピックでメダルを獲ることは容易ではないですが、常に前進しなければなりません。

この会見でホーバスHCは、東京五輪でのチームの目標はメダル獲得であり、金メダル獲得は個人の夢だと語っている。
だが、彼が「ずっと夢見ていた」個人の夢は、やがて日本代表チーム全員の夢へと変わっていくことになる……。

ホーバス・ジャパンの滑り出しは順調だった。
ヘッドコーチ就任1年目の2017年、初采配となるアジアカップで優勝し大会3連覇を達成すると、帰国後の祝賀会でホーバスHCは次のように語った。

「次の目標は来年のW杯でメダルを取りたい。最後の目標は2020年東京五輪でアメリカを倒しての金メダルです」

ヘッドコーチ就任会見で「個人の夢」と語っていた「アメリカを倒しての金メダル」は、こうしてチームの目標へと変わる。

しかし、翌2018年のFIBA女子ワールドカップ。メダル獲得を目標として臨んだこの大会で、日本代表は8位決定戦で中国代表に6点差で敗れ、9位に終わってしまう。

メダル獲得という目標に届かず、リオデジャネイロ五輪のベスト8からも後退してしまったことで、選手たちは試合後口々に「悔しい」と声を詰まらせながらインタビューに答え、ロッカールームでは皆が号泣していたという。

中国戦後、ホーバスHCは開口一番に「本当に悔しい」と言った上で、しかし「負けたからこそ勉強できる」と語り、この結果をポジティブに感じることができるはずだと言う。

負けたのは悔しいが、下を向いていません。選手たちも今は悲しんでいますが、これからもっともっとポジティブに感じることができるはずです
このチームはこれからもっともっと強くなっていきます。

この後、ホーバスHCはW杯の敗戦から得た学びを活かし、セットプレーの形を世界に通用するようアジャストし、目指すバスケットのスタイルを少しずつ修正していく。

そして翌年、2019年のFIBA女子アジアカップ決勝で再び中国代表と対戦した日本代表は、本橋菜子の24点をあげる活躍によって3点差で中国を破りW杯の雪辱を果たすと、アジアカップ4連覇をなし遂げる。

このアジアカップに先立つ、2019年度の代表活動開始記者会見において、ホーバスHCは、
「去年のワールドカップで目標(メダル獲得)は達成できなかったが、いい経験になった。東京オリンピックでの目標である金メダル獲得は変わっていない。それに向けて準備を進めていく」
と語っている。

前年のW杯における9位という結果を受けても、ホーバスHCはブレることなく、一貫して東京五輪での金メダル獲得という目標を公言し続けた。私の知る限り、当時、W杯で結果が出なかったにもかかわらず「目標は金メダル」と言って憚らないホーバスHCを公然と揶揄するような人はいなかったと思う。
そして日本バスケットボール協会も、「”金メダルを目指す“ ために協会としてもサポートを惜しまない」と、ホーバスHCと語調を合わせ、彼を信じてサポートし続けた。

その成果が、2年後の東京五輪における銀メダルとして結実することになる。

もちろん、あの歴史的偉業のすべてがホーバスHCのおかげであると言うつもりはない。あの銀メダルは、2018年のW杯でキャプテンに指名されて以降3年間、成功した大会も、うまくいかなかった大会も、ずっとチームをひとつにまとめ続けてきた髙田真希がいなければ獲得できなかっただろうし、コロナ禍による五輪開催延期の間に訪れた危機(吉田亜沙美の2度目の引退や本橋菜子の大けが)に際し、「スーパー町田」となってチームを救った町田瑠唯なくしても無理だっただろう。

2020年12月に負ったけがによって東京五輪本大会には出場できなかったが、渡嘉敷来夢の貢献も忘れるわけにはいかない。バスケットボール女子日本代表が開催国枠での五輪出場権を得るためには、リオデジャネイロ五輪やアジアカップでの渡嘉敷の大車輪の働きが不可欠だった。
他にも、書ききれないほど多くの選手たち、彼女たちを育てた指導者たち、ホーバスHCの前にチームの土台を築いた内海HC、ホーバスHCを支えたコーチ陣やチームスタッフ、本当にたくさんの力が結集された結果が、あの銀メダルになったのだということを私たちは忘れてはいけない。

