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陽気なルンペン、アートを作る

 パーラー・ボーイ君の住むパーラータウンには、ポーキー・パークという広い公園があります。憩いの場として市民に親しまれている自然公園です。
 今日、パーラー・ボーイ君は、ラロッカちゃんとハラルドくんに誘われて、ポーキー・パークに鳥の巣箱を設置しにやってきました。
 言い出しっぺのラロッカちゃんは、カラフルにペイントした可愛らしい巣箱を、ハラルド君はデザインはシンプルですが必要以上に素材にこだわったマホガニー製の巣箱を自分で作って持ってきました。
 パーラー・ボーイ君はというと、自宅の郵便受けをバットで叩いて土台から外して持ってきました。

陽気なルンペン1

 どの木に置こうか迷う3人。
 ラロッカちゃんは不意に、
「私、あの木にするわ!」
 と女の直感で場所を決めました。
 ハラルド君がいい所を見せようと、
「ボクが置いてあげるよ」
 と言いましたが、おてんば娘のラロッカちゃんは、
「自分でやりたいの」
 と断って、木に登り始めました。
 もともと運動神経の良いラロッカちゃんは、あっという間に目的の枝までたどり着いて、巣箱を設置しました。

 それならばと、ハラルド君は、
「ボクは、あの木のてっぺんに置いてみせるよ」
 と公園の中でも1、2を争う高さの木を指して言いました。
「あぶないわよ」
 と心配するラロッカちゃんをよそに、ハラルド君は、
「へっちゃら、へっちゃら」
 と木を登っていきますが、中ほどまで来たときに下を見ると、あまりの高さに足がすくんでしまい、
「angst、angst(こわいよー、こわいよー)」と震えて動けなくなってしまいました。

 そこへ、この公園を拠点に生活する、陽気なルンペンで、パーラー・ボーイ君たちとは顔見知りのラグが通りかかりました。

「ラグ! 大変なの。ハラルド君が木から降りられなくなっちゃったの」
 ラロッカちゃんがそう言うと、ラグは、“まかせとけ!”とばかりに木に登り、ハラルド君を助けてくれました。
「ありがとう、ラグ。ボク、この木のてっぺんに巣箱を置きたかったんだ」
 そう言うハラルド君にラグは、
「てっぺんなんかに置いたら、せっかく鳥が巣を作ってもよく観察できねぇべ」
 と、ちょうどいい高さのところへ巣箱を置いてくれました。

 パーラー・ボーイ君は“ボクのも置いて”と郵便受けをラグに渡しました。
「オメェの巣箱はずいぶん変わった形してんな」
 ラグは郵便受けを受け取り、どこに置くのがいいか場所を探して、辺りを見まわします。
 すると、パーラー・ボーイ君が“ボク、あそこがいい”と巨大スズメバチの巣の横を指差しました。

「オメェはオラを殺す気か」
 ラグはそう言うものの、もしコレがスズメバチでなくミツバチの巣ならば、ハチミツほしさに、ひと暴れするところです。

 適当な場所にパーラー・ボーイ君の巣箱も置いてもらい、3人は「ありがとう」とラグにお礼を言いました。
 そのとき、ゴロゴロという音がして、空模様が怪しくなったかと思うと、突然、大雨が降ってきました。みんな大慌てです。

「みんなー、オラんちに避難しろー!」
 ラグがそう言うと、みんなは公園内にあるダンボールハウスに駆け込みました。

 大人1人、子ども3人が入れば、ギチギチの広さのダンボールハウスの中は、実に味気ないものです。
 放浪ルンペンのラグの持ち物といえば、古びたリュックサックだけ。ハウスの中には物がそれしかありません。

「南の方角に花を置けば、恋愛運がアップするのよ。こんど私が、市役所の花壇からフリージアを引っこ抜いてきてあげる」
 ラロッカちゃんが、女性らしい細やかな気づかいを見せますが、問題はそんなことではありません。もっと根本的なことが問題です。
 雨にうたれる内に、だんだんとハウスはふやけてきて、中に雨水が染み込んできました。

「そうだ! 今日のお礼に、ラグにも家を作ってあげよう!!」
 ハラルド君は、そう声を上げました。
「ムリよ! ラグの住むお家なんて作れっこないわ」
 ラロッカちゃんは言いますが、ハラルド君は、
「鳥の巣箱を大きくすればいいだけの事なんだから簡単さ。雨が上がったら、さっそく材料集めに出発だ!」
 と、自信満々、やる気満々です。

 雨が止むまでの間、4人はどんな家にしたいか話し合いました。
「キッチンは絶対、システムキッチンじゃなきゃイヤ」
 ラロッカちゃんがそう言えば、ラグは、
「オラ、じつは昔からエントツのある家に住むのが夢だったんだ」
 と、うちあけます。
 パーラー・ボーイ君は、庭にブランコが欲しいといってゆずりません。
 ハラルド君は、みんなの意見を聞いて、
「わかった、そうしよう。わかった、そうしよう」
 と、ことごとく受け入れます。

