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物書きとマジシャン#6

「あらお帰り、どうしたの?」

 師匠の奥さま、アンナさんがテントの合間という意外な隙間から現れた僕に少し驚いている。

 すみません、と簡単に経緯いきさつを話す。

「危なかったわね、もう冬が近いから余計にうろついているのね。」

 そう声を掛けられると、恐ろしさと言葉にならない安心感でふと目からあふれるものが頬を伝う。

 そのまま声にならない声で押し殺したように泣き入ってしまった。
情けない、もう小さな子じゃないのに。

 それにつられたのか、奥さまが抱く息子さんも一緒にぎゃああと泣き始めてしまった。

 そこからしばらくは覚えていない。


 少し前の話だ。

「なあメル。」
はい、お師匠。

「この街には、ほかの街みたいには兵士がいないんだ。
なぜだかわかるか?」

 そういえばここは、なんの国なのですか?

 後から振り返っても、我ながら実に不思議な質問だ。
なんの国とはまた現実的に妙だと思う。

「なんの国か。ははは、そうだな、違いない」


「ここはもともと領主もいる、小さいが立派な国だったんだ。」
 ええ?今は国ではないのですね。

「そうだ。かつての戦争で滅びたんだな。
周囲の国にそれぞれ分割されてしまった。」

 もともとの王族の中には難を逃れ、どこかでひっそりと続いているという噂もあるらしい。

「しかし、ここは作物が育つような豊かな土地ではない。あるとすれば、各国を結ぶ主な街道がすべて繋がる要所ってだけだな。」

 西のイリスに向かう途中の広大な土地は、周辺に住まう人間のお腹を満たす重要な穀倉地帯だ。

 東へは険しい山脈がそびえたつが、氷をはじめとした澄んだ水を産み出している。

 そして、そこから南へは海へと繋がっており、その向こうにはサウスをはじめとした国々が散らばる。

「四方様々な国へ向かうに一番近い場所がこの街、メイサさ。」

 かつての貿易商人たちが休むためにテントを張り、倉庫を建てて、水やら食糧やら、そのほか生活に必要な物をさんざん溜め込んだのが始まり。

 またそれを狙って、周辺の国々がこの地の領有権を争ったらしい。


 しかし、各国に属する商人が集まり、取引を行うという名目でさまざまな品々が保管されている場所だ。

 それぞれが母国に頼むからやめてくれと、それぞれがそれぞれの人脈を駆使して働きかけた結果、連盟が組まれることになった。

「その連盟が出来たおかげで、なんとか争いが終わったんだな。」
だが、問題がひとつ出てきた。

「そう、誰が治安の維持を行うかだ。」

 特定の国が兵士を置くと、その国の物となりかねない。

 かといって、それぞれの兵士をバランスよく置いたとして、それはそれで小競り合いからの争いが起きかねない。

「困った末に、結局はここに住まう商人たちがそれを守るという結論に落ち着いたんだな。」


「だから、いざという時はそれぞれの商人団体が抱える私兵が出てくる。また除隊された元軍人もいるのさ。」

 そんな今では、様々な事情や背景を抱えた人間が集まる街になった。

「まあカオスと言えばカオスだな。この複雑さに耐えられんとすれば、元居た国に帰らにゃ生きていけんだろう。」


 そう話してくれた師匠を思い出したのか、こんな泣いている姿なんか見せてしまえば破門になるかもしれないと慌てて我を思い出す。

 涙をぬぐう。

 師匠の奥さま、
アンナさんは優しい。


※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。


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