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あなたの「めんどくさい」はどこから?

夫と結婚してよかったと思う瞬間はたくさんあれど、どれかひとつ印象に残っているものを挙げろと言われたら、「鞄散らかし事件」を選ぶと思う。

結婚して1年ほどが経った頃の話である。
ある晴れた土曜日、我が家のLDKには私の鞄が散乱していた。
ローテーブル横の壁に立てかけるようにして、通勤用のトートバッグ。ダイニングチェアの上に、さっき買い物から帰ってきたときのエコバッグ。ソファのふもとに、前の週末出かけたときのショルダーバッグ。

……いや、その日だけではなく、恥ずかしながらいつもこんな感じだった。

寝室の押し入れのなかを、当時の私は鞄置き場として設定していた。一応。
でもさ~、帰宅してからそこに片付けに行くの、めんどくさいんだよね~。なんか薄暗くて見えづらいし~、ほかにもいろんなものが置いてあって一度しまうと取り出しづらいし~、リビングに戻ってから鞄の中にあるもの(財布とか、ポーチとか)を使いたくなったときに不便だし~。

夫と暮らし始めてすぐのころはだらしないところを見せたくなくてせっせと片付けていたけれど、最近はなんか、ねぇ。結婚2年目、気が抜けてきた頃合いである。

そうして鞄をあっちこっちにほっぽったままソファでのんべんだらりとしていると、夫がすっと近づいてきた。

「浮世さん、あのさ、床に置いてある鞄なんだけど……」

おおう。
やっぱり気になるよね、ごめん。

気が抜けてきたとはいえ、家を散らかしてしまっている自覚はある。ごめん片付けるね、と慌てると、目の前に何かが差し出された。

なんだこれ? でっけぇS字フック??

「こういうの買ってみたんだけど、リビングのクロゼットのポールに付けてさ、鞄置き場にしたらどうかな?それなら片付けやすいでしょ」

目が点になった。
私が反対の立場であれば、夫の鞄が部屋の床に3つも4つも散らばっていたなら、自分のことは棚に上げて、「もー、ちゃんと片付けてよ!」くらいのことは余裕で言うと思う。それを言わずに、片付けられるような仕組みを考えて、それを叶えるためのアイテムまで用意してくれた?? 菩薩か??

「コート(リビングのクローゼットが定位置)はちゃんと片付けられてるから、寝室に行くのがめんどくさいのかなって思って」

なんと。しかも普段の私の行動を把握して、最適な仕組みを考えてくれたのか。
えーん、その通りです。ありがとうございます。

かくして家の中に鞄が散らかることはなくなった……ということは断言できないけれど、だいぶマシになった。たぶん。

***

いい話でしょ(私のひどいズボラ加減はさておき)。

単身赴任生活を始めてから、このエピソードを頻繁に思い出すようになった。
夫が恋しくて……ということもあるけれど、主要な理由はほかにある(ごめん)。ひとり暮らしになるということは、これまで夫がメインで担ってくれていた家事――それはほぼイコールで、私が苦手としている分野の家事である――も当然、自分ひとりでしなければならないということだ。

私が面倒だと感じてしまう家事は、たいてい「整理整頓・掃除」の分野に属する。通販で届いたものを取り出した後の段ボールをたたむこと、郵便物の要不要の判断(そして不要な郵便物を捨てること)、資源ごみの分別、ベッドメイキング、掃除機掛け、乾いた洗濯物をたたんでしまうこと、その他もろもろ。当然、独身時代の部屋は荒れていた。

正直単身赴任先もそのころのような魔窟になってしまうのではないかと思っていたけれど、意外や意外、今のところはきれいなままで保てている。まあ、まだ1カ月なんだけど。

それは私が成長した……ということではなく、あの日の「鞄散らかし事件」によって、新しい考え方がインプットされたからだと思う。

それまで私は、ものを片付けられなかったり掃除をさぼってしまったりする理由を、私がめんどくさがりでだらしない性格だからだ、と思っていた。だからとにかくその性格を直さなければ、と決心しては挫折して、そのたびに目減りした自己肯定感と散らかった部屋が残った。

めんどくさがりでだらしない性格でもやりようはあるよ、と教えてくれたのが、夫である。
ある家事をめんどくさいと感じるのであれば、なぜそう感じるのか一度考えてみればよい。そのめんどくさいスイッチを押さなくて済むような仕組みに家事のあり方を変えてしまえば、意外にうまく回りだす(こともある)。

物理的な忙しさで作業自体ができなくなる時期や、どうしても仕組みを変えられない家事もあるかもしれないけれど、今のところはそのやり方で、ひとり暮らしの部屋はうまく回っている。

考えてみれば、仕事も同じだ。うまくいかないことがあればボトルネックがどこにあるか仮説を立てて、対応策を考え、試してみる。それでもうまくいかなければ、もう一度仮説を立ててやり直す。

なぜプライベートではその基本を無視して、根性論でなんとかしようとしていたのだろうね。
そう思いながら、今日も鞄をしまうためにクローゼットを開く。家も収納の大きさも変わったけれど、クローゼットのポールには相変わらず、大きめのフックがかかっている。


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