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60歳からの古本屋開業 第1章 激安物件探索ツアー(4)ホラーな家

登場人物
赤羽修介(あかば・しゅうすけ) 赤羽氏。元出版社勤務のおやじ
夏井誠(なつい・まこと) 私。編集者・ライターのおやじ
ドカジャンおやじ 不動産屋受付係
キース 不動産屋案内係

最初の物件

 駐車場はその不動産屋さんから、人がたくさん歩く細い駅前通りを渡ったすぐの場所にあった。
 肘から先を独特の角度で小さく振りながら歩くキースの先にあったのは、キースと同じくらい年を取っているのではないか、と思える軽自動車。
 今、盛んに街を走る、軽快溌剌な軽自動車ではなく、何十年も前の、「本当の」と言ったらあれだけど、坂を上るのも心配な、あの時代の懐かしい軽自動車である。私たちはその後部座席に乗り込んだ。3人も乗って走るのだろうか。
 しかし、これから見に行く物件は2万5000円。「そうだよな。レクサスやベンツに乗って2万5000円のアパートなんか、見に行かないよなー」と、家賃のレベルそのままの車に、なんとなく納得してしまうのであった。
 軽自動車は駅前の人通りを器用によけながら混雑を抜ける。途端に人通りはなくなり、住宅地の中の緩い坂を5分ほど走ると「ここなんですけどね」とキースは車を止める。
 車3台ほどが止められる駐車場。ここもこの不動産屋さんが管理していることを示す立札がある。その駐車場の脇の壁と隣家の間に幅1mほどの狭い通路が奥に続いている。
「あー、これね」
 キースは私たちを先導するように迷わず細い通路を奥に進んでいく。通路は3月の乾燥した季節にもかかわらず妙に湿ったような黒い土がむき出しで、そこに四角い踏み石が並べられている。その通路を5mほど進むと、右側に軽く見ても築50年は経ってるだろうな、と思えるような平屋の家がある。
「これが大家さんね」とキース。
 建物にはわけのわからないツタが絡まり、明らかに家全体が傾いているように見える。そのせいか、壁のあちらこちらに隙間も見える。壁もツタも風化して崩れ落ちそうなところが結構あって、触ったらなにかが手に付いてきそうだ。人が住んでいる家をつかまえて大変申し訳ない感想だが、なかなかの迫力である。
 そのちょっとホラーな家を横に見ながらさらに湿った通路を進んでいくと、その奥に2階建てのアパートが出現した。 

人形の館

 手前の壁に斜めに階段があり、2階の窓には2着の派手なスカジャンがかけられているのが、すりガラス越しに見える。「おー、人が住んでる」。当たり前だが、ほんの少しだけ安心する。
 階段には一応屋根が付けられていて、階段の入り口には小さなランプがぶら下がっている。電線は見えないので電池で灯されるタイプのようだ。
 あ、そういえば今入ってきた通路には照明がない。つまり夜になれば真っ暗な中で、この階段の上り口に灯された小さな電池のランプを頼りに歩くということか。いや、違うな。電池で灯すランプをつけっぱにするはずがない。つまり暗がりの中をあのホラーな大家の家の横の細い道を歩き、手探りでランプをつけ、階段を上がるのではないか。あ、でもそうすると、やはりランプはついたまま。帰ってきてランプをつけ、2階に上がる。昔、恐ろしい館が登場する映画に、そんなシーンがあったような。それからわざわざ自分で明かりを消す。消してから自分の部屋に入る。やっぱり怖いよ。どうすればいい?
 錆びだらけの階段は、一段上るごとにギシギシと嫌な音を立てる。鉄のカンカンという音ではなくギシギシ。おかしいだろ、木造じゃなくて鉄製の階段なのに、なぜ音がする? 手すりは錆びなのか、なにか正体のわからないものが付着していてちょっと触るのが怖い。
 3人もいっぺんに上って大丈夫?と心配しながら階段を上がっていくと、その階段の裏側に1階の部屋の小さな庭先が見える。
 その小さな庭には「変!」としか表現のしようのない小さな日本人形が20体ほど雑然と並べられている。雨に土が跳ね上げられて汚れ、朽ち果てたようなそれは、もちろん可愛らしさとは無縁。その向こうに不気味な住人の姿を想像させる。宗教? おまじない? お友達? 怖がらせるために並べられているわけでもないのが、よけい怖い。
 階段を上がったすぐのところ。暗いと絶対踏み外すだろうな、といった微妙に階段にはみ出した位置に扉が一つ。
「ここがトイレね」
とキース。真ん中に廊下があり、左右に2部屋ずつ。左手前が先ほどのスカジャンの部屋。あと2部屋も埋まっていて。今回の物件は手前の右側の部屋になる。 
 廊下は薄暗く、照明が一つだけ吊るされている。夜になれば灯るのかもしれない。
 キースはポケットを探り鍵を取り出し、鍵穴に突っこもうとするが、鍵穴に入らない。 