その前提の上で書くけれど、ヘッドコーチ就任会見で「私は常に夢を大きく持つことが大事だと思っています」と話したホーバスHCが、臆することなく大きすぎるほど大きな夢を語り、2018年のW杯の挫折も成長の糧として(あるいはリベンジのモチベーションにして)、決して夢をあきらめなかったから、東京五輪の銀メダル獲得という快挙が実現できたのだと私は思う。

「アメリカを倒しての金メダル」
その未だ見果てぬ夢は現在の女子日本代表に引き継がれ、さらに未来の代表チームにも受け継がれていくだろう。おそらくそれがホーバスHCの最大のレガシーになるだろうと私は思っている。

日本バスケの夜明け前

FIBAワールドカップ2023の話に戻る。
繰り返しになるが、身長で負ける日本代表は、ターンオーバーの数でも相手を上回っていては勝てないし、3ポイントも対戦相手より確率良く決めなければ世界では勝てない。

今回のW杯、男子日本代表の成績は3勝2敗だった。日本が3勝できた原因はどこにあったのか?

データを見ると、「ホーキンソン効Hawkinson Effect果」(©️佐々木クリス)はとても大きかったように思えるし、佐々木氏と柳鳥氏がともに言及していた「ホームコートアドバンテージ」(沖縄の声援)も大きかっただろう。

けれど、私が思う一番の勝因は選手たちの「気持ち」だ。

ホーバスHCはかつて、「(日本人選手は)身長で負けているから、細かいことが上手にできなかったらダメですし、気持ちで負けたら無理です。だから気持ちだけは絶対に負けない」と語っていた。

私はこの「気持ち」の部分が大きかったのではないかと思う。
どういうことか? 再び女子代表を例にして説明してみる。

かつてバスケットボール女子日本代表は中国代表になかなか勝つことができず、韓国代表にはまったく勝てない時代があった。今から十数年前のことだ。
ところが、2008年のFIBAアジアU18選手権大会。U18女子日本代表は予選ラウンドで中国と韓国に勝ち、決勝で再び中国を破って初優勝をなし遂げる。このときのU18代表にいたのが渡嘉敷来夢だ。

そして渡嘉敷世代、中国・韓国にまったく苦手意識コンプレックスを持たない世代がA代表に上がってきたとき、女子日本代表は43年ぶりにアジア選手権で優勝し(大会MVPは渡嘉敷が受賞した)、その後アジア選手権で連覇を重ねていくことになる。

誰がどこで話していたのか忘れてしまったが、当時渡嘉敷らの世代は中国や韓国にまったく負ける気がしないと言っていた。なぜならアンダーカテゴリーの大会で中国や韓国相手に負けたことがなかったからだという話を聞いたことがある。

余談だが、先日のアジア競技会を最後に韓国代表を引退したキム・ダンビが同大会の日本戦に敗れた後に語ったインタビューを読むと、彼女は自分の世代が韓国と日本の立場を逆転させてしまったと悔やんでいるようだ。(渡嘉敷とキム・ダンビは1歳違い。)

一方、男子日本代表は今年のW杯まで世界で勝てない時代が続いていた。
八村塁がいた2013年のU16日本代表はFIBAアジアU16選手権大会で中国、フィリピンに次ぐ3位に入り、15年ぶりに世界選手権の出場権を獲得するが、翌年のU17世界選手権では16チーム中14位に終わり、アメリカ代表には122-38で大敗した。(ただし八村自身はこの大会で得点王に輝いている。)

