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女優の休日

「手加減せずにぶん殴るの」

女王様のバイトをしている友達が昨夜のプレイを熱弁した。専用の太い鞭とか、血が出ても泣いてもやめないとか。昼下がりのランチ、食堂で話を聞いた。女子大だから過激な話にも花が咲く。人を殴るなんて考えられないと彼女が言うと、

「慣れよ、演じるの」

顔も体も声もセクシーさはない、友達は普通の女性だった。客の嗜好に合わせて仮面をつけボンテージファッションを身に着け鞭を振るう。堅い職業の太客から予約がひっきりなしに入るらしい。違う世界のリアルな話を彼女は面白おかしく聞いていた。

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社会人になるまで男女交際を禁じられた、彼女は曲型的な箱入り娘だった。大学を卒業後、企業に入社してそこで出会った男性と結婚。初めての彼氏でデキ婚だった。新婚生活は順調で仲良く暮らしていたが、子供が生まれると生活は一変した。夫が赤ちゃん返りをした。自らの母親を早くに亡くし母性に飢えていた。駄々をこねる夫。赤ん坊と大きな子供の面倒を同時に見る生活に彼女は耐えられなくなった。

離婚の際、親権に関してやや揉めた。それでも夫に「赤ちゃんのあなたに子供は育てられないでしょ」と言うと納得をしてくれた。彼女が子供を育てることになった。

子持ちだが独身になった彼女に満開の春がやってきた。たくさんの出会いがあり彼女の心を癒やしてくれた。そんな中で後添いの夫と出会った。

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再婚し、安定した生活を送る事ができた。けれどもしばらくすると夫は彼女を拒むようになった。様々に夫がその気になるようにしたが全て無駄だった。それどころか、子供はこれ以上いらない。子作りは必要ない、だから行為はしない、そうはっきりと言われた。望むことをあきらめるしかなかった。

彼女は優良な『妻』を演じることにした。

夫は彼女とその子供を家族として受け入れてくれている。その妻としてできること。夫をたて、家庭を守り、子育てをする。そこに性行為が介在することは二度となかった。全てに慣れるしかなかった。

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子供が入学し時間が出来たので仕事に復帰した。接客業なのでいつも笑顔を絶やさないようにしていた。するとお客さんからも、出入りの業者も、職場の同僚も、彼女の笑顔を自分に気があると捉えて多くの男が寄ってきた。連絡先を聞かれたり、食事に誘われたり、職場の飲み会で抜け出そうと言われたり。彼女にそんな気持ちがないので断るたびに周りは勝手に傷ついていった。トラブルは続き、周りの女性からも「八方美人なのでは」と言われる始末。なぜそんなことを言われなければならないのか彼女は悲嘆にくれた。

彼女は『無表情』な社員を演じることにした。

誰にも笑顔を見せない。目の前の仕事をさばいていくだけ。喜怒哀楽を抑えて業務の時間をこなしていく。始めはどうしてこんなことをしなければいけないのか悩んだが、これも慣れだった。

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週末大都市のキーステーションは人で溢れていた。知らない街に行くとワクワクする一方、人混みにいると不安な気持ちになる。その中を手を振って近づいてくる彼女を見たとき僕は心からホッとした。

物腰が柔らかく丁寧で明るい人だった。方言が優しく耳障りが良い。話では、夫には砕けた顔をしない、職場では能面のような顔をしていると言う。僕のつたない話で笑い転げる彼女からは想像できなかった。

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30代まで子育てと仕事に生きてきた。これからの人生は演じることなく在るが儘に生きたい。素の自分を認めてくれる相手が欲しいと彼女は願い、行動をした。

チャットアプリで知り合った男の人。話をするだけだったが仲が良くなって会うことに。ところが激務で体調を崩しその後、音信不通になった。SNSでその顛末を呟いていたら急に距離を縮めてきた男の人。一方的に好意を寄せられ家まで押しかけられそうになった。ストーカー気質だったようで、弁護士に相談して事なきを得た。困っていたとき優しいメッセージを送ってくれた近県の男の人。やっと心許せる人に出会った。全てを話し理解してくれていると思った。しかし身体を許すと疎遠になっていった。

性的欲求を満たしたい訳では無い。けれども彼らとも演じて付き合わなければならないのだろうか。自分をさらけ出して、演じないで過ごせる相手がいてほしい。女優はこれからの長い休日を憂いていた。


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