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『パーラー・ボーイ君オバケと遊ぶ』

 今日、パーラー・ボーイ君たちは森にムシを取りにやってきました。
 ムシが居るとか居ないとか関係なしに、むやみにアミを振りまわすパーラー・ボーイ君にハラルド君は、
「そんなやり方じゃ、永遠にカブトムシは捕まえらんないよ」
 と言い、自分はセッセッと砂糖水を木に塗りたくっています。

「私、カブトムシよりも蝶々がいい」
 ラロッカちゃんがそう言うと、ハラルド君はハッパをムシャムシャ食べていたイモ虫を捕まえて、
「コレを育てたら、蝶々になるよ」
 と、ラロッカちゃんに渡そうとしましたが、ラロッカちゃんは、
「それなら、あなたが育てて、蝶になってから私にちょうだい」
 とハラルド君に突き返しました。

 そこへ、パーラー・ボーイ君が、
「蝶、捕まえたよ」
 と、適当に振り回していたら、偶然、中に蝶が入ってきた網をラロッカちゃんの顔の前に突き出しました。
 しかし網の中に入っていたのは、蝶ではなく醜悪な顔で暴れまわるコウモリだったので、ラロッカちゃんは悲鳴をあげました。

「パーラー・ボーイ君! それ蝶々じゃなくてコウモリよ!」
 パーラー・ボーイ君は、自分の捕まえたのがコウモリだと聞いて、思わぬ大物GETにうれしくなりました。
“やったー、やったー。すごいの捕まえたよー”
 大はしゃぎで虫カゴのなかに入れようとしましたが、コウモリが暴れまわるのでなかなか上手くいきません。

 四苦八苦していると、後ろから、
「君、そのコウモリ逃がしてあげてくれないか!」と声を掛けられました。
 振り向くと、そこにはパーラー・ボーイ君たちよりは少し年上で、ベースボールキャップにオーバーオール姿の少年が立っています。
 パーラー・ボーイ君が“イヤイヤ”と首を振ると、少年は、
「かわりに、この蝶をあげるから」
 と、とてもキレイな蝶を出しました。

 パーラー・ボーイ君は、それでも“イヤイヤ”ですが、ラロッカちゃんが、
「交換すべきよ!」
 と、パーラー・ボーイ君の網を蹴り飛ばしたので、コウモリは逃げていってしまいました。
“あーッ!”とショッキングな表情で、飛んでいくコウモリを見つめるパーラー・ボーイ君を尻目に、ラロッカちゃんは蝶を受け取りながら聞きます。
「あなた名前は?」
 少年は、
「ボクはオバケのスコット。昔、この森の近くを走っていた汽車に轢かれて死んだんだ」
 と自己紹介しました。
 世にもキレイな蝶をもらって、上機嫌なラロッカちゃんは、
「私、オバケの人と会うの初めてだわ。よろしくね」
 と愛嬌タップリに言いましたが、ハラルド君は、
「オバケなんていないんだよ。ボクらのことを驚かそうとしているんだ」
 と否定的です。
 スコットは、
「ボクはずっとこの森にいるから、ここの事なら何でも知っているんだ。大きいカブトムシのいる所へ案内してあげるよ。それともビッグフットの住む洞穴のほうがいいかい?」
 と言います。ハラルド君が、
「またウソばっかり。ビッグフットもいないよ!」
 と言うと、スコットは、
「ホントさ、この森にはオバケもビッグフットもいるんだよ。これを見てごらん」
 とポケットから二つに折れ曲がったコインを出しました。
「人間がこんなこと出来ると思うかい? ビッグフットがやったのさ」
 ハラルド君はそれでも疑って、コインをカジッたり、手で曲げようとしてみたりしましたが、コインは本物でビクともしません。
 パーラー・ボーイ君は、ビッグフットの曲げたコインと聞いて、
“ほしい、ほしい”
 とせがみました。
「いいよ。君には、さっきコウモリの吉郎を逃がしてもらったお礼にあげるよ」
 スコットは、曲がったコインをパーラー・ボーイ君の手に渡しました。

