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2023年の比江島タイム


第1部 ヴィノティントの挑戦


フィリピン、日本、インドネシアの3カ国で共催されたFIBAワールドカップ2023は、国際的なバスケットボール人気の高まりを再認識させる大会となった。すでに昨年オーストラリアで開催されたFIBA女子ワールドカップが史上最多となる約15万人の観客を動員する大成功を収めていたが、今回のW杯開幕戦でフィリピンアリーナに詰めかけた38,115人という観客数も屋内アリーナ入場者数のW杯史上最多記録を更新し、世界中でバスケットボールの存在感が増していることを改めて印象付けた。

ところで、国内でのバスケット人気の高まりを受けて近年着実に実力をつけ、2019年に続いて2大会連続でのW杯出場権を勝ち取ると、悲願である欧州勢からの初勝利を目指して沖縄に乗り込んできたチームがある。
ヴィノティント」(赤ワイン)の愛称で知られるベネズエラ代表チームだ。

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ブラジルと国境を接する南米の小国であるベネズエラは、伝統的に野球の人気が高く、過去にMLBのスター選手を数多く輩出してきた。また野球には及ばないもののサッカーの人気も根強い。一方、バスケットは1992年のバルセロナ五輪にベネズエラ代表が初出場したことをきっかけに関心を集め、1993年に国内でプロリーグが発足。野球やサッカーに比べればマイナーであるが、2016年には2度目となる五輪出場を果たし、近年は若い世代を中心にバスケット人気が高まりつつある。

ただし世界の強豪国との差はまだまだ大きい。ヴィノティントは国際大会で、いまだヨーロッパ勢に勝ったことがなく、過去8戦して全敗を喫している。
また、今回のW杯へ向けた40日間の準備期間中にスペイン、フランス、オーストラリアへ遠征して行った7つの親善試合でも一度も勝つことができないままW杯本大会へ臨むことになった。

現在のヴィノティントには突出した力を持つ選手はいない。ベネズエラからは過去に4人のNBA選手が生まれているが、すべて引退した選手であり、いまの代表に絶対的エースと呼べるような選手はいない。
その代わり、彼らはチームワークで戦う。

「私にとって、このW杯は最も特別な大会です」

大会前の記者会見で今年36歳になるキャプテンのダビド・クビジャンはこう語った。ヴィノティントには36〜37歳の選手が5人いる。彼らはアンダーカテゴリーである15、16歳の頃から20年間も一緒にプレーしてきた。

「私たちは一緒に多くのことを経験してきました。勝つことも負けることも、泣いたことも(勝利の歌を)歌ったこともあり、互いに競い合ってきました。そして国のためにすべてを捧げてきました。この大会はおそらく私たちの多くにとって代表チームでの最後の大会になると思いますが、それが意味するすべてのこと、そしてここに到達するために私たちがしてきた努力を考えると、このW杯は最も特別な大会の一つになるでしょう。チームと国のためにベストを尽くします」

選手同士の絆、チームケミストリーでは他のチームに負けない。ロスター12人中、9人が30歳以上というベテランチームは、長年ともに追いかけてきた欧州勢からの初勝利という夢を今度こそ叶えようと、沖縄にやってきた。

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1次ラウンド初戦の相手であるスロベニアは、ヴィノティントが公式戦で最後に対戦した欧州の国である。彼らは2021年のオリンピック最終予選で対戦し、ヴィノティントは28点差で敗れ、東京五輪出場を逃した。

アルゼンチン出身のヘッドコーチ、フェルナンド・デュロは言う。

「五輪出場権をかけてプレーオフでスロベニアと対戦するのは新しく素晴らしい経験でした。今日、私たちは(怪我人なく)完全なチームを擁しています。もう一度対戦して自分たちの力を試したい。私たちは彼らをリスペクトしています。彼らは国際的なヒエラルキーの中にいる。ですが、この状況に負けないように自分たちの武器を使って頑張ります」