これが『内見』か?

 もう一つ持っている鍵も試すのだが、これも入らない。
「あれ?」
と鍵に付けられた紙片を確認するが、どうやら別のカギを渡されたらしい。
 が、さすがキース。
 まったくその失態に怯むこともなく、扉の開かない部屋の解説を堂々と始める。まず廊下側、扉を指さし、指を右側に移動させながら、
「えーとね、こっからここまでが水回り。ガスと水道ね。で」
と言いながら階段の踊り場に移動し、窓側から部屋を指さして、
「で、ここが部屋ね。ワンルーム」
 部屋の窓には、半分腐ったような竹のすだれがちぎれたようにぶら下がっていて、キースは近くにあった棒切れで、すだれをかき分けるようにして中の雰囲気を見せようと一応努力している。しかし、すりガラスの向こうがそれで見えるわけもない。
「畳と壁紙は取り換えてありますよ」
と、それでもキースは当然のように解説を続ける。これが、"内見"か?
 一応、半分外階段にはみ出したようなトイレの扉を開けて中を確認してみる。…トイレに関するコメントは致しません。見なければよかった。
 照明もない暗い路地。腐ったような大家の家。暗い廊下。数十体の変な人形。階段にはみ出したトイレ。私の気持ちはすでに9割がた引いている。が何を思ったか赤羽氏。
「ちょっと廊下の奥のほうに行っても良いですか?」
 ちょっとうれしそうに、薄暗い廊下を奥のほうに進み、役割上キースもそのあとを追い、こんなところで一人になりたくない私も奥に進む。

元はお風呂場です

 奥のドンづきには2畳ほどの小さな部屋。
「ええとね、ここは元お風呂場、共同のね」
とキース。
 たしかにそこには風呂桶のようなものが置かれているが、すでにゴミ捨て場となっており、アナログ時代のテレビや正体不明のパイプのようなものが山積みされている。
「ここで風呂入るのかよ、どんな生活~! それでゴミが山積みかよ」
 こんな場所で自分の温室育ちのハートの弱さを感じながら、心の中で思わずこんな叫び声をあげてしまう。
「わかりました、ありがとうございます」
と赤羽氏。一体なにがわかったのか不明だが、二人は申し合わせたように薄笑いを浮かべながら小さくうなづく。そして赤羽氏は、次の物件に行きましょうか!とキースにアイコンタクトを送る。
「じゃ」と階段を下りていくキース。後に赤羽氏、そして私。
 階段を下りながら振り返ると、不気味な人形たちが同じ位置に並んで私を見つめ返してくる。先ほどより一層影が濃くなったようだ。
「次のところは、こっから車で5分くらいのところですね」
と再び軽自動車に乗り込むキース。
 
 私は後ろの席で、何かに負けたような気持ちになって無口に座っている。

(つづく)


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