さらに、自国開催の2006年大会以来、13年ぶりの本大会出場となる2019年のFIBAワールドカップに八村塁、渡邊雄太の二枚看板で臨んだ日本代表は、アメリカ代表に98-45とダブルスコア以上の差をつけられて敗れるなど5戦全敗を喫し、2年前の東京五輪でも彼らは一勝もあげることができなかった。
オリンピック最終戦、アルゼンチン代表に敗れた直後にユニフォームで顔を覆う渡邊の姿は、今年のW杯を特集する番組で繰り返しプレイバックされるほど印象的なシーンだった。

渡邊は今年7月、アメリカから帰国して高校生向けのバスケットボールクリニックを行なった際に、報道陣に向けてこう話した。

勝てない選手がずっと上に居続けてもしょうがないので、早く世代交代できるならやってしまった方がいい。若く良い選手が出てきているので、今年のチームをパリ五輪に連れて行くことができなかったら(自分は)もう代表選手でいる資格はないくらいの気持ちでいる。

のちに渡邊はこの発言当時の心境を「もしまた負けてしまったらこれから先永遠に同じことを繰り返すだけなんじゃと思い、僕が代表を退き若い世代中心のチーム作りをなるべく早くする事が長いスパンで考えたときに日本バスケにとってはベストなのではと思いました。…勝てない自分がその元凶になってしまっては絶対にだめだと」と、吐露している。

結果的に、男子日本代表はW杯でパリ五輪の出場権を獲得し、渡邊の代表引退は延期されることになるのだが……。彼の代表引退を阻止したのは、世界に対して苦手意識コンプレックスを持たない新しい世代、河村勇輝と富永啓生だった。

恐るべき末っ子たち

河村と富永(ともに01ライン)は、2018年にU18男子日本代表としてFIBA U18アジア選手権大会に出場し、準々決勝でオーストラリア代表に52-88で敗れ、翌年のU19世界選手権出場を逃した。

一つ前の2016年大会と(新型コロナウイルスの蔓延による開催中止を挟んで行われた)2022年大会ではU18男子日本代表はともに準優勝でU19世界選手権の出場権を獲得したのに対し、河村・富永の世代が世界大会を経験することができなかったのは日本バスケット界にとって大きな損失だったと思う一方で、もしかしたら河村や富永は「世界」に対して苦手意識を持たないままバスケット人生を歩んできたのではないかと感じることがある。

2018年のU18アジア選手権、準々決勝のオーストラリア戦で、富永はベンチから出場してチームハイの16得点をあげ、河村はたった16分の出場で、チームトップのエフィシエンシーを記録した。

大会後のインタビューで、河村はこの大会を通じて見えた自分の課題を口にしていたが、この二人はオーストラリア相手にも自分のプレーは通用したと感じていたのではないか。オーストラリア戦を見ると、そう思ってしまう。

それから5年、河村と富永はともに22歳のチーム最年少でFIBAワールドカップ2023に出場し、二人のアンファン・テリブルは世界の強豪国相手にもまったく気持ちで引くことがなかった。

W杯期間中の二人が終始好調だったわけではない。けが明けの河村はW杯直前の強化試合で復帰したが、3ポイントシュートの調子が上がらず、W杯初戦のドイツ戦でもフィールドゴール2/12とシュートタッチが戻らなかったし、富永は1次ラウンド最終戦のオーストラリア戦で、3ポイント0/10と当たりがこなかった。
それでも二人は自信を失わず、W杯全試合を通して、まったく躊躇することなくシュートを打ち続けた。そこに彼らのたぐいまれな気持ちの強さが表れていると思う。

終わってみれば、河村は大会3位タイの平均7.6アシストを記録し、ベネズエラ戦では日本人選手としてW杯初となる得点とアシストでのダブルダブルを達成した。
また富永はW杯最終戦、勝てばパリ五輪出場が決まるカーボベルデ戦で8本中6本の3ポイントを決め、プレーヤー・オブ・ザ・ゲームに選ばれた。

どんなに身長が高くても、どんなにスキルを持っていても、シュートは打たなければ入らない。バスケットにおける「気持ち」の大切さを私たちは二人の末っ子たちから改めて教えられたように思う。

こうして、男子日本代表はW杯で3勝2敗の成績を収め、アジア1位となってパリオリンピックの出場権を獲得した。

ところで、その時の渡邊雄太は?

