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【習作小説】目標にされる人【カニロク】

平成の始まる頃だったか、私は付き合っていた男に捨てられて、当時流行っていたディスコで毎日のように踊り狂っていた。
胸にぽっかりと開いてしまった穴を一人ではどうやっても埋めることができず、少しでも寂しさを感じると家を飛び出さずにはいられなかった。
激しく煌めくライトとリズミックな音楽が作り上げる華やかで熱に浮かされた空気だけが、麻薬のように心の痛みをまぎらわせてくれていた。
週2あるフレックスの日と週末には、深夜をすぎてもろくに家にも帰らず、昼と夜が逆転したようなそんな荒れた暮らしをしていた。

ディスコではそれなりにモテたけど、失恋で深く傷ついていた私は、あの男に対する意趣返しのつもりで自分に声をかけてくる男たちをいいようにあしらっていた。そうしているうちにいつの間にか「氷のばら」 というあだ名がついていた。
心がチリチリと痛まないわけではないけど、ほかに居場所もなくて、派手な服と靴、可愛い化粧品だけを自分の味方にしてひたすら孤独で空虚な日々を送っていた。

そんなあるとき、ディスコで自分より若い女の子に声をかけられた。飲み物をもらいにカウンターへ寄ったタイミングだった。
「のばらさんですか?私ジュリっていいます。のばらさんにずっと憧れてました。のばらさんは私の目標です!!一度お話してみたかったんです!」
声をかけられたときは一瞬警戒して、無視しようかとも思ったけど、予想しなかったことを言われて少し戸惑った。
手に持ったカクテルで唇を湿らせてから、「そんな、いいもんじゃないよ」と応えた声は少し掠れていた。
「のばらさんっていつも前で楽しそうに踊ってて、モテるのに全然媚びなくて、すっごくカッコいいって初めてみたときから思ってたんです」
「そう?そんな、そんなことないわ。でも、ありがとう」
よくみると冴えない感じの女の子だった。アイラインはもっと濃くしないと、こんな店の中では目立たないし、チークやリップの色味もよく見ると合ってないような気がした。
「のばらさん、もう少しお話してもいいですか?」
「あの、その、ごめんなさい。お話できることはないわ。もう行くわね」
「いいんです、私の目標であるのばらさんとこうしてご挨拶できただけで嬉しかったです!ありがとうございました」
やたらと礼儀正しいその返事を背中に、私の胸のなかは騒々しかった。

(チクショウ、何が「私の目標」だ、何が「カッコいい」だ!単に失恋して女々しく過ごしてるだけなんだぞ!そんなの、カッコいいわけ、ないじゃない・・・)

その日を境に私はディスコ 通いをやめた。
ついでにその時に勤めていた大きめの会社もやめて、中規模の化粧品会社に転職した 。
私はただ自分が恥ずかしかった。 「誰かから目標とされる自分」、 もしそんな自分がいるとしたら、それは外面ばかりは賑やかなディスコで見た目に反してひっそりと虚しく孤独を深めている、そんな自分であって欲しくなかった 。
悲しみに支配され振り回されているくせに、変にカッコだけつけていた自分が、あの瞬間にとてもリアルに惨めに感じられて、そのあまりのダサに穴があったら入りたい気分になっていた。
そしてもっと本当に、自分自身が心からカッコいいと思える自分を、探してみようと思った。
「誰かから目標にされてもいい自分を作ること」、それが私の目標になった。



作者:カニロク
柚木ロマのnoteに間借りしている小説家。


本作品は、テーマに沿って500字以内で記事を書く企画に応募しようと思って書き始めたものだが、書きあがってみるととうてい500字には収まり切らなかったのでボツになったもの。
その後、何度か調整して作品としては完成したので公開する。
ちなみに、500字以内で書く小説は無事に期限内に完成した。
テーマは「私の目標」である。
完成したほうの小説はこちらで公開している。

さて、本記事の「目標にされる人」であるが、この作品にはモチーフとなった曲がある。
以下、その曲について紹介しようと思うけれども、作品の裏側みたいなものをとても嫌う人もいるのでnoteの機能を使って限定的な公開としたい。

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