平均身長が192cmと欧州勢に対して高さで劣る彼らの武器は3ポイントシュートだ。それはベネズエラ人同様、体格的に恵まれていないアルゼンチン人であるデュロHCが世界の強豪と戦うために選んだ戦術であり、今年ヘッドコーチ就任8年目となる彼にとって、今回のW杯は自身の作り上げてきたチームの集大成とも言える大会だった。

そして迎えたW杯初戦。スロベニアに対してヴィノティントは好調な滑り出しを見せた。第1クォーターだけで13本中9本(69%)の3ポイントを沈め、33-31のリードを奪うと、第2クォーターに逆転を許すも、ハーフタイム間際にホルナン・サモラが放ったハーフコートショットがブザービーターとなり、5点ビハインドで試合を折り返す。

しかし、スロベニアはNBAオールスターのルカ・ドンチッチが37得点、NBAでのプレー経験を持つ213cmのセンター、マイク・トビーが21得点をあげる活躍を見せ、最終的にヴィノティントは15点差で敗れた。

またしてもヨーロッパのチーム相手に勝つことはできなかったが、試合後の記者会見でデュロHCは、28点差で敗れた2年前よりもチームは進歩しているという手応えを語った。

スロベニアの高さとスターパワーに対して、ヴィノティントは3ポイントとチームワークで対抗した。
この日の3ポイント成功率は40%(16/40)。またチーム全体のアシスト数はスロベニアを上回る20アシストに達して、誰か一人の得点に頼ることなく、5人の選手が二桁得点を記録した。

デュロは、「戦術的に非常にうまくいった時間帯もあったが、試合に勝つためには素晴らしいパフォーマンスを発揮する必要がある。我々はうまくやったが、十分ではなかった」と語り、さらにこう続けた。

「世界の強豪国に勝つためには、40分間、優れたパフォーマンスを発揮し続けなければならない

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続く2戦目、40分間パフォーマンスを落とさないことで大会初勝利を目指したヴィノティントだったが、このカーボベルデ戦で思いがけないアクシデントに見舞われた。
W杯予選でチーム最多得点をあげたインサイドの要、ミチャエル・カレラと、同じく予選でチーム最多アシストを記録した司令塔のヘルゴリ・バルガスが負傷したのだ。

試合は第4クォーター残り1分で75-75の同点。そこからカーボベルデにレイアップを決められ、逆転を狙った3ポイントがリングに嫌われて、ヴィノティントは連敗スタートとなってしまった。

試合後の診断の結果、カレラは右太もも肉離れ、バルガスは左手の骨折でチームを離脱することになった。

主力二人を欠いたヴィノティントは、今大会における欧州チームとの2度目の対戦となるジョージア戦で、第2クォーターに4点しか奪うことができず、後半に巻き返して第3、第4クォーターでは相手を上回るも、前半の点差を覆すことができないまま、3連敗で1次ラウンドを終えた。

続く順位決定ラウンド初戦の相手は日本に決まった。欧州のチームではないが1次ラウンドでフィンランドを破った強敵である。

日本は現役NBA選手である渡邊雄太とアジアNo.1プレーヤーのジョシュ・ホーキンソンを擁している。
ヴィノティントの最長身選手は204cmで、これは208cmのホーキンソンはおろか、206cmの渡邊よりも低い身長だ。
ホーキンソンは1次ラウンド終了時点での大会リバウンド王であり、エフィシエンシーもドンチッチと並ぶ1位タイ。フィールドゴール成功率は驚異の70%を記録している。ヴィノティントにはインサイドでホーキンソンに対抗できる選手はいない。

彼らの強みは日本より試投数、成功率で上回る3ポイントシュートだが、アウトサイドをフリーにするためにインサイドで起点となってきたカレラを負傷で欠き、ローテーションも10人で回さなければならないうえに、日程も不利だった。日本は1次ラウンド最終戦から中1日を置いての試合であるのに対し、ヴィノティントはジョージア戦から休養日なしの連戦となる。

