「じかん」



朝方。
既に耳に馴染んだ踏切の音を聴きながらキミを待つ。
出会ったばかり、4週間ほど前には冷たいと感じていた風が今は涼しいくらいに感じる。少し重たい扉の開く音と後ろから聞こえた「おまたせ」の短い声に、軽く頷いて足を進めた。


うたた寝。
最近増えたような気がする。あまり人前で眠るのは得意ではない私が、キミの横に居れば吸い込まれるように眠りに落ちてしまう。いつもよりほんのり高い体温がキミも眠たいのだなと物語る。胸に顔を埋めたのが最後。プツンと途切れた記憶と短い幸せな夢。頬に触れる感覚で次に目を開けた時、目の前では満足気な顔が私を覗き込んでいた。


黄昏。
1人の家がどこか広くさえ感じる。生活を快適化させるためにこだわり抜いたはずの自分の部屋は気づけば何日も空けることはざらに、加えて色々なものが2人用になっていた。君がいない夜。1か月前には日常だった夜。遠くの方でパトカーのサイレンが響き、バイクのけたたましいエンジン音がそれに続いた。バイパス沿いのこの家ではお決まりのような音。その音すらも昨日の夜の些細な2人の会話の記憶を手繰り寄せてくるから。気づいた時にはもうこの街に溢れかえったありとあらゆる音と景色すべてが思い出と紐づけられてしまっていた。

僕らはもう戻れない。


どこかそんな気がした。


だから戻りたくない。


確かにそう思った。



朝が来ればまたおはようと共にはじまる何の変哲もない「幸せ」を求めて、まだどこか君の香りの残るベッドに身を沈めた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?