 どうやら、このコインは10セント硬貨のようですが、現在のお金とは違い、パーラー・ボーイ君の見たことのない模様です。
 パーラー・ボーイ君は、大切そうにコインをポケットにしまい、この日は家に帰るまで、ずっとポケットを押さえたまま行動しました。
 まるでそうしていないと、ポケットからコインが逃げだしてしまうとでもいうようです。

 スコットは、自分で言うとおり森のことをよく知っていて、パーラー・ボーイ君たちを、大きなカブトムシのいる木や、ザリガニの住む小川。食べられる葉っぱの生えている場所へと連れていってくれました。気づけばもう日暮れ前です。
「ありがとう、スコット。とても楽しかったわ」
 ラロッカちゃんがお礼を言いました。
 パーラー・ボーイ君たちは
“また明日ね”
 と手を振り、それぞれの家に帰って行きました。
 

オバケ1

 パーラー・ボーイ君の家の前では、伯父さんのパーラー・アンクルが、クツをパタパタしながらパーラー・ボーイ君の帰りを待っていました。
「パーラー・ボーイ君、遅いよ。もう少ししたら探しに行こうかと思ってたんだ」
 今日は日曜日。パーラー・ボーイ君の家では毎週日曜日に近くに住む、おじいちゃん、おばあちゃんと、伯父さんが集まってディナーを食べる習慣があるのです。

 おじいちゃん達は、とっくにやってきていて、ご飯の用意ももう出来ています。
「パーラー・ボーイ君、お帰り。今日はどこへ行ってたんだい?」
 おじいちゃんのパーラー・ジージが優しく聞くと、無口なパーラー・ボーイ君は、
「ムシとり」
 と単語で答えました。
「ムシとりか。何が捕まった?」
 パーラー・ジージの問いに、パーラー・ボーイ君は、なさけない顔をして、空の虫カゴを見せました。
「残念だったね」
 と肩をすくめるジージに、パーラーボーイ君は、
「でもこれ、もらった」
 と、ビッグフットの折り曲げたコインを見せました。
「ほう」
 パーラー・ジージは目を細め、シゲシゲと硬貨を眺めました。

オバケ2

                                          
『キチロウ』という古くからある、小さなレストランの店先で、ラロッカちゃんのおじいちゃん、ペッピーノ氏がアコーディオンの手入れをしています。

 今日はキチロウのオーナー、コジマの60回目の誕生日。それを記念してちょっとしたイベントをやろうという事になっているのです。
 ペッピーノ氏は若い頃には国内だけでなくヨーロッパも演奏旅行で回った、アコーディオンの名手で、いまでも事あるごとに演奏に招かれる街の人気者です。
 今日も旧友の誕生日を祝うため、楽器のチェックに余念がありません。
 そのヨコでは、パーラー・ジージとコジマが腰痛と頻尿のことについて世間話をかわしています。この3人は小学校の頃からの古い古い友達です。

 店の前を、この3人と同じように仲のいい3人組、パーラー・ボーイ君とハラルド君、ラロッカちゃんが通りすぎていきます。
 ラロッカちゃんがすれ違いざまに、コジマに向かって、
「誕生日おめでとう!」
 と言うと、コジマは、
「ありがとよ、ベッピンさん」
 と手を振って応えました。
「コジマ、ぼくプレゼントに大きいクワガタ捕まえてくるよ」
「期待してるよ、ゲルマンボーイ。お礼にデッカイ、ピザ焼いて待ってるからな」
 パーラー・ボーイ君も2人に続いて何か言おうと思いましたが、いい言葉が考え付かないので、かわりに“アッカンベー”と舌を出したので、コジマたちは笑いました。
 通り過ぎていく子供たちを見ながら、ジージが言いました。
「昨日、パーラー・ボーイ君が、ビッグフットのコインを持って帰ってきたよ。たぶん森のなかで拾ったんだろうな」
 なつかしそうな、でも少し寂しそうな表情で、コジマたちは、かげろうにゆれるパーラー・ボーイ君たちの後姿を見送りました。