また日本には圧倒的なホームコートアドバンテージもある。沖縄アリーナに詰めかけたおよそ7,000人の観客のほとんどが日本チームを大声援で後押しする。

さらに日本を率いるのは、今大会開幕前のFIBA公式サイトに「もしW杯に最優秀コーチのような賞があったとしたらその強力な候補になるだろう」と書かれたトム・ホーバスHCだ。日本に勝つのは非常に難しい。だがヴィノティントの選手たちは臆することなく強敵に立ち向かった。

ヴィノティントは日本相手に第1クォーターでリードを奪うと、リバウンドでもほぼ互角に競り合い、日本にセカンドチャンスからの得点を許さない。

ハーフタイムの時点ではヴィノティントは41-36で5点のリードを奪い、リバウンドも26-22で上回り、アシストは13-6で圧倒していた。スター選手はいなくてもチームワーク(パスワーク)で3ポイントの雨を降らす。それが彼らの戦い方だ。

ヴィノティントは第3クォーターでも点差を広げると、第4クォーター開始から6-0のランを作り、68-53と、この試合最大となる15点のリードを奪う。
残り時間は8分。大会初勝利まで、あと8分……。
だが、「世界の強豪国に勝つためには、40分間、優れたパフォーマンスを発揮し続けなければならない」。そして、またしても彼らは40分間自分たちのバスケットを続けることができなかった。

第4クォーター最後の8分間でヴィノティントは5つのターンオーバーを犯し、放ったシュート11本のうち8本を外した。
1次ラウンド同様にこの日も30%以上の成功率を記録していた3ポイントが第4クォーターは10本中1本しか決まらなかった。
一方日本は、最後の8分間で5本の3ポイントを決める。そのうちの4本は比江島慎の手によるものだった。

ヴィノティントは耐えに耐えたが、試合時間残り2分、15点あった点差はわずか1点差になっていた。さらにここでガーリー・ソホが痛恨のターンオーバーを犯す。残り1分55秒、比江島のレイアップが決まり、ヴィノティントはついに日本に逆転を許した。

結果的に彼らは9点差で日本に敗れた。やはり日本は強かった。
彼らはホーキンソンと渡邊を擁する日本をあと一歩のところまで追い詰めたが、日本は二人だけのチームではなかったのだ。
比江島慎。
ヴィノティントの選手たちは彼の名前を決して忘れないだろう。

FIBAワールドカップ2023のヴィノティント最後の試合は、今大会3度目となる欧州勢との対戦となった。相手はフィンランドだ。

負傷のため無念の離脱となった仲間の思いも背負い、今大会の初勝利、そして欧州勢からの歴史的初勝利を目指して、ヴィノティントはもう一度、自分たちのバスケットに立ち返った。

ペネトレイトからキックアウトしてスリー……。
ペネトレイトからキックアウトしてスリー……。

それが自分たちのバスケットだ。

日本戦から中1日を置いてリフレッシュしたヴィノティントたちは、日本戦では1次ラウンドの平均を10%も下回る成功率だった3ポイントの調子をこの日は完全に取り戻し、前半を終わって3ポイントの成功率は48%(12/25)だった。

だが敵もさる者。フィンランドも3ポイントを42%(8/19。前半終了時点)の確率で決めてきた。欧州の強豪国はオープンの状態では3ポイントをほとんど落とさない。フィンランドはスリーポイントラインから離れたディープスリーであっても、オープンだと見るや躊躇せずにシュートを放ち、高確率で沈めてくる。
ヴィノティントもエイステル・ギジェントが超ディープなロゴスリーをスウィッシュで決め、試合は打ち合いの様相を呈した。

試合は終始フィンランドがリードしたまま進み、ヴィノティントも食らいついていくが、フィンランドのターンオーバーを誘発するプレッシャーディフェンスに手を焼き、ボールをフロントコートに運ぶことすらままならない。

