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今頃になってコロナ禍の振り返り

「コロナ再評価が近づく」というドイツの公共放送局、第2ドイツテレビ(ZDF)の記事を昨日見かけた。今回の欧州議会選挙の結果を受けて、コロナ禍の政治責任が問われている、といった内容のものだ。

ただ、全ての原因をコロナ禍の「政策ミス」にあるとするのはお門違いである。ベルリンの壁崩壊から東西ドイツ統一の経緯など、これまでに積み重なってきた東西格差などの問題が数多くあると思うからだ。

ドイツの政治についてはまた別の機会に触れてみようとは思うがこの記事を読んでいて、ふと自分の日常生活においてあのコロナ禍は一体どんなインパクトを与えたのだろう、と思ったわけだ。

2019年の年末近くに過労で文字通りバタンと倒れ、そのまま突入した2020年は今年以上に不可抗力なことが次々に起こる不思議な年だった。不思議を通り越してひどい年だった、という方がしっくりくる。

パンデミックの報道がちらほら入ってきたときには「また大袈裟に何を言ってるんだ」と思ったりもしたのだがドイツ国内でも感染者が日に日に増加し、ベルリンでは文化施設を筆頭にあれよあれよという間にあらゆる施設が閉鎖される運びとなった。3月にはチケットを取っていたコンサートも延期、予定していた観劇もなし。これはいよいよ大変なことになった、と思った矢先に外出禁止令というお達しが出たのである。

「外出禁止令」とは。戦時中でもないのに一体何事。

まさかドイツ滞在中にこんなことが起こるとは夢にも思っていなかった。周囲から目の見えない敵が日常生活に侵入してくるのだから逃れようがない。気づけば子どもたちの学校は休校になり、ホームスクールやらホームオフィスといった自宅でなんとか全部こなせ、という無理難題が突きつけられることになった。こんな状況になれば自分のことにばかり構っていられなくなる。人生における優先順位を嫌でもつける必要が出てきたわけだ。ある意味強制的に。

現実を直視せよ、余計なことに振り回されるな、自分のリソースなんて限られている。今を大切に。最善策を模索せよ、とにかく家族を守れ。

とまぁ、どこからかこんな声がした(ような気がする)。

日頃から野生の勘で生き延びてきている節があるのでなんら不思議でもないのだが危機に陥ったときの決断は早かった。要は目が覚めたのである。自分のことが二の次になった。

あの2020年初頭のニュースがただの誤報でコロナのパンデミックがなかったとしたら、今は全く別の人生になっていたかもしれない。よくわからない。とにかくパンデミックのおかげで人との関わり方について考えさせられることも多々あったし、実際切り離した人も中にはいる。反対にコロナ禍で助け合うことができた友人の存在は大きかった。あんなに密な付き合い方も普通の状況ではなかなかできなかっただろう。

無のような3年間といえばそれまでだが唯一形になって残ったものはコロナ禍に書いた本である。逆にあの状況でなければなかなか書けなかったのかもしれない。

コロナ禍がようやく明けた、これで真っ当な暮らしができる!と誰もが安堵した矢先に今度は戦争である。本当に学びのない輩というものはいつまで経っても学べないらしい。

コロナ禍、ポストコロナ禍の子どもたちが今後どうなっていくのか非常に心配だというのが正直な気持ちである。自分たちが気づかないところで何かが大きく損なわれているような気がしてならない。




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