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月の記

◇9月18日

ススキの穂が玄関先で朝の光を浴びていた。
光に透ける穂の束は私が近くを通るたびに小さくそよぎ、やわらかい時間を運んでいく。

穂に顔を寄せる。黄金色の穂先を間近に見れば、ふさふさした睫毛に見えてきた。



睫毛にのせた

     淡き想い

夜風を味方に

     見上げれば


光る君の

   目映まばゆき姿


見つめるほどに

      染まりゆく

ススキの色は

     恋の色


私はふだん、月に女神を重ねることが多い。月といえばかぐや姫が浮かぶから、女性的なイメージが強いのかもしれない。
月を男性(光る君)に例えたのは初めてで、何だか不思議。


ゆうべの仲秋の名月を思い出す。
東の空から高さを増してゆく名月は、神々しいかがやきを空の端から端まで渡らせて、その美しさに一瞬にして心を奪われてしまった。
もっと眺めていたかったのに、そのうち黒雲が空を覆いつくして奥深くへと姿を隠してしまった。

ひと目だけでも見られた幸せと、名残惜しさ。
憧れの的、光る君を垣間見た女性はこんな気持ちだったのかしらと想像する。
今日は、一日遅れの満月。今夜こそはじっくり眺めたい。


夜になった。期待しながらカーテンを開ける。雲間から黄金色の満月が顔を出した。その整った顔立ちは麗しく、いっそうかがやきに満ちあふれていた。取り囲む雲の流れが昨夜よりもゆるやかで、月を見つめながら夜の静寂に耳を澄ませた。

二晩続いた美しい月夜の宴に満足して眠りにつく。



◇9月19日

今晩は見られるだろうか。窓を開けると、南東の空に十六夜いざよいの月が少し低くのぼっていた。
光る君もさすがにお疲れなのかもしれない。昨夜までの華やかな気配は弱まり、草木を照らすしずかな光に虫たちの声が呼応する。
月のうしろを絶え間なく流れる雲は虹色にゆらめいて、光る君を休ませるために特別な扇であおいでいるように見えた。



◇9月20日

眠る前、空を見上げる。今夜は東向きの窓からよく見えた。
一晩休んで元気を取り戻したのか、今日はより明るく見える。形は欠けているけれど、まわりに雲が一つもないからそう見えるのかもしれない。


秋は月を見るのによい季節だといわれていて、本当にその通りだと思う。
月の高さとか安定した大気とか理由はさまざまだけれど、夏の明るい星々が西の方へとかたむいて、東から南に広がる秋の星座のひかえめな明かりが月だけに集中させてくれる。



◇9月21日

数日間(十三夜の月も見たので5日間)楽しんだ月のリレーは、今宵の雨で途切れてしまった。雨音を聴きながら月を思い浮かべる。



月の記 おわり




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