ハーフタイムの時点では48-35でフィンランドがリード。
しかしここからヴィノティントが追い上げを見せる。第3クォーターに6本の3ポイントを成功させ、残り10秒でギジェントが決めた3ポイントによって、フィンランドに2点差、ワンポゼッション差まで詰め寄る。
ところがその直後、第3クォーター最後のプレーでラウリ・マルカネンに3ポイントを入れ返され、再び5点差に突き離されてしまうと、第4クォーターはフィンランドにリードを広げられ、ヴィノティントは最終戦も15点差で敗れた。

この日の3ポイント成功率は46.9%(15/32)を記録したが、32得点 9リバウンドをあげたマルカネンを止めることができず、目標であった欧州勢からの勝利はまたしても叶わなかった。
ヴィノティントは5戦全敗でW杯の日程を終え、欧州勢との対戦成績は通算で0勝11敗となった。

だが、ベネズエラのバスケットボールは確実に前進している。
スター選手のいない、インサイドでの高さもないヴィノティントが、高確率の3ポイントシュートと強固なチームワークを武器にして、NBA選手を擁するスロベニアを苦しめ、フィンランドとは第3クォーターまで互角の戦いを演じ、日本には残り2分までリードするという健闘を見せたのだ。

フィンランド戦後、アルゼンチン人コーチは、ベネズエラの希望は計画があることだと語った。

「ベネズエラは3年間にわたって(10代の選手を含む)ベネズエラ代表Bチームの育成に取り組んでいます。ワールドカップに戻ってきたいなら、新しい世代を競わせなければなりません」

(南米には今大会は出場を逃した FIBAランキング4位のアルゼンチンもいるため、W杯出場権争いが激しい)

また彼は、「ヨーロッパのチームに対する初勝利を夢見るならば、彼らヨーロッパの選手たちと一緒にプレーする必要がある」と言い、キャプテンのクビジャンもこれに同意する。

W杯に出場したヴィノティントのメンバーのうち、スペインリーグでプレーしているカレラ以外の11人はすべてベネズエラ国内リーグでプレーしているが、「選手たちはベネズエラ国外でプレーすることを検討すべきだ」とクビジャンは言う。

ドンチッチや比江島やマルカネン、ヴィノティントの前に立ちはだかった彼らと同じレベルでプレーする選手が出てくる必要がある。

またデュロHCは最後に、ベネズエラ代表チームを指揮できたことを誇りに思うと語った。

「私は、このグループがそこに注いだ心、意欲、情熱に敬意を表します。代表チームの価値を威厳あるものとして保ち、代表のユニフォームを心を込めて守ってくれたこのグループ。彼らと過ごした8年間は私にとって本当に大切なものです」

そして、おそらく今大会を最後に代表のユニフォームを脱ぐことになるであろう36歳のキャプテンは、最後にこう語る。

「私たちはすべてを、それ以上のものを捧げてきました。 この家族の一員であることをとても誇りに思います。 バスケットボールはバスケットボール以上のものです。 私たちは人間として大きく成長しました。 この兄弟の絆を保ち続けるために、私たちは10年後に会って互いに挨拶を交わすでしょう。私たちがやってきたこと、私たちが持っているものは本物であり、それが私にとって最も重要なこと、代表チームでの経験全体から得たものです」

欧州勢からの初勝利という夢を次の世代に託し、ヴィノティントの沖縄での挑戦は終わった。

結果は出せなかったが、下を向くことはない。彼らはベネズエラらしいバスケットを見せた。40分間持続することはできなかったにせよ、世界の強豪国相手に自分たちのバスケットが通用する時間帯もあった。
ヴィノティントのバスケット、彼らが沖縄アリーナで見せた美しいシュートとパスワークは、きっと多くのバスケファンの心に刻まれたはずだ。


第2部 比江島の8分


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「ずっと言ってるんですよ。マコは止めれないって。信じてくれないから、マコが。ずっと言ってんのに……」

試合後のミックスゾーンで、”マコ” こと比江島慎と肩を組んだ渡邊雄太は、そう言ってベネズエラ戦のヒーローをいじった。比江島はこの試合最後の8分間に4本の3ポイントシュートを含む17得点をあげ、15点差をひっくり返す大逆転勝利の立役者になった。
遅れて現れた富樫勇樹も渡邊に乗っかり、メディアに向かってこう言い放つ。