        ☆ ☆

 48年前の夏の日に、4人の男の子が、線路のわきで遊んでいます。
 遠くにケムリが見えると、男の子たちは線路の上にコインを置いて汽車が通るのを待ちます。
 汽車が10セント硬貨を踏み潰して通りすぎていくと、男の子たちは二つにヘシ曲がったコインを見て、誰のが一番キレイに曲がっているかを競い合いました。
 今と変わらぬスコットと、子供の頃のコジマが言い争います。
「オレのコインのほうがキレイに曲がってる!」
「なに言ってんだよ、これを見てみろ! まるでビッグフットが握りつぶしたみたいじゃないか」
 決着のつかない言い争いを、パーラー・ジージが止めます。
「次で決めようよ。次の汽車が来たら、もう一回4人で勝負しよう」
 しかし、次の汽車が来るのは、いつになるのか分かりません。この線路には一日に数回しか汽車が通らないのです。
 ペッピーノは2人の言い争いをよそに、服を脱いで、近くにある池に入り水浴びを始めています。
 3人もペッピーノを見習って、次の汽車が来るまでの間、水浴びをすることに決めました。


「来たぞ! 汽車だ!」
 コジマが叫ぶと、4人は急いで池からあがり、線路の上にコインを並べました。
 線路の上にコインを置いて汽車に轢かせる。たったそれだけの事なのに、なぜか上手いヘタがあるらしく、キレイに曲がるのはいつも決まってスコットとコジマです。2人はまたもや、言い争うはめになりました。
 すでに日が暮れかけています。
「もう帰ろうよ。また明日でいいさ」
 ペッピーノが言うと、2人は渋々争いをやめ、服を着て、家路につく仕度を始めました。

 帰り道、森の中でスコットが、
「帽子を忘れた!」
 と言いだし、
「取って来るから、先に行っといて!」
 一人、森の中を引き返していきました。
 3人は「しかたないな~」とその場でスコットのことを待っていましたが、スコットが3人の所へ戻ってくることはありませんでした。
 いつもは、汽車が通過してから、次の汽車がやってくるまで何時間も掛かるのに、この日にかぎっては違いました。
 普段は決して通ることのない貨物列車と、置き忘れた帽子を飛ばした、つよい風が、スコットのことを、3人とは別の世界に連れて行ってしまいました。

        ☆ ☆

 パーラー・ボーイ君たちは、森につくと、スコットの事を探しました。
「スコットー、どこに居るの? 遊びにきたよ!」
「ここに居るよ」
 背後から不意に返事があったので、3人はビックリしました。
「もう、スコット。おどかさないでよ」
 ラロッカちゃんが、ムネをなでおろしながら言うと、スコットは、
「オバケだからしょうがないよ」
 と笑いました。
 みんなでムシを探したり、鳥を追いかけたり、仲良く遊んでいるうちに、4人は気づくと線路の側にでていました。
 今は廃線となり、使われていない鉄道を見ながら、スコットは悲しそうに、
「ボク、ここで死んだんだ」
 と言いました。

 その日、別れ際にパーラー・ボーイ君が言いました。
「今日、コジマのお店で誕生日パーティーがあるから、スコットも来なよ」
「ダメだよ。ボクはオバケだから、みんな恐がるよ。ボクはもう死んでいるから、遊びに行けないよ」
 スコットは、みんなに恐がられることを、恐がっていました。
 オレンジ色の空には、コウモリが舞っています。
  
        ☆

 キチロウは小さな店ですが、多くの人に愛されているので、コジマの60回目の誕生日は多くの人が「おめでとう」を言いにやって来てくれて、とても60歳のおじいちゃんの誕生日とは思えない賑やかさでした。
              