 その日から、ハラルド君を筆頭に、パーラー・ボーイ君たちは毎日、一生懸命にラグの家作りに励みました。

 パーラー・ボーイ君たちは最初に、顔見知りの大工の親方に、材木を分けてもらいにいったので、その時に事情を知った親方が時折、様子を見にやって来てくれて、家の作り方を教えてくれたり、手伝ってくれたりしたのと、みんなの頑張りとあいまって、気づけば思いのほかちゃんとした家が出来ていました。

 2LDK、バス、トイレ別で、みんなの希望通り、システムキッチンも、エントツも、ブランコもあります。将来的にはソーラー・パネルを取り付けて太陽光発電までする予定です。

「やったー、やったー」
 と親方も一緒になって、みんなで完成を喜びました。
「今日から、オラ、ここで暮すのか」
 ラグが感慨深げにそう言うと、ラロッカちゃんは、

「そうよ。そして明日からは毎朝7時にボサノバを聞きながら起きて、ブレイクファーストにはオートミールを食べるの」
 と、独自の生活習慣を提案します。
「でもオラ、レコード持ってねぇぞ」
「大丈夫。私がおじいちゃんの所から、使ってないオーディオ借りてきてあげるから」

 せっかく立派なハコが出来たので、中身も素敵なヒューマンライフを送れるように生活用品を充実させようと、みんなはそれぞれ、家から使ってないものや、余っているものを持ちよりました。

 その夜、ラグは親方が持ってきてくれた羽毛布団の中で、「いいな~、いいな~♪ 人間っていいな~♪ おいしいオヤツに、ポチャポチャお風呂~♪ あったかい布団で眠るんだろな~♪」
 と歌いながら、
「そうだ、みんなにちゃんとお礼しよう」
 と思いたちました。

陽気なルンペン2


「親方、なんか手伝うことねぇか?」
 次の日、ラグは親方の仕事を手伝おうと、現場にたずねて行きました。
 ラグに出来る仕事は、ほんの雑用程度ですが、それでもラグは一生懸命に働きました。
 すると、その仕事振りに感心した親方は、その日の終わりに、「助かったよ」と、日当をくれました。

「オラ、そんなつもりじゃねぇだ」
 ラグは断りましたが、親方はラガーマンを意識した、爽やかな感じで、
「取っとけ、ビンボー人」
 と、ラグの肩をポンと叩き、給料袋を押しつけました。

 ラグは(じゃあ、このお金でパーラー・ボーイ君たちにお菓子でも買ってあげよう)と思いました。

 この日をキッカケに、親方は人手が欲しいときにラグへ声を掛けるようになり、ラグも2週に1度のアルミ缶集めだけでは生活がしんどかったので、真面目に大工仕事を手伝いました。

 不法占拠住宅とはいえ、2LDKの家にすみ、不定期の日雇いとはいえ大工仕事をするラグは、もはやルンペンではありません。ただのあんまり働かないオジサンです。

 パーラー・タウンの高級住宅が立ち並ぶエリアには、ブラッド・ピットが住んでいます。ある日、ブラッド・ピットから親方に、
「今度、雑誌が飼っている犬を取材しにくるから、それまでにスゲェかっこいい犬小屋作って」
 と依頼がありました。

 親方は犬小屋なんかを作る気はないので、「おい、かわりに行ってこい」と、この頃には多少の大工仕事なら出来るようになっていたラグに、仕事を回しました。

 ラグがトンカチ片手にブラピん家に行くと、パジャマ姿のブラピと、バセット・ハウンド犬のコッカーが出てきました。ブラピは、

「まあ、お茶でも飲みなよ」と家の中へ入れてくれて、爽健美茶をわざわざレンジで温めて、HOTにして出してくれました。

「ところでさぁ、おたくどんな犬小屋作るかデザイン決まっているわけ? デッサンとかあったら見せてよ」
 ブラピにそう言われても、ラグはデッサンどころか、なんも考えていません。
 とりあえず、すごい無難な形の犬小屋をジェスチャーで、
「こんなのにしようと思うんだ」
 と、あらわしましたが、ブラピには、いまいちイメージが伝わりません。
 なんとなく気まずい感じになったので、ラグは気をつかい、普段テレビや映画を見ない自分が、ブラピとジョニー・デップの区別がついていないとも知らずに、
「もうすぐ、パイレーツ・オブ・カリビアン2公開ですね」
 と話題をふりました。
 ブラピは困惑した表情で、
「とにかくさぁ、それ飲んだら、とっとと犬小屋作ってよ。スゲェかっこいいやつね」
 と言い、自分は近所のコンビニへ買い物に行きました。

 ラグは3時間ぐらいかけて犬小屋を完成させましたが、出来上がった犬小屋を見たブラピは、

「ダメだ、ダメだ、ダメだ。全然かっこよくない。こんなんだったらダイキに行けば、いくらでも売ってるよ!」
 と、ちょっとご立腹です。
「申し訳ねぇ。もういっぺん作り直しますんで」
 ラグがまたすぐに仕事に取り掛かろうとすると、ブラピは、
「ちょっと待った! 働き尽くめはよくないから、いったん休憩したほうがいい」と止め、
「まあ、これでも食べなよ」
 と、冷蔵庫でギンギンに冷やしたミカンを差し出しました。

