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「パパは優しい。叩かないよ」7歳の娘は、私のために警察と戦った。

■13
学校としては、警察を呼ばざるをえない。気骨のある校長先生だ。学校の自治を放棄するがごとき判断は、忸怩たる思いだったに違いない。
私もこの校長の(世間の風潮を鑑みて、教員を守るための)判断ならば、尊重したい。もっとも、すっかり警察への免疫がついている私にとって、警察の登場など想定内のことだった。
 警察は、私が出向いたところで相手にしてくれない。実際にはじめの「連れ戻し」の後に、抗議文と菓子折を持って警察へ行ったが、とおりいっぺんの事務対応のみだった。
警察に行くならば、「事前」に限る。それも何度も行って、相談の常連になっておくべきだ。いったん「悪者判定」されてしまうと、相談の門戸は固く閉ざされてしまう。こうして向こうから来てくれたほうが対話できるというものだ。
 逮捕するならすればいい。投獄されたとしても、かまわない。子供たちに会えず、ひとり懊悩していたあのワンルームマンションこそ、私にとって魂の牢獄だった。もはや何も失うものはないし、何も怖れるものはなかった。
 二十分ほどすると、パトカーが到着した。赤色灯を光らせサイレンを鳴らしていたが、これも警察の示威行動。むしろ警察は私に引け目を感じているのだと確信した。
「あの日」を思い出すのだろう。娘は怯えて私にしがみついている。この子を怯えさせ、悲しませる国家暴力に、父親である私が屈するわけにはいかない。私の心は、いっそう強く引き締まった。
 目つきの鋭い刑事が二人、校長室に入ってきた。私は武者震いした。今まで堪えてきた理不尽への恨みをこの機会に晴らしてやろう。
 校長は席をずらし、私の目の前のソファに刑事が座り、名刺を出した。私も会社の名刺を渡す。警察から会社へ連絡が行こうとかまわない。娘を守れない仕事であれば、辞める覚悟はとうに出来ている。
「お父さん、今日は何をしに来たんですか」
「娘に会いに来ました。あと学校に、日頃この子がお世話になっている感謝を伝えにきました」
「お母さんがたいへん心配をされていましてね」
「そうですか」
「娘さんを大至急、連れて帰ってくれとおっしゃるんですよ」
「わかりました。では、私が送って行きますよ」
「いや、それは困ります、お父さん」
「なぜ? 心配しているから家に送っていくんですよ。別に連れ去ったりしません」
「お母さんがね、『お父さんに連れて帰ってもらうのはよしてくれ』とおっしゃっっています」
「そうなんですね。では本人が迎えにくればいいでしょう」
「ご本人は、長岡まで人を送っていくから、遅くなるそうで」
「刑事さん、あなたがたは彼女の使用人ですか。心配だったら、仕事だろうがなんだろうが、すぐ駆けつけてくるものでしょう」
刑事は目を見開き、しばらく沈黙した。
「そうですね。経緯が経緯だからと、奥さんもおっしゃっていますので」
そう言うのが精一杯のようだ。私は遠慮なく言葉を継ぐ。
「警察はあの人の言いなりですか。経緯のことを言うのであれば、『あの日』の警察の判断と行動が正しかったのか、検証してみますか? この子に聞いてごらんなさい。帰りたいかどうか、私がこの子に暴力を振るうかどうかを。」
 私の袖をつかんで隠れるように座っていた娘が勇気を振り絞って声を出す。
「パパ、やさしいよ。たたかないよ」
 この子も戦っている。

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