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ナイル殺人事件、ゴージャスな火サスに妄想がふくらむ

富と愛欲と犯罪全部盛り! の、胸やけしそうにエネルギッシュなミステリ映画(褒めてる)「ナイル殺人事件」を観てきました。

↑絵面のカロリーよ

アガサ・クリスティ原作“世界一の名探偵”ポアロが挑む、エジプトの神秘ナイル川をめぐる極上の《ミステリー・クルーズ》。大富豪の美しき娘の新婚旅行中に、クルーズ船内で起きた連続殺人事件。容疑者は、結婚を祝うために集まった乗客全員…。豪華客船という密室で、誰が何のために殺したのか? そして、ポアロの人生を大きく変えた≪衝撃の真相≫とは? 愛と嫉妬と欲望が複雑に絡み合う、禁断のトライアングル・ミステリーの幕が開く。

上記公式サイトより

というあらすじから想像できるとおり、エンタメ性は抜群です。
黄色い砂と青い空、灼熱の太陽、きらめく水面と底無しの闇で構成されるオリエンタルな風景。
舞台となるホテルやクルーズ船の豪華絢爛な内装、輝かんばかりの美男美女、ドレス、ジュエリー、ダンスパーティーの狂乱、シャンパンの泡。
そして若きセレブ美女・リネットを取り巻く刺激的なゴシップを覗き見る、悪趣味で心躍る愉しみ。
予算n倍で制作した火曜サスペンスって感じ。

前作の「オリエント急行」は、人を恨むこと、罪を犯すことのやるせなさのようなものにフォーカスしているという印象でした。
対して、「ナイル」における犯罪はどこまでもゴージャスで、悪辣で、スキャンダラス。

かたや雪山に閉じ込められた列車、かたや強烈な太陽の光のもと晴れがましく進み続ける船、という舞台設定さながら、好対称の2本だと感じました。


で、ここからが本題。すべて原作未読のいい加減な妄想です。
また、真犯人など物語の核心を含むネタバレをふんだんに含みます。










で、ヨリを戻したのはいつ?

いきなり下世話な話で大変すみません。
映画自体が火サスみたいなもんだから許して。

原作未読の私は、結末に打ちのめされながらも気になって仕方なかったのです。

サイモンとジャクリーン、いつのまにヨリ戻してたん?

少なくとも冒頭のダンスシーンでは、リネットとサイモンはお互い本気で「おっ」と思ってたように見えたんですよね。
ジャクリーンもわりとリアルに「しまった」って顔してたし。

で、ちょっと妄想してみました。原作ではそのへんもっと詳しく描写されてるのかしら? また答え合わせしてみようと思います。

あまり細かくタイミングを分けるときりがないので、考える仮説はおおざっぱに二つ。

  1. ヨリを戻すも何も、はじめっから二人は共謀していた。リネットとサイモンが出会った直後から、サイモンとジャクリーンは彼女を殺す算段を立て始めていた。

  2. ジャクリーンとサイモンは一旦別れたが、リネットとサイモンの結婚後、なんらかのきっかけでヨリを戻した。その後、二人でリネットを殺す計画を立て始めた。

どう思われるでしょうか。私は結末を知った直後は反射的に1だと思った(ポアロが「最初から最後まで恋人だった」みたいなこと言ってたし)のですが、余韻を反芻しているうちにじわじわ「2では?」と感じてきております。

■ジャクリーン、お金に執着なさそう

冒頭の会話シーンからするにジャクリーン結構堅実だな、というのが理由のひとつ。
大富豪の友人に対して結婚祝いに夫となる人の仕事をねだる、というのは、ちゃっかりしているけれども、「生活」を見据えた発想。地に足がついています。
あんまり山っ気がなさそう、というか、お金に目の色変えなさそう、というか。そもそももしお金に執着があるタイプならサイモンを選ばないですよね。
リネットの友人だけあって、彼女自身も裕福なのかな。

また、この時点でリネットの殺害が頭にあったのなら、わざわざ仕事を紹介して! というお願いはしなさそうです。
万一断られたらサイモンがリネットを口説きにくくなっちゃう。
適当に紹介して適当な口実で楽しくダンス踊らせとけばよいのだ。

ダンスパーティーの後でサイモンに持ちかけられたのかな、とも思ったのですが、全体的なプランニングがジャクリーンなんですよね。
なんの事情もなしに率先して友人の殺害計画を立てるタイプには見えないぞ。
やっぱり、先にリネットに裏切られた、という思いがあったのではないでしょうか。

■ジャクリーン、演技であっても彼氏の浮気ムリそう

この作品、あちこちでジャクリーンがサイモンに対する激しい愛情(もしくは執着)を吐露するわけですが、これを見るにいくら作戦だとしてもジャクリーン自らが「じゃあサイモン、あなたリネットと偽装結婚しなよ!」なんてことを言うとはどうも思えない。

流れとしては、

  1. リネットとサイモンが結婚

  2. ジャクリーンとサイモンがなんらかのきっかけでヨリを戻す

  3. ジャクリーンとしては勿論リネットとサイモンに別れてほしいが、サイモンは大富豪である妻の財産に未練たらたら

  4. じゃあリネット殺せばこの人完全に私に戻ってくるじゃん!!

というものなのでは?
恋人を取り戻したいという気持ちと、裏切られたことへの怒りが殺害計画につながった、と考えるのが自然な気がします。

映画のなかでこの辺の説明あったっけ?
見逃してたら教えてください。


「あなただけはお金を気にしなかった」

以上を踏まえてハタと気づく。
あのシーン、辛すぎない?