 世も更け、にぎわいも一段落した店の隅では、おなかの膨れたパーラー・ボーイ君たちが寝ています。
 気づけば沢山いた人たちも少しずつ帰っていき、店内に残っているのは、ごく親しい人たちだけです。
 その知人達も一人、また一人と帰っていきます。
 ペッピーノ氏が寝ているラロッカちゃんを担いで、
「おめでと、コジマ。また来年の誕生日も生きて迎えられたらいいな」
 と、皮肉まじりのお祝いを言って帰っていきました。
「そろそろワシもおいとまするよ」
 パーラー・ジージもお別れを言い、寝ているパーラー・ボーイ君のことを担ごうとしましたが、やや肥満ぎみのパーラー・ボーイ君は重くて持ち上がりません。
 仕方がないので、ゆすって起こしました。
 パーラー・ボーイ君は“む~ん”と不機嫌な声を出しましたが、しょうがないです。老人にアメリカンサイズのパーラー・ボーイ君を持ち上げろと言うほうがムリな話です。
 パーラー・ボーイ君はジージに手を引かれ帰っていきました。

          ☆

 お客さんがみんな帰ったあと、1人きりになったコジマは、散らかった店内を見て「片付けでもするか」と思いましたが、にぎわった後の静けさというのは、なんとなく寂しい感じがするものです。それを嫌ったコジマは「やっぱり明日でいいや」と、自分も帰り仕度を始めました。
 けれど、奥さんに先立たれ、子供もいないコジマは、家に帰っても1人ぼっちです。
 そこへ“カラン、コロン”と出入り口のチャームが鳴って、夜風と共に、一人の少年が入ってきました。コジマは目を丸くして聞きます。
「……スコット?!」
スコットは、うなずくとコジマに向かって
「アンタ誰?」
 と聞き返しました。
「……コジマだけど、覚えてないの?」
 今のコジマは子供の頃と違い、頭はハゲあがり、顔にはシワとヒゲ、そしてお腹にはデップリとお肉が付いています。
 スコットは、このおじいさんがコジマだと聞いて爆笑しました。
「カッカッカッ」
 おなかを抱えて笑うスコットを見て、コジマは苦笑いです。

          ☆

 スコットにはコーラを出し、自分にはコーヒーを入れるコジマのことを見てスコットは言いました、
「おまえ、そんなもの飲むの」
「そうさ、今はコーヒーも飲むし、タバコも吸うよ」
「ほんと、ジジイだな」スコットは顔をシカメます。
「スコットは変わらないな。あの頃のままだ」
「オバケだからな。……もっと怖がられるかと思ったけど、全然こわがらないね」
 スコットは、わざと残念そうに言いましたが本当は安心していました。
「歳を取ると、あんまり怖がったり、驚いたりしなくなるんだよ。それに、見た目が普通だからね。内臓飛び出してたりしたら怖いかもしんないけど」
「ふ~ん。やろうと思えば、内臓出せるよ」
「やらなくていいから!」
「カッカッカッカッカッ(笑)」

 スコットとコジマは、昔話やスコットが死んでからの事を語りあいました。しかし、もともと仲良くケンカする間がらだった2人は、50年近い時を隔てて再会しても変わりません。
 いつの間にか話しは、「俺のほうがスポーツ出来た」とか、「どっちがモテたか」という様なことになり、おたがい譲りません。
 2人で話していても、いつまで経ってもラチがあかないのでコジマが、
「よし、それなら今からペッピーノの所に行って、決めてもらおう!」
 と言うと、スコットも、
「よし! そうしよう」と立ち上がり、テーブルの上のコーラを飲み干しました。
 
 ペッピーノの家に向かっている途中、不意に不安になって、スコットが言います。
「こんな時間に行って大丈夫かな?」
「大丈夫さ。どうせ毎晩3回はトイレに行きたくなって目が覚めるって言ってたから」
 真夜中の歩道を並んで歩く2人の姿を、黒猫が黄色い目で不思議そうに見ていました。
                      

オバケ3


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