「今日、普通ですよ。普通。何も特別じゃない」

さらに渡邊がたたみ掛けるように言う。

「あれが比江島慎ですよ」

4年前、FIBAワールドカップ2019に出場し、「歴代最強」、「日本版ドリームチーム」と呼ばれた日本代表は大会期間中一勝もあげることができず、5戦全敗で開催地の中国を去ることになった。

この大会をきっかけとして日本バスケットボール協会は、日本代表が世界の強豪国と互角に戦うためには若い世代の育成方法から変えていかなければならないと判断し、育成計画の改革に乗り出した。そして各年代に合わせた指導方針、練習カリキュラムがあらゆるコーチ向けに公開されるようになり、全国の子供たちが同じレベルの指導をどこにいても受けられるようになった。

良い選手の条件とは何か? それは判断の正確性だと言うことができる。
良い状況判断、良い選択をし続けることができる選手が良い選手であり、判断の正確性(および判断のスピード)は一朝一夕で養うことはできない。

だから日本のバスケファンは、2年前の東京オリンピックで日本代表がスペイン、スロベニア、アルゼンチンを相手に3連敗を喫しても耐えることができた。
未来へのタネはまかれている。今はそこから新しい芽が出てくるのを待ち、その芽が順調に成長して花を咲かせようになるまで耐える時期なのだと。

サッカーにしても、日本代表は今でこそFIFAランキングを20位に上げ、他国からサッカーの強豪国とみなされるまでになったが、1993年のプロリーグ発足以降、1998年に悲願のFIFAワールドカップ初出場を果たすまでに5年かかり、W杯での決勝トーナメント進出も2002年の自国開催を除けば、2010年まで待たなければならなかったのだ。(そして2010年南アフリカW杯以降、日本代表選手の海外移籍が急激に増加する)

ところが、2年前、オリンピックの直後に日本代表のヘッドコーチにトム・ホーバスが就任すると、日本の一部のバスケファンは、東京五輪で女子代表を率いて銀メダル獲得という歴史的快挙をなし遂げたホーバスならば、男子代表を世界で勝たせることもできるのではないか? と淡い期待を抱くようになる。

ホーバスがヘッドコーチに就任してから、まず最優先で取り組んだ課題は、選手たちのマインドセットの変革、意識改革だと言われている。それを聞いて、メンタルのような実際にどれほど効果があるか定かでない方面に注力するよりも、技術や戦術の指導に力を入れてくれ。と不満をもらすファンもいたが、そもそも2年や3年で日本代表を世界と戦えるようにすること自体が難易度高すぎハードモードなのだから、とにかくホーバスがどうするのかを見てみようという態度のファンも多く見られた。

ホーバスは、男子代表のHCに就任したとき、日本代表選手はコート上で自信を持ってプレーすることができない。まずはそのメンタルから変えていく必要があると感じたらしい。

そして迎えたFIBAワールドカップ2023。ホーバスは、今大会の目標はアジア1位の国に与えられるパリ五輪の出場権獲得であると宣言した。だが、それが可能だと信じていた人はどれだけいただろう?

日本代表は1次ラウンドでドイツ、フィンランド、オーストラリアと同組になった。この3ヶ国から日本が一勝でもできると信じていた人がどれだけいただろうか? 日本がW杯で対戦した欧州勢との過去の対戦成績は10戦全敗であり、オーストラリアは東京五輪の銅メダルチームだ。

もちろん目標は目標として設定しなければならない。ホーバスが日本代表のヘッドコーチとしてパリ五輪の出場権獲得を目標に掲げるのは当然のことだ。だが、それを本当に信じるかどうかはまた別の話である。

日本はW杯の初戦、ドイツ戦を81−63で落とし、これでW杯における欧州勢との対戦成績は0勝11敗となった。

ネット上ではドイツ戦での日本代表選手の状況判断の悪さを指摘して、やはり試合中にチャンスを見つける目やチャンスを探し続ける意識などを育成年代から養っていかなければ厳しいと改めて主張する有識者もいたし、とにかくドイツにボコられなくてよかったと安堵(?)しているファンもいた。

