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読書記録「楡家の人びと 第二部」北杜夫著

新潮文庫
2011

時は過ぎ、話の中心は楡基一郎とその子どもたちから孫たちへと移っていく第二部。
時代は昭和。戦争へと向かっていく時代なのだが、子どもたちにはまだその実感がなく、最後の楽しい時代、といったふう。彼らの面倒を見てくれていた書生の佐原定一は真っ先に戦争へ向かいそして死んでしまうのだが、子どもたちはまだそれを知らない。
病院のほうはというと、基一郎の案で松原に新たに建設した病院は規模も大きくなっていく一方で、院長の徹吉の残る青山の病院は赤字続き。院代の勝俣は基一郎の頃のような病院の姿を思い描き張り切り、徹吉は院長にも関わらずますます書物の世界へと没入し、精神医学史の本の執筆に挑み始める。
ここから時代は更にアメリカとの戦争へと向かっていく。

楡病院の人たちが、その存在もわきまえないで暮らしているうちに、「時」は小さな些細事を集積し、或いは夢想もできなかった大鉈をふるう。それは間断なく何事かを生じさせ、変化をもたらし、大抵の人間たちの目には見えぬ推移と変遷のおかげで、そしらぬ顔をして尚かつ動いてゆく。どこへとも知れず…

楡家の男たちは相変わらず頼りないかんじ。長男の欧州は一応医者にはなったものの、今でいう高等遊民のような生き方だろうか。米国は病弱だと思いこんでいて、彼は彼で農園で豚を飼ったりと独自の生活を送る。

出来が良いとされる基一郎の娘たちはそれぞれ幸せとはいえない結婚生活のようす。
桃子は息子を授かったが、夫を好きにはなれない。そんな夫が急な病で亡くなる。奇しくもその日は長男欧州の結婚式の前日で、家族で駆けつけてきたのは同じく楡家の一員として扱ってもらえていない末の弟の米国だけ。これはさすがに桃子に同情してしまう。
その後、桃子は子供を捨てて駆け落ちをする。
しかし、新たな夫と中国へゆく話が出た際に、生まれ育った楡病院という場所は自分にとってかけがえのないものだと思い始める。偶然母に再会し、許しを乞おうとするのだが、母は彼女に気づいていても目もくれない。
いっそ中国で誰も知らないところで死んでしまおうと思う桃子。どこまでも切ない。

前回までは子どもたち、特に下の2人の子どもたちにはほとんど目もくれずひっそりと"奥"を取り仕切っている様子で、謎に包まれた人物だった基一郎の妻、ひさ。
その人物像が長男である欧州の妻、千代子の視点から少し判明する。
面白いのは千代子の抱いた印象をまとめた次の一文。

ところが、外で会えばまことに非の打ちどころのない御母堂と思えたのに、実際に一緒にひとつ家庭に住んでみると、なかなかそうではないことがわかってきた。どうも楡家の人は外面はよいが内面がわるいということを、次第に彼女は認識しなければならなかった。

欧州は面倒くさがりでとにかく面倒は起こしたくない。そのためひさのことも、夫の徹吉と別居して居候となった龍子のことも、千代子が全て被っているようす。

そんな大人の世界での出来事とは対照的な、親の時代と変わらぬ子どもたちの強羅での夏の平穏な日々。桃子に似てちょっとませたところもあってみんなの大将でいたがるようなところのある藍子と、引っ込み思案な周二。
龍子や桃子が子供のときから楡家の子どもたちの面倒を見続けてきた下田の婆やの死でさえも、変わらない平穏な時代を感じさせる。

印象的なのは、数ヶ月で起こった出来事が当時の新聞の見出しとともに数ページにわたって記載されている部分。目に見えて情勢が刻一刻と変化していく。
そして場面は徹吉と龍子の長男である俊一の同級生、城木の様子。
軍医として海軍に乗り込み、ハワイへ向かう城木。現実感のなさと、急な張り詰めた空気、そして寝すぎのせいかなんなのか頭のぼんやりした感じがリアルでこの先が恐ろしい。

俊一は医者として戦争へと向かい、院代の勝俣も息子が戦争に行くのではないかと気が気でない。
遠いところの他人事のようだった戦争が間近に迫っているのを感じさせるところで第二部は終わる。
アメリカとの戦争を、楡家の人々はどう迎えてゆくことになるのだろうか。

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