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「奥さんは嘘をついていた」校長は言う「暴力をふるわれた子供は、こんなふうになつきません」。

■12
 校長室へ向かいながら、私は娘と一緒に歌を歌っていたが、胸の内にはメラメラと闘志を燃やしていた。校長とじかに話して、私がこの子の父親であると認めさせるのだ。
 校長室の手前に、職員室があった。瞬時ためらったが、教員から校長へ取り次いでもらうことにした。これも賭けだった。男性教員などに取り押さえられるブライアン(奪還父さん)もいるからだ。しかし子供の前で、人として当然の手順を踏んで見せることを選んだ。
 ノックしてドアを開ける。「失礼します」。教員たちの何人かが私に目を向けた。ジャージを着た小柄な若い女性教員が、私に近づいてくる。柔らかな顔立ちから、人の好さがにじみ出ている。
 私は娘の名前と自分がその父親であることを告げた。みるみる女性教員の表情が硬直する。分かりやすい警戒モードだ。
「校長先生に、ご挨拶に来ました」
「あっ、ちょ、ちょっとお待ちください」
 職員室が不穏な空気につつまれた。ざわつく教員を尻目に、私は娘とのおしゃべりに集中した。緊張させたくないし、一秒でも長く、多く触れあいたい。
 十分ほど経ってから、校長室へ案内された。校長先生は、六十歳くらいの紳士だった。自己紹介を終え、校長に勧められるままソファに腰掛けた。
 娘は私の膝に座りたがる。「校長先生とお話しするから、おとなりに座っていてね」。娘を制する私に、校長は「お父さん、大丈夫ですよ。抱っこしてあげてください」と言ってくれた。
 まずは今日、ここに来たのは娘のことが心配だったから、そして親としてお世話になっている学校に挨拶もできていなかったからと伝える。
 そして準備してきた資料を説明しながら、ひとつずつ順番に出した。名刺、勤め先の会社案内、そして戸籍抄本の写し・・・・・・。現在の生活環境や親権者が私であることなどを、練習したとおりに話していく。校長は、じっと私の目を見つめながら聞いていた。
 ひととおりの話が終わると校長は深く息をついた。顔には微笑みを浮かべている。
「お父さん、実はね、お母さんから『夫が子供たちに暴力を振るうので別居しています。もしも夫が来たら追い返してください。絶対に子供に会わせないでください』と言われていたんですよ」

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