ライブしたら退職に追い込まれた話-5-

-1-
-2-
-3-
-4-


部屋に入ると部長が1人座っていた。
先輩のバンドマンがいない。仕事でのポカはしていない。どうしたことかと思った。

口を開く部長のテンションは異様に低い。

「今決まってるライブのスケジュールと、実際にキャンセルしてるのかの事実確認だけしたいんやけど。」
「正直に言って欲しい。」
「会社として止めてるのに…」
「損害賠償にもなりかねない。」

いま思い返せば、この時すでに僕のスケジュールはお得意のネットストーキングによって把握されていたのだろう。
全てのライブをキャンセルしたという先輩がその場に居ない事からもそれは容易に推測できる。

「○日と○日のライブについては調整中です。」

僕は実際に決まっているいくつかのライブについて、まだ調整中であることを伝えた。しかしその日と2日後のライブについては言及しなかった。"今決まっているスケジュールを教えること"には触れず、"キャンセルをしているかの事実確認"についてのみ返答をしたのだ。
まったく、いつからこんなにもいやらしいやり方が出来るようになったのかと自分のことが心底嫌になった。


呼び出しを終え仕事を終え、僕は足早に(しかし怪しまれないよう慎重に)オフィスを後にした。
そう、機材はまだ家にあるのだ。いつもと違う行動に心を掻き乱されないように缶チューハイで焦りを飲み込んだ。家路を急ぐ僕の一歩は力強かった。冷静さか緊張か、血液へのアルコールの侵入を阻んでいるのがわかる。

家に帰ると仕事を終えた彼女がいた。僕は急いで身支度を整えた。玄関で伝える。
「ごめん、やっぱり会社辞めるわ。行ってきます!今日も一等賞取ってくるで〜!」
「おうおう!そんな会社やめちまえ!ファイト!」
おどける僕を包みながら彼女は言った。言葉はアルコールと混じり合い身体中をドッと駆け巡った。

なんとか開演前に会場に到着した。会場内の人々に挨拶をする。店主と演者。それで全てだった。予約は全てキャンセル。店主が声をかけたお客さんが間に合えば来てくれると言う。ありがたさと情けなさが行き交う。ライブは10分押してスタートした。

この日の出番はトリ。マスクをしながら演奏を観る。こんな時にライブを敢行する意味やこれからのこと、いままで覚えた全部や今日のセットリストを考える。その間も流れ続ける音、言葉、情景、汗、いつも通りではなさそうな演者、いつも通りそうな演者、そのどれをとってもライブハウスの日常であった。

2名の演奏が終わり自分の出番が来た。セッティングを終えた僕のギターの音はいつもより少し大きい。マイクに向かってスッと声を入れる。毎日マスクで保護をしていた僕の喉から声が無限に伸びていく。思わぬ副産物だった。それを少しおかしく感じたりしながらだんだんと力が抜けていく。僕は30分の間ギターと声に溶けていった。

今までの最高地点を越えた充足感を身体中に拡げながら、未だに混み合う繁華街の隙間を縫うようにして僕は家路に着いた。

続く



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?