【事例に学ぶ】一方向の「報告」から双方向の「対話」へ 進化する企業レポート
財務情報と非財務情報を統合した「統合報告書」を発行する企業が増えている。株主や投資家へ向けて財務諸表中心に情報を開示していた時代から、社員や顧客など広くステークホルダーを対象に含め、ESG(環境・社会・企業統治)情報を合わせて開示することで、企業コミュニケーションのあり方はどう変わったのか。
今回は、2022年に日本経済新聞社の主催する「日経統合報告書アワード」でグランプリを受賞した3社の統合報告書を見ながら、メンバーでざわざわ。
非財務情報を合わせ全体像を示す
かつて企業の発行する報告書は、アニュアルレポートなど株主や投資家に向けて財務情報を開示する目的のものが主流だった。
その後これとは別に、環境への取り組みや発生させた環境負荷を報告する「環境報告書」、社会的責任を果たしているかを報告する「CSR報告書」、持続可能な社会の実現に向けた取り組みについてまとめたサステナビリティ報告書(持続可能性報告書)など、非財務情報を開示する報告書を発行する企業が増えていった。
統合報告書はこれらを統合し、財務情報と非財務情報の両方を開示するものだ。
1998年から「日経アニュアルリポートアウォード」を実施してきた日本経済新聞社は、統合報告書へと移行する企業の増加を受けて2021年に「日経統合報告書アワード」へとリニューアルした。
2022年に第2回日経統合報告書アワードでグランプリに選ばれたのが、伊藤忠商事、オムロン、レゾナック・ホールディングスの3社だ。
「対話」を強く意識したつくり
3社のグランプリ受賞作品を見て感じたのは、いずれも一般のステークホルダーとのコミュニケーションを強く意識したつくりになっていることだ。企業として進むべき方向性を「ストーリー」として語る、「対話のためのツール」となっている。
なかでもレゾナックは、自社のウェブサイトで報告書の全文をPDFで公開するだけでなく、「統合報告書の読みどころ」やアワードの受賞を受けて「グランプリ受賞の裏側」といった読み物コンテンツをつくり公開するという徹底ぶりだ。
背景には、同社が昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)というグループ内の2社が合併して新会社としてスタートするタイミングであった、という事情もある。統合報告書の制作担当者は次のように語っている。
また、同社では統合報告書を「組織文化の醸成に向けたIC(インターナルコミュニケーション)のツール」の一つであると位置付けている点でも斬新だ。
「レゾナックにとっての統合報告書とは」の「何のために?」には「レゾナックの経営への信頼を醸成し、対話するためのコミュニケーションツール」としたうえで、以下のように記されている。
一般に、マルチステークホルダーをターゲットとしつつも、内容的には社外だけをターゲットとしたような報告書が多く見られるなかで、同社が「組織文化醸成の役割」を高らかに宣言している様は、経営統合という特殊な状況下であることを差し引いても、非常に画期的であると感じられた。
企業の底力を示す非財務情報
非財務情報の充実に力を入れているのも、グランプリ受賞3社に共通して見られる傾向だ。
レゾナックで統合報告書の制作を中心となって担うサステナビリティ部長の松古樹美氏は、その意図を次のように語っている。
ちなみに、松古氏は「金融機関やメーカーで統合報告書を作成してきた経験豊かな人」だという。PR会社や制作会社に丸投げせず、必要とあれば外部の専門的な人材を登用してでも、報告書におけるコミュニケーションのコンセプトを自社内で固めようという同社の戦略的姿勢が伺える。
また、オムロンは「統合レポート2022」の冒頭の「編集方針」のなかで、経済産業省が2017年に策定した「価値協創ガイダンス2.0」のフレームワークに合わせて章立てを再編成するとともに、このガイダンスで重視されている「人的資本」に関する記述を充実させた、と述べている。
さらに同社は、2023年の統合レポートでは「財務情報と非財務情報のコネクティビティ(結合性)への挑戦」を掲げ、人財施策の成果指標と財務指標の相関関係を仮説検証。重要なマテリアリティであると確認された指標については、関連施策の取り組み状況を詳述している。
リーダーシップとパートナーシップ
人的資本経営を推進するためには、社内に「失敗を許容する文化」を育て、それぞれの職場に「心理的安全性」を確保することが欠かせない。その意味で、いま求められるのは「パートナーシップ(サーバントシップ)」だ。
リーダーシップが「組織や集団を目標に向かって導く能力」であるのに対し、パートナーシップは「異なる組織や集団が協力して目標を達成する関係性」だ。
『ユーモアは最強の武器である』(ジェニファー・アーカー他著)には、次のような衝撃的な事実が記されている。
自分の所属先が社会から糾弾されるような不祥事を起こすと、社員は会社や上司を信用できなくなる。そうした事態の広がりのもと、今日の社員は「優秀なリーダーよりも共感を持てるリーダー」を求める傾向がある。
そこで大切になるのが「親しみやすさ(≒傾聴)」や「双方向の対話」だ。統合報告書のトップメッセージで、レゾナックの高橋秀仁社長はこう語る。
「ジーンズにパーカーとジャケット」のスタイルでフレンドリーに微笑む高橋氏の写真は、現代の社員が求めるリーダー像を完璧に体現しているように思える。
もっとも、高橋氏の捉え方は「リーダーシップかパートナーシップか」といった「A or B」の発想ではなく、その両者を併存させる――といったイメージのようだ。レゾナックの前身である旧昭和電工では、内部出身者が務めるのが当たり前だった各事業部のリーダーを、見える化と標準化によって、部門を超えて抜擢できるように変革した。事業部長には、その事業に精通していることよりも、リーダーシップを求めるという。
どうなる? これからの統合報告書
非財務情報を充実させることで、マルチステークホルダーに向けた企業コミュニケーションの強化を伺わせる統合報告書。ただし、この大きな潮流に歯止めをかける兆しも見え隠れする。米国で顕著になりつつある「反ESG」の動きだ。
共和党を中心とする反ESG派は、石油・石炭といった化石燃料関連産業への投資控えがエネルギー価格の高騰を招くこと、またそこへの投資が大きな利益を生む反面、ESG投資に積極的な機関投資家は利益が上がらず、株主の期待に応えられていないことなどを指摘している。2024年の大統領選で共和党が政権を執れば、反ESGの動きが加速するかもしれない。
現在日本で主流となっている統合報告書のスタイルは、英国のIFRS財団が設置する国際会計基準審議会(IASB)が策定した「IFRS会計基準」に則って作成されたものだ。同財団は2023年6月に「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項(IFRS S1)」と「気候関連開示(IFRS S2)」を公表した。財務情報につづき、非財務情報の開示にもIFRS財団が定める基準が提示されたわけだが、同財団は民間の非営利組織であり、米国ではこの基準を容認していない。
こうした動向を踏まえ、今後の日本企業の統合報告書がどのような方向へ向かうのか、私たち「企業コミュニケーション研究会 ざわざわ」はウオッチングを続けていくつもりだ。
レゾナック高橋社長は、自身が描く10年先のビジョンを実現するために最も大切なことは「人材育成と組織文化の醸成」であり、これをCHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)との二人三脚で取り組んでいくのが自分のいちばん大切な仕事だ、と明言している。これは「ざわざわが考えるIC」とも非常に近い。
統合報告書の編集スタンスとして最も重要なことは、英米の政治的な事情に色濃く影響を受ける基準にこだわりすぎず、自社のパーパスや経営理念に沿って継続的に企業活動を進め、その取り組みを誠実かつ戦略的に公開していくことではないだろうか。
まとめ:三上美絵
この記事について
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