 ラグとブラピは庭に並んで腰を下ろし、ミカンを食べながら世間話をしました。
 始めは、お互いの仕事のこととか、カブトムシとザリガニはどっちが強いかといった話題でしたが、話すうちにラグの人の良さを感じ取ったブラピが、
「実はオレ、本当は犬あんまり好きじゃないんだ」
 と打ち明けました。人間の言葉が分かるのか、コッカーの表情が少し寂しげになりました。

「ベイサイドにあるレストランで働いている女の子が、よく犬を散歩させてる姿を見かけてさぁ、オレもおんなじ時間帯に犬を連れて散歩すれば、仲良くなれるかなと思ったんだよ……」
 超純情少年発言をするブラピにラグは言います。
「オメェみてぇな男前で、しかも有名な役者なら、そんな事しなくてもよかんべ」
「オレみたいな、世紀のビックスターでも、虚栄の仮面をひとかわ剥げば、みんなと同じ、ただの男の子さ」
 ブラピは言った後で、テレ隠しに側に置いてあった犬のおもちゃを、
「コッカー取ってこい」と投げました。
 しかし、バセット・ハウンド犬はもともと活発な性格ではない上に、ややヘコミ気味で今は、そんな元気のないコッカーはガン無視です。

 芝の上にむなしく落ちた骨の形のおもちゃを、ブラピは自分で拾いに行きました。

 ラグは犬小屋のデザインをどうするか、頭を悩ませていましたが、パーラー・ボーイ君が郵便受けを巣箱に使っていたのを思いだして、半分ふざけて郵便受けの形の犬小屋を作りました。
(ピットさん、怒るかな?)
 と思いつつ、
「犬小屋できたよー」
 と知らせると、予想に反してブラピは、
「なにコレ! スゲェかっこいいじゃん」
 とご満悦です。意気揚揚と、
「コッカー、ハウス!」
 と命令しました。
 しかし、コッカーは“プン”とソッポを向いて、別の方向へ歩いていってしまいました。
 ラグは、ブラピのことを可哀相に思い、
「もし、犬が使わなかったら、郵便受けとしても使えますよ」
 と、なぐさめました。

 その日、ラグが家に帰ると、もう陽も暮れかけてきているというのに、パーラー・ボーイ君たちが家の前でラグの帰りを待っていました。

「ラグー! いつまで経っても鳥が住まないの! どうしたらいいのー」
 ラグの姿を見つけるなり、ラロッカちゃんが駆け寄ってきます。
「ちゃんと餌付けはしてんのかい?」
「餌は毎日置いてるのに、全然来ないの」
 ラロッカちゃんの表情は切実です。しかしラグにも鳥のことはよく分かりません。

「大丈夫。気ながにまっていれば、そのうち物好きな鳥がやってくんべ。とりあえず今日はもう遅いから帰りなさい。お家のひと心配してるサ」
 ラグはそう言ってなだめると、パーラー・ボーイ君たちを家に帰しました。

☆ ☆

 しばらくして、雑誌にコッカーと、ラグの作った犬小屋が紹介されると、それを見た読者から、「この犬小屋が欲しい」という問い合わせが殺到しました。
 出版社の人がラグにこの事を告げますが、忙しいのがキライなラグは、こんな大量の注文を受ける気は全然ありません。

「全部断ってくれ」と言いました。すると、バカな人間たちが、「こだわりの職人仕事だ」とか「これぞ芸術家気質だ」とか言いだし、勝手に雑誌でラグのことを取り上げました。
 マスコミが評価すれば、宮藤 官九郎でさえ天才になってしまう世の中です。
 独特のライフスタイルをおくるラグは、一夜にして、あんまり働かないオジサンから、ハリウッドのスターが認める、新進アーティストにされてしまいました。

 ほどなく、ラグの家にはひっきりなしに、雑誌やテレビの取材の申し込みや、作品を売ってくれという人、ブラピファン。お金のニオイを嗅ぎつけた連中などが押し掛けてくるようになり、静かで自由なラグの生活が送れなくなってしまいました。

 ラグは、こんなのはまっぴらゴメンだと、ほとぼりがさめるまでの間、せっかくの家を離れて放浪をすることに決めました。

 夜中にラグは家を出ると、月明かりをたよりに巣箱が置いてある木に登り、みんなの巣箱に1羽ずつ小鳥を入れていきました。

 小鳥がこの場所を気に入ってくれるように、巣箱の中にはきれいにワラを敷き、餌もちゃんと置いてあります。

 ラグは一番最後に入れた、ラロッカちゃんの巣箱の中の小鳥に向かって、「オメェは、オラみてぇに、すぐどっか行っちまうんじゃねぇゾ」
 と言いました。

 ラグは木から下りると、ボロボロのリュックを背負い公園をあとにしました。

陽気なルンペン3


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