■リネット、最後の夜に

どのシーンかと言うと、最初の殺人が起こる直前、リネットとジャクリーンが短く言葉を交わすところです。

やさぐれて誰もいないバーカウンターで酒を所望するジャクリーンに、リネットはこんなニュアンスのことを言います。


「あなたとは友達のままでいたかった。私の財産のことを気にしない、唯一の友達だったのに」


少し前にジャクリーンへの怒りを爆発させるシーンもありましたが、ここでの言葉にはかつての親友が憎悪に燃える目で自分を見つめることへの悲しみが込もっているように聞こえました。帰国を決め、逃げ切れるという確信のもとで余裕が生まれたのかもしれません。なんにせよ、

いやいやいや、そもそもあなたがサイモンを奪わなければ友達のままでいられたじゃない

という総ツッコミが入りそうな場面です。
ただ、自身の孤独をポアロに告白するシーンからわかる通り、リネットは人に利用されたり、裏切られたりすることに慣れてしまっている様子。
もって生まれた富を享受するのみならず、自らも実業家として日々鉄火場に立っているからこその実感でしょうね。
人の心は変わるのだから、今欲しい、手に入れられるものにはためらわず全力で手を伸ばすべき、と考えているのかもしれません。

で、そんなリネットの言葉に対するジャクリーンの反応。
「どの口が言ってんの!?」てな感じでキレてもおかしくないところ、まさかの号泣です。

真相を知るまでは「あぁ、元は親友だったもんね、哀しいねえ……」くらいの感想だったのですが、物語を結末まで見届けるとよりずっしりと心にきます。

かつての親友は、このあと殺される運命にある。彼女が奪い、愛し、そして愛されていると信じきっている、私の恋人の手によって!
それを知ったうえで聞くリネットの言葉は、憎悪や悲しみ、やるせなさ、感傷、そしてもとは確かにあったはずの親愛、さまざまな感情を呼び起こして、ジャクリーンの身体の内側を竜巻のように蹂躙していったことでしょう。

■信頼できるひとはいたんだよ(手放してしまったけれど)

さきほど立てた仮説のとおり、ジャクリーンがお金に執着がないタイプで、サイモンを奪われた怒りがなければリネットの殺害なんてありえなかったのだとしたら。

リネット殺害計画が持ち上がった原因のひとつに、サイモンの富に対する執着心があったのだとしたら。

リネットは、自分ごしに財産を見つめている男を手に入れるために、財産にこだわらず本当に自分を好きでいてくれた友達を手放し、それが原因で命を落としてしまったことになります。


私がリネットなら、まだ「最初から二人が共謀してた説」のほうがマシです。
だってそれなら、愚かで矮小で残酷なのはどこからどうみてもあいつら二人だけだもの。
「信頼できる親友」なんてものは幻想で、人間はみな醜く、私が殺されたのは私の財産のせいだったと思えるもの。


ジャクリーンに向かって「あなたには幸せになってほしい」と口にしたリネットの、憐れみと哀しみに満ちた目!

ウィンドルシャム医師の言った通り、彼女が眠ったまま死んでいったことは唯一の救いなのでしょう。


3人の「魔性」が喰らいあった結果としてのナイル殺人事件

こうして考えていくと、メインキャストの3人はつくづく人間離れした魔性の存在だなぁと感じます。

サイモンはほか2人に比べるとなんだか影が薄いのですが(女性陣に振り回されて巻き込まれた側に見える)、よく考えるとリネットを一目惚れさせ、ジャクリーンをあれほどの狂気に陥れ、2人を破滅に追いやった張本人です。
パンフレットで「色男」的な紹介をされてましたが、その表現はちょっと生ぬるいのでは?
男女逆転していたら、ファム・ファタルの称号を得ているはず。

リネットも、持っている資産の存在感を上回るくらい本人のパワーが強い。
あの巨大なイエローダイヤモンドを身につけて石に負けない人、地球上に何人いるんだろ。
美しく、誇り高く、気が強くて、横暴で、チャーミング。台風の目みたい。
クレオパトラに扮するシーンがありましたが、信じられないくらい似合ってましたね。

そしてジャクリーン!
後半ではあまり登場しなくなってしまったけれど、出てくる度に彼女の眼に釘付けでした。
深紅のドレスをなびかせて階段を登ってくるさまの、禍々しい美しさときたら!
サイモンに向かって怒り狂うシーンは単なるヒステリーを超えて、天災じみた迫力がありました。さながら、カーリーやヘラのように。
ちなみにサイモン、種々の軽薄な言動を見るに、本来は「失敗したら恋人と一緒に死ぬ」という覚悟ができるタイプではない気がするんです。
彼の末路は、「怒れる女神」に魅入られた男のそれなのかもしれません。


3人の魔性の者が出会い、その本性を遺憾なく発揮して喰らいあった結果。
それが、あの豪華客船での悲劇だったのでしょう。


妄想ふくらむ、ゴージャスなサスペンス

妄想がふくらみすぎて、今まで書いた映画感想で一番長くなってしまいました。余白がある映画は観終わった後が楽しい。

アクの強い登場人物と複雑な人間模様、豪華絢爛なセット・小道具が織りなす魅惑のサスペンスは間違いなく面白かったです!
ちょっとカロリー過多だったので、見返すのはお腹が落ち着いてから。まずは原作を読んでみようと思います。


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