その時、カーボベルデ戦に勝利し、パリ五輪出場が決まった瞬間に彼がどんな気持ちだったのか、私たちには想像することしかできない。2年前と同様に彼はユニフォームで顔を覆っていたからだ。

拳を高々と掲げたり、近くの仲間と抱き合ったりして喜びを表現している選手たちの中で、渡邊はひとり顔を隠してコートの片隅に立ちすくんでいた。
そんな彼に二人の選手が同時に歩み寄る。河村勇輝と富永啓生だ。

試合終了のブザーが鳴ると、河村はまっすぐ渡邊のもとに向かい、手にしていた試合球を渡邊に手渡した。その直後、富永が渡邊に抱きつき、二人は長い抱擁を交わす。そして富永の肩に埋めていた顔を渡邊が上げた時、私たちはようやく彼の表情を見ることができた。

それは、晴れやかな笑顔だった。

結果より偉大なもの

河村と富永の他にも男子日本代表には世界に対して苦手意識を持たない人がいる。東京五輪で女子日本代表を銀メダルに導いたトム・ホーバスHCだ。

『2023年の比江島タイム』でも言及したが、ホーバスが男子代表のヘッドコーチに就任してから、まず最優先で取り組んだ課題は、選手たちのマインドセットの変革だと言われている。男子日本代表の選手はコート上で自信を持ってプレーすることができない。そのメンタルを何よりもまず変えなければならない……。

その意識改革も、もしかしたら功を奏したのかもしれない。
ホーバスHCの目指すバスケットをチームに浸透させるには時間がかかるが、「気持ちだけは絶対に負けない」という、その強い気持ちを選手たちに植え付けることが、もっとも短期的に効果を発揮するコーチングだったのかもしれず、その意識改革を主導したのがオリンピック銀メダルチームのヘッドコーチ、トム・ホーバスだったことも大きかったのかもしれない。

W杯終了後の記者会見でパリ五輪の目標を尋ねられたホーバスHCは、
「パリ五輪の目標はゆっくり考えたい。目標は大事なことです。簡単に決めたくない」
と語った。

女子日本代表に「アメリカを倒しての金メダル」という夢を与えたホーバスHCが、次にどんな夢を見せてくれるのか、楽しみに待ちたいと思う。

もちろん、どんな目標が掲げられるにせよ、重要なのは結果ではない。(と、私は思う。)
振り返れば、2018年のFIBA女子W杯でも、2021年の東京五輪でも、ホーバスHCは目標を達成できてはいない。
メダル獲得を目標に臨んだW杯ではベスト8進出をかけた試合で中国代表に惜敗し、東京五輪では決勝でアメリカ代表に敗れ、目標である金メダルにあと1勝だけ足りなかった。

けれど、あのW杯は女子日本代表が成長するための貴重な経験になり、東京五輪は多くの子供たちに夢と勇気を与えた。

東京五輪以降、バスケットをしている多くの子供たちが、将来オリンピックに出て金メダルを取りたい、と目を輝かせて話すようになった。
これ以上に重要なことがあるだろうか……。

前回、『幸福なファンのために』の中で、FCバルセロナのチャビ・エルナンデスとヨハン・クライフの言葉を紹介した。

結果よりもっと偉大なもの、永続的なものがある。それがレガシーだ。
ーチャビ・エルナンデス

私は1974年のワールドカップ決勝で負けた。しかし、負けたにもかかわらず我々の戦い方は今でも語り継がれている。36年も前のことなのに。
勝とうが負けようがあとに残したもの、それが重要なのだ。
ーヨハン・クライフ

