ライブしたら退職に追い込まれた話 -3-

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抜け殻になるまでキーボードを叩き続けた帰り道、ライブ出演に向けて普段とは違った細かな事務作業を始めた。

手始めに職場の先輩バンドマンのツイッターをブロック。自分のアカウントに鍵をかけた。
-僕たちは発信者だ。発信ツールの一つを大衆の目に触れないようにしてしまうことにはかなりの違和感を覚えた。

5日後には僕のもう一つの職場であるライブバーに伊豆からのツアーミュージシャンが来る。
歌う場を求め、およそ7年ぶりの再会を心待ちに僕を頼ってくれたミュージシャンだ。
ブッカーとして出演者へ現在の心境を聞くための連絡、そしてライブバーのオーナーへ開催の可否を尋ねる。

次に、3日後出演予定のライブバーへの連絡。
毎日ライブの詳細を公開するキチンとした店主に全ての事情をお伝えするべく文章を書く。何度も推敲を重ね、送信ボタンを押したのは翌日のお昼になった。かなり不躾なお願いをしてしまった。本当に申し訳なく思います。すみませんでした。

返事を待ちながらその日の夜はライブバーに出勤。
しなければならないことが多いと考える時間が少なくて良い。心が晴れる束の間をアルコールで流し込んで僕は眠りについた。

3月4日、前日の連絡の返事が各方面から来た。
様々な想いこそあれ、皆その日にかける熱量は一様に高かった。

「色々な考えが回って、めちゃくちゃ悩みますが、とにかく僕は、コウジくんに会いに行きたいと思ってます。」

と言う伊豆からのメッセージ


「ウエニシがやりたいかどうか、俺はそれを一番大事にしたいと思ってる。」

店もお客さんも、表現者も従業員も全ての感情を守りたいと願うオーナー


今は誰も正解は無いから
ウエニシ君の正解で動いてください
出演してくれて
生のライブを止めなくて
ありがとうね

不躾なお願いにも真っ直ぐな返事をくれた出演予定のライブバー店主


社会が混乱し始めて、ライブハウスやミュージシャン、エンターテイメントが隅に追いやられてから、僕たちは非難の声を浴びせられることこそあれど感謝される事など一度も無かった。

腑抜けた自分の輪郭が見えた。

マスクをつけた無限の顔が地下鉄のホームでベソをかく僕を横目に通り過ぎる。

「うたごえを信じよう 正しさを打ち砕いて」
イヤホンから流れる。

僕らは無敵のミュージシャンだ。
音楽を求める人がいる限り僕たちはもう止まれないところまで来ている。

続く

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