ところが続くフィンランド戦で、日本代表は歴史的快挙を達成する。
第3クォーター終了時点で10点のビハインドを背負っていた日本代表は、第4クォーター半ばに逆転すると、逆に10点差をつけてフィンランドに勝利したのだ。

第1クォーターからオフェンスにおいてもディフェンスにおいても、終始ゴール下で無双していたホーキンソンは、第4クォーターになってもプレー強度が落ちなかった。自陣のゴール下ではリバウンドを渡さず、相手のゴール下でボールを受けると、レイアップを決め(もしくはファールをもらいフリースローを確実に2本沈めて)、必ず2点をチームにもたらした。
第4クォーターのスタッツを見ると、ホーキンソンの12得点に対してマルカネンは4得点。勝負所での両エースの働きが勝敗を分けた。

日本がFIBAの国際大会でヨーロッパ勢から挙げた初勝利。
メディアはそれを「奇跡」と表現した。

日本代表には欧州勢に勝った実績がなく、メディアが日本の勝利を信じるに足るだけの材料もないのだからそれは当然のことだし、日本バスケットボール協会の男子代表に対する自己評価(W杯に出場している国々と比較しての相対的評価)にしても低くなりがちなのは、広報担当者の偽らざる気持ちだっただろう。

そして4年前のW杯における5戦全敗という苦い記憶を持つ日本のバスケファンも、欧州勢に勝つのはそんなに簡単なことではないと思っていたはずだ。

この中に、今大会、日本代表がヨーロッパのチームに勝てると本当に信じていた人がどれほどいただろうか?

(信じてくれないから……)

(ずっと言ってんのに……?)

1次ラウンドの最終戦、FIBAランキング3位のオーストラリア戦は109-89で敗れるも、ホーキンソンはこの試合もゲームハイの33得点(2ptFG : 12/13)と奮闘し、特に後半の日本はオーストラリア相手に互角の戦いを見せた。
1次ラウンドの3戦全てで、後半だけのスコアを見れば、日本はドイツ、フィンランド、オーストラリアを上回った(得失点差が重要になる1次ラウンドでは、ガベージタイムと言ってもそこまで手を抜くことはできないのだから、これは善戦と言っていい)が、40分間トータルのスコアでは、1勝2敗の結果となり、日本は2次ラウンドには進めずに順位決定ラウンドへ回ることになった。

だが、アジアの全ての国が2次ラウンド進出を逃したため、日本にはまだアジア1位となってパリ五輪の出場権を獲得する可能性が残されていた。
そのためには、ここからは本当に負けられない戦いになる。

順位決定ラウンドの初戦はベネズエラ戦。
この試合も、第1クォーターから終始リードを許す苦しい展開となった。
第3クォーター早々に4ファウルを犯してベンチに下がっていた比江島は、第4クォーター頭からコートに戻り、そして彼は、文字通り日本を “救った”。

試合時間残り8分、日本は15点差で負けていた。
そこから比江島は、ボールをもらうととにかく1対1を仕掛けた。
パスをもらって前が空いていたらシュート。
前が空いていなければ、ドリブルからステップバックしてスリー。あるいはドライブ。ドライブが止められたらパスフェイクからミドルシュート……。
そうやってひたすらシュートを打ち続け、彼は最後の8分間、1本もシュートを落とさなかった。
4本の3ポイント、2本の2ポイント、1本のフリースローを全て成功させ、比江島は8分間で17点を奪ってみせた。

バスケファンにはおなじみの “比江島タイム” という言葉がある。
集中すると誰にも止められなくなり、彼が一人で得点を量産してしまう時間帯のことだ。青山学院大時代にはすでに比江島タイムはファンの間で広く知られていたし、Bリーグでも私たちは何度もそれを目にしてきた。だが、比江島は今年で33歳になる。W杯開幕前には日本代表の12人に残るかどうかを心配する声も聞こえた。
2023年に、W杯で、“世界” を相手に比江島タイムが見られると思っていたファンは、どれだけいただろう?