現代サッカーの創始者と呼ばれるクライフは、それまでフォワードは攻撃、ディフェンダーは守備と役割が限定されていたサッカーの戦術に革命を起こし、フォワードも守備に参加し、ディフェンダーにも攻撃参加を求める「トータルフットボール」の中心選手としてオランダ代表を率い、1974年のW杯で一大旋風を巻き起こした。オランダは決勝で開催国の西ドイツに敗れ準優勝に終わったが、1974年のW杯はオランダ代表が既存のサッカー戦術に変革をもたらした大会として記憶されることになった。

現役引退後、クライフはFCバルセロナの監督を務め、彼がクラブに残したサッカー哲学は勝利より優先すべきものとして、現在のバルセロナ監督チャビに受け継がれている。

「勝とうが負けようがあとに残したもの、それが重要なのだ」

前回の原稿だけでなく、そのことはこれまでに幾度も、繰り返し書いてきた。

欧州勢からの初勝利という夢を次の世代に託し、ヴィノティントの沖縄での挑戦は終わった。

結果は出せなかったが、下を向くことはない。彼らはベネズエラらしいバスケットを見せた。[……]彼らが沖縄アリーナで見せた美しいシュートとパスワークは、きっと多くのバスケファンの心に刻まれたはずだ。

2023年の比江島タイム

結果的にもう一度オリンピックに出場するという夢は叶わなかった。だが、その夢を追う過程で、彼女は日本の女子3x3競技の礎を築くという大仕事をやってのけた。

25人の偉大なW 〜Wリーグ編〜

カナダもオーストラリアもニュージーランドも勝つことだけに情熱を注いでいるわけではない。それは、「Mad Love」「She Hoops」「Girls Got Game」などの取り組みを見れば明らかです。

日本のバスケット界にもひとかたならぬ情熱を持った人たちがいて、試合の勝敗や大会での順位とは関係なく、このスポーツの価値、女子アカツキジャパンの価値を創出している人たちがいる。

ローレン・ジャクソンの選択

日本代表のアジアカップの連覇は途切れましたが、それで ”お姉さんたち” の遺産レガシーが消えたわけではない。現在の女子アカツキジャパンにはアジアカップ5連覇の遺産も、連覇の始まりである2013年から2大会連続でMVPに選ばれた渡嘉敷来夢のレガシーも確かに受け継がれている。それは今大会の彼女たちを写した数枚の写真を見るだけでも一目瞭然でしょう?

ローレン・ジャクソンの選択

東京オリンピック2020での銀メダル獲得という快挙によって世界を驚かせたバスケットボール女子日本代表は、その2ヶ月後に出場したFIBA女子アジアカップにおいて再び世界に驚きを与えた。だがその驚きは日本代表の順位やチームスタッツや個人記録に対するものではない。

笑顔の理由

最終的なホークアイズの順位については触れない。それは重要なことじゃないから。それは本当にどうだっていい。私にとってはね。

試合後の会見で、(ケイトリン・)クラークは記者からこんな質問を受けた。
「この3週間にあなたが女子バスケのためにしたことについて話してもらえますか? 大勢の人たちが、今日の試合を見ました。おそらくあなた一人の力で、たくさんの子供たちにバスケットをしたいと思わせたことでしょう。その影響力は来年、そしてもしそれ以降も(あなたが大学に)残るとするならば、どれほど大きなものになるでしょうか?」

クラーク「私のレガシーがアイオワ州の人々や子供たちに影響を与えることができればと思っています」

ヒーローはどこにいる? 〜ケイトリン・クラークとホークアイ〜

2021年のTHCUウィザーズと聞いたら、俺は彼女の笑顔を思い出す。
無敗で三冠を達成したあのチームがただ強いだけのチームだったならば、彼女たちがあんなに楽しそうにプレーしていなければ、俺は今ここまで彼女たちにコミットしていない。
すでにチームを去った監督や先輩たちとの絆を忘れない彼女たちの言葉を聞かなかったならば、ウィザーズをレディ・ヴォルズと並べて語ろうなんて思ってない。

東京医療保健大に木村亜美の像を建てよ! 〜メフィスト、ウィザーズを語る〜

なぜ彼(ジョン・ウッデン)は、そんなに偉大になれたんだ? NCAAで7連覇を含む10回の優勝を達成したから? NCAA男子バスケットボール記録の88連勝を記録したから……?
そうじゃないだろう?

