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「この子を叩く家に、なんでこの子を連れて行くんだ」私の問いに、刑事は何も答えなかった。

■14
「この子はね、祖父……元妻のお父さんにたたかれているんです。虐待されているんです。その子を父親から引き離して、そんな環境に連れて行く。そんな仕事をしていて、いいんですか」
「……」
 刑事たちは完全に言葉を失っている。
 モンスターにおののく無力な警察を責めるのは心が痛んだが、私が守るべきは刑事たちではない。この子だ。一歩たりとも引く気はない。私自身がモンスターになったとしてもだ。子供の心を真剣に考えているのは、警察でも裁判所でも弁護士でも、ましてや元妻でもなく、私なのだ。
「元妻が来たら、引き渡します。校長先生にも約束します。刑事さんたちは帰っていいですよ。それともあなたがたの言うことを聞かなかったら、私を逮捕しますか? あなたがたは、私に何ができるんですか」
 呻くように刑事は言った。
「我々はお父さんに、お願いすることしかできません。今日のところはどうか穏便に。奥さんが心配されてますので」
連れ戻した娘を新潟に強制連行したM刑事を思い出した。あの日の娘の叫び声、元妻の鬼の形相、無様に踊らされた警察の手落ちは、ここに来る前に私の資料によって知られている。
 憐れな刑事たちに助け舟を出したのは校長先生だった。
「刑事さん、どうでしょう。ここはひとつこうしては」
 元妻の母親に迎えに来てもらうことにして、それまではこの校長室で校長立ち会いのもと、わずかな時間でも交流させてあげてほしいと刑事たちに言う。
 刑事たちは「お父さん、それでいかがですか」と私に問う。
「校長先生が言ってくれたことだから、今日はそれに従うけど、私はまた来ますよ。あらかじめ言っておきます。また来ます。あなたたちもまた来るんですか」
「それは……分かりませんが、今日のところは穏便にお願いします」
警察は目の前の事案が片付けば、自分たちの体面が保たれれば、それでいいのだ。

 やがて元妻の母親が迎えに来た。私は元妻の実家へ、娘と手を繋ぎながら歩いた。歩いて五分くらいの道のりだが、娘は祖母と私の間を行ったり来たりしてバランスをとっている。
 元妻の母親に「彼女は元気にしていますか?」と話しかけると、「……さあ、経緯が経緯ですから」と憮然とした態度で、的外れな答え。何か言われたら、こう返すように元妻から言いつけられているのだろう。元妻はかつて自分を虐待していた両親を完全に制圧し、言いなりにさせている。
 家の前で別れ際、最後に娘をぎゅっと抱きしめ、「絶対に、また会いに来るから」と伝えると、娘はこくんと頷いた。祖母の前では、私にあからさまになつけないのだ。この年齢にして、大人の顔色を伺うようになってしまった。
 私が会いに来たことで、この子はまた折檻されるかもしれない。しかし会いに来なかったら、ずっと自分がパパをいじめて追い出したと思い、自分を責めながら生きていくことになる。私は、自分の決断が間違っていなかったと信じるしかなかった。
 娘と別れると、後をつけてきていた刑事たちが駆け寄ってきた。
「お父さん、これからどうされるんですか」
「新潟駅の方へ行きます。送ってくれるんですか?」
皮肉を込めて言った私に、刑事は額の汗をぬぐいながら答えた。
「いえ、そういうわけにはいかないんですが」
 分かっている。元妻と上司に報告する必要があるのだろう。
 新潟駅まで電車で行くと伝えると、最寄りの駅までついて行くと言う。駅に着くと、すぐに電車がホームにすべりこんで来た。刑事たちが見つめる中、改札を通る。
 しかし私は、この電車には乗らなかった。刑事たちから死角になる駅舎の壁に身を隠していた。どこまで警察が私の動向を真剣に見ているのか確かめたかったのだ。
電車が行き去ると、刑事たちはプラットホームを確認もせず、パトカーで走り去った。

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