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柚緒駆
2019年2月16日 13:09
第19話 理由 ココアは早速その日の内に台湾に向けて旅立ち、『龍のお宿 みなかみ』には数日ぶりに静寂が戻った。とは言え、まだ問い合わせの未読メールは着々と増え続けている。これに里親は無事見つかりました、と一々返信しなくてはならない。里親が見つかった旨はサイトでも告知してるし、もう後は無視してもよさそうなものなのだが、どうしても八大さんがウンと言わない。だからもうしばらくはバタバタするだろう。
2019年2月15日 13:49
第18話 里親 それから何だかんだあって一時間ほど後、事務所のソファでアジ・ダハカは目覚めた。正しくはさっきまでアジ・ダハカだった人物である。彼はルド・スティールと名乗った。英語で。ルド・スティール氏は日本語は全く喋れないそうである。足利百子に通訳をしてもらいながら色々尋ねたところ、どうやらここ数か月の記憶が無いらしい。とりあえず健康状態に異常は無いとの事なので、今日はホテルにでも泊まってもら
2019年2月14日 13:03
第17話 アジ・ダハカ この季節、夕方六時はまだ昼の日差しが残っている。その明るさを遮るように、黒塗りの大型セダンが『龍のお宿 みなかみ』の玄関前に止まった。その後に続いてワンボックスが二台止まる。ワンボックスからわらわらと男たちが降り立ち、セダンと玄関とを繋ぐ様に並んだ。その様子を防犯カメラとモニタを通して見るのは何度目だろう。 次の展開はこうだ、セダンの運転手が降り、後部座席のドアを開
2019年2月13日 14:05
第16話 茶「気に入って頂けるといいんですが」 なんと、長尾は一晩で動画を完成させて来たという。まだ昼前である。どんだけ仕事が速いのか。外部記憶メモリと二枚の紙を鞄から取り出すと、八大さんのデスクに置いた。「サインは気に入ったらで良いのかね」「勿論です」 八大さんはメモリをPCに差し込み、「眠っとらんのじゃないのか」 と長尾に言った。「いやまあその辺は、慣れてますの
2019年2月12日 13:46
第15話 思い上がり 早朝から地味な作業だった。ニュース番組の録画映像をチェックし、うちが映っているシーン、特にココアが映っている部分を中心に抜き出し、PCに保存する。新聞記事も同様に、ココアが写っていたら切り抜いてスキャナにかけて、PCに保存する。今、テレビでは朝のワイドショーをやっている。これもまた、ココアが映れば映像を抜き出さなければならない。「どうだい、進んでるかね」 八大さん
2019年2月11日 14:08
第14話 襲撃 八大さんの指示で、僕は防火服を着込んだ。その格好で玄関に出向く。そして十三時きっかりに自動ドアを開いた。詰めかけたマスコミの記者たちに、そしてその向こう側に居る見物客の間にも、明らかに緊張が走った。掴みはバッチリといった所か。同時に、荷捌場のシャッターがキリキリキリと音を立てて上がって行く。「あー、あー、本日は晴天なり、本日は晴天なり」 荷捌き場には八大さんが立っていた
2019年2月10日 10:44
第13話 悪龍 事務所へと走り込んだ僕を、八大さんは不機嫌そうに迎えた。「騒がしいな。走っても遅刻は遅刻だよ」「すみません、あの、寝過ごしました。いや、それより」「それよりって何だそれよりって。遅刻した者が言うセリフじゃないだろう」「ああ、すみません、いやでも」「それよりも、これを見たまえ」 八大さんは新聞の社会面を開いて見せた。大きな文字が躍っている。『新聞社社長自殺
2019年2月9日 13:56
第12話 本性 ぱこーん。僕のおでこが軽い音を立てた。飛び起きた僕の目の前には、プラスチックのメガホンを手にした八大さんが立っていた。「やあ、おはよう」「あれ、八大さん? ここ僕の部屋じゃ」「そうだね、キミの小汚い部屋だね」「……なんで居るんですか」「何を言っとるんだねキミは。明日になったら説明すると昨日言っただろう。さっき午前零時を回ったところだよ。だから今から説明するか
2019年2月8日 13:17
第11話 帝釈天 セミが鳴いている。今年最初のセミだ。気が付いた時、僕は玄関ホールの椅子に座らされていた。「キミは相変わらず重いねえ。ここまで運ぶのは一苦労だったよ」 八大さんは珍しく疲れ切った様子で汗を拭っていた。「八大さん……僕は何を」「何をじゃないよ、事務所を飛び出したと思ったら、道に出た途端に意識を失って、頭を打ったんじゃないかと肝を冷やしたぞ」 意識を失っていた。
2019年2月7日 13:45
第10話 偶然 電話口で開口一番、足利百子は金切声を上げた。「あんた達、何をやったの!」「い、いえ、特に何も」「特に何もじゃないわよ、さっきから庁内の電話鳴りっぱなしよ。あんたの店への問い合わせばっかり。メールもじゃんじゃん来てるし、とんだお祭り騒ぎだわ」「ああー、いや、実はその件でお電話したんですけど」 僕は週刊ビッグのWEBサイトに記事が載せられた件、近々マスコミに宿の
2019年2月6日 05:55
第9話 潜入 瞬く間に三日は過ぎ、四日目、ココアは無事に十トントラックで家に戻って行った。萩原さんは飼い主に問題があるような事を言っていたが、結局最後まで何の問題も起きなかった。「十五時三十分チェックアウトです。無事に終わりましたねえ」 しかし八大さんは不満顔だ。「気に入らんな」「何がですか。問題なんか無かったと思いますけど」「何も無いのが気に入らない」 こうなるともう
2019年2月5日 13:23
第8話 鎖骨「はい、『龍のお宿 みなかみ』です」 八大さんは今日も元気に電話に出ている。経営者なんだから、電話番など下の者――僕しか居ないけど――に任せてふんぞり返っていても良さそうなものなのだが、そうしようとはしない。どうやら電話が大好きなのでは、と思ってはいるのだが、確認はしていない。電話好きなんですか、とわざわざ聞くのもアレだからである。などと考えていると、八大さんの営業スマイル的な
2019年2月4日 12:57
第7話 モケーレ・ムベンベ 夕日が真っ赤に染める大空、その只中に僕は居た。視界は三百六十度が丸い地平線。左側に太陽が沈み、右側から夜が迫ってくる。足下に地面は無い。一体上空何百メートルなのだろう。うちの屋上が地上二百メートルだから、それよりも遥かに高い事は間違いない。もしかしたら何千メートルかもしれない。しかし不思議な事に、僕には全く恐怖感が無かった。「何が不思議なものですか」 頭の上
2019年2月3日 12:39
第6話 狭間 ウォォォン、ウォォォン、またP助が鳴いている。飼い主を心配しているのだろう。何がそんなに心配なのか。姿が見えずに不安なのか、それとも何か具体的な脅威の存在を感じているのか。 ウォォォン、ウォォォン、大きな声だ。玄関ホールまで響いてくる。 玄関ホール? 僕は何処へ行くのだろう。ああそうだ、外に行くのだった。 何をしに? さあ、何をするのだろう。ただ、誰かに呼ばれてい