トリスタン文書 〜バスケットボールの定理を求めて〜 (1)

何度も企画書を書き直しては再提出を繰り返した末にバスケ部を立ちあげ、たった5人の部員から始まって、練習日を1日増やすためにファミレスで2時間説得し、ようやくたどり着いた代々木第二体育館で選手たちと夢のような時間を過ごした恩塚が、「大事なのは優勝という結果ではない」と言う時、私たちは静かに頷かざるをえない。
それはそうだろう。優勝にだけ価値があるというのなら、彼はそもそもこんなことを始めていない。

バスケットボールの定理【第4部】〜一流の条件〜

結果よりも「あとに残したもの」が重要であり、人はそれを「レガシー」と呼ぶ。

日本代表のレガシー

最後にホーバスHCの後を継いでバスケットボール女子日本代表のヘッドコーチに就任した恩塚亨HCにも触れておくべきだろう。

2007年から女子日本代表のアナリストとして、2017年からはアシスタントコーチとして、内海知秀、中川文一、トム・ホーバスという3人のヘッドコーチを支えた恩塚は、2021年9月に女子日本代表の新ヘッドコーチに就任すると、所信表明にこう記した。(全文を引用するとかなりの長文になるので、適宜抜粋している)

これまで素晴らしい選手やコーチ、スタッフの方々が築き上げてきた女子日本代表チームのバトンを受け継いで、ヘッドコーチに就任しました。私を信じて、大任を与えてくださった皆様の思いに応えるために、全力を傾ける決意です。これまでの代表チームや、バスケ界の皆様に深い敬意と感謝の気持ちを胸に抱いています。

JBAが掲げる「バスケで日本を元気に」という理念があります。この理念に基づいて、女子日本代表の目標と目的を考えました。

目標「パリオリンピックで金メダルを獲得」し、皆様と喜びを分かち合いたいと思っています。

目的「バスケ界に夢を残すこと」です。それは、私たちの挑戦を見た方々が「私もがんばりたい」と夢を抱けるようになることを意味しています。

私たちの金メダルに向かう挑戦によって、私も夢を抱いて挑戦したいと思う人が増え、そんな人で溢れるバスケ界になれば、私たちの目標と目的のどちらも達成できると信じています。

トム・ホーバスが内海知秀のレガシーを引き継いだように、恩塚はホーバスのレガシーを受け継ぎ、さらに新たなレガシーをバスケット界に残そうとしている。

「パリオリンピックで金メダルを獲得」
その目標へと向かう道は、決して平坦なものではない。

恩塚HCの初采配となった2021年の女子アジアカップでは、(宮崎早織のスーパーな活躍によって)決勝で中国代表を5点差で破った女子日本代表は大会5連覇を達成したが、昨年のFIBA女子W杯は2大会連続の9位に終わり、今年7月の女子アジアカップでは決勝で中国代表に2点差で敗れ、大会6連覇を逃した。

それから3ヶ月、アジアカップのリベンジに挑んだ10月のアジア競技大会。
決勝で再び中国代表と対戦した日本代表は、またしても2点差で敗れ、この大会でのリベンジは果たせなかった……。

でも、選手たちは下を向いていない。

結果だけを見れば、彼女たちは今大会の目標である優勝に届かなかったけれど、彼女たちが目指しているのは、それだけではない。女子日本代表には「バスケで日本を元気に」という大きな理念と、それに基づく目的がある。

「私たちの挑戦を見た方々が『私もがんばりたい』と夢を抱けるようになること」

うん。

がんばろう。

また、これからみんなでがんばろう!!


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