しかし、ベネズエラ戦後の記者会見で渡邊が「彼を止められる選手は世界でもなかなかいない」と語ったとき、渡邊は、比江島を止められる選手はNBAやヨーロッパの強豪国を見渡しても多くはいないのだと本当に信じているように見えた。

また試合終了直後、テレビカメラに向かってホーバスが言った、「最後の方のプレーを最初からやりたいといつも言ってる」という言葉を聞くと、彼は40分間自分たちのバスケをやり続ければ、ドイツが相手でもオーストラリアが相手でも勝つことができると本当に信じていたように思える。

(もしかしたら、選手たちも……)

あと1勝。日本は次戦、順位決定ラウンド最後のカーボベルデ戦に勝てば、自力でパリ五輪出場を決めることができる。

その結果は……

FIBAワールドカップ2023において、日本は5試合を戦い、3勝2敗で32ヶ国中19位、そしてアジアでは1位となり、来年のパリ五輪出場権を獲得した。

4年前のW杯での5戦全敗、2年前の五輪での3戦全敗を思い起こせば、信じられない結果だ。

バスケファンは、日本が世界を相手に勝つことがいかに難しいことかを知っている。W杯での3勝2敗という結果、そしてオリンピックの出場権獲得が日本バスケット界においてどれほど大きな成果であるかを知っている。
これは本当に信じられない結果だ。

そして、この結果によって私たちは新しい夢を見るようになった。

ホーバスはHC就任以降、3ポイントシュートを中心としたチーム作りを掲げているが、今大会、日本の3ポイント成功率は32ヶ国中ワースト10に入る。(2次ラウンド/順位決定ラウンド終了時点)
もちろんホーバスがHCになってからまだ2年しか経っていないのだし、3ポイントシューターの育成も一朝一夕でできるものではないだろう。日本には個人として大会トップ5の3ポイント成功率 57.1%(2次ラウンド/順位決定ラウンド終了時点)を誇る比江島慎がいるが、まだまだシューターが足りない。ホーバスの目指すチームを作り上げるにはまだ時間がかかるだろう。

だが、理想はまだまだ先だとしても、W杯出場国の上位国並みの高確率やベネズエラがフィンランドの激しいプレッシャーディフェンスをかいくぐって記録した46.9%は無理だとしても、32ヶ国の平均並みの3ポイント成功率を記録することができたら……、今の日本代表に3ポイントシュートという武器が加わったら……、将来、世界大会での決勝トーナメント進出、あるいはその先まで夢見ることもできるかもしれない……。

日本のメディアは「日本代表にはスター選手はいない」と言うし、日本よりもFIBAランキングが上位の国(=格上の国)に日本が勝つのはサプライズ(番狂わせ)であるかのように書く。
その現状認識は、いまのところは正しいのだろう。だが、もしかしたらそれはこのW杯で終わるのかもしれない。その可能性はないとは言えない。

この先も、世界で勝つのは簡単なことではないということは忘れるべきではないし、対戦国へのリスペクトも忘れるべきではない。しかし、それとはまた別の話として、もしからしたらこの先、日本が欧州勢に勝っても「何も特別じゃない」と言える日が来るかもしれない。何年先かはわからないが、日本が世界の強豪国を倒し、驚く海外の人々に対して、「あれが日本代表ですよ」と、当然のように言える日が来るかもしれない。2023年のW杯はそのきっかけに、日本がバスケ強豪国になるきっかけの大会になるかもしれない。

もしかしたら……

……というのは、いつかそんな未来がやってきたらいいなという、いちバスケファンによる願望込みの想像にすぎないが、ひとつ確実に言えることがある。

これから先、何年たっても、何十年たっても、「比江島の8分」を私たちはいつまでも語り継いでいくだろうということ。これだけは間違いないと私は信じている。


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