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【ボランティア編】自分で選んだ道を進んでみた結果、過去の自分の選択に気づく話


「先生はなんで、こどもの気持ち分かるの?」

中学生のその子に、幾度となく言われた言葉だ。


ガールズトークで語られる内容の本質は、

15年近く前にわたしが思っていたことと

それほど大差はなかった。

環境やコンテンツに違いはあるものの、

結局、思春期に生じる悩みというものは、

時代が変わっても、変わらないものらしい。


ただ、彼女とわたしの違いはあって、

わたしは思っても言わなかったが、

彼女は思ったら、すぐに言っていた。


中学時代やそれ以前のわたしは、色々と思ったことがあったとき、

言いなさいと言われ、母親に話すことがあったが、

「あ、そう。そんなことよりもね」

という返答が常であった。自分から聞いといてこれである。

ちなみに、そんなことよりもね、の後は、全く関係のない、母親の話が延々はじまる。

回答や意見などはない。

何度か求めたが、

「そんなものは無駄でしょ?私はあんたと同じじゃないのよ?」

とのことだった。

小学生までは、その対応に対して、

相当の不満をぶつけていたが、

中学生にもなると悟った。

こんなに言っても同じ答えしか返ってこないなら、

この人に何を言っても無駄だと。


そして、ついでに言うと他者にも言えなかった。

「あんたは外でしゃべるな!恥ずかしいと思わないのか!」

母親にとって世間体はかなり優先順位の高い項目だったので、

家であったこと、わたし自身の内面に関すること、

そういったことを外で話すことを固く禁じていた。


わたしと父親が話していると、それすらも気に食わず、激怒した。

まぁ、父親も父親で当時仕事が忙しかったので、

無理にわたしとの時間を取ろうとはしなかった。

わたしも、父親が仕事で手一杯なのは、見て取れていたので、

話を聞いてくれとせまることは、ただの一度もなかった。

わたしは当時から、余裕のない人に話はしないことにしていた。


そんな家庭環境でも、

わたしは学校という名の社会で生きていく必要があった。

他の子が話しているのを聞いていると、自分も話したくなる。

そこで散々逡巡した後、やっとの思いで話したこともあったが、

何せ、「他者に対して話す」という経験が少ないので、

言葉の選び方、表現、抑揚、表情、

どれをとっても、自信がなく、

話したところで、幼少期に親に受け止めてもらっていないので、

相手がわたしの話を受け止めてくれているのか、

そればかりに気がいってしまい、

話せば話すほど、疑心暗鬼になっていった。

結果、わたしは自分で作り上げた他者への不信感が原因で

自分の胸の内を語ることはなくなっていった。


ただ、話をしなければ、社会生活は送れないので、

この頃から、相手が受け止めやすいであろう台本を、

無意識のうちに作りだしたのだと思う。

わたしの表出は、この時点でわたしの本質から離れたので、

とりあえず、社会生活さえ送れるのであれば、

どう受け止められようとも、そこに関心はいかなくなっていた。


一方、この中学生は。

思ったら口に出す。

他者に受け止められない、ということも勿論経験した上でだ。

それでも果敢にも口に出していた。

そして、わたしが受け止めたことが、その子にも分かるように返すと、

非常に驚いた顔をしながらも、

とても安心した表情を見せた。


わたしは、この子の話を聞きながら、

なんて勇敢な子なのだろう、と感嘆していた。

受け入れられないことを分かっていても、

それでも表出する。

すごい。


わたしは、この頃、

まだ自分の本心が全く分からなかったが、

ただ、それが見つかった暁には、

彼女のように堂々と発言できたらいいな、と。

そんな希望を抱いていた。

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