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あり得ない日常

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#あり得ない日常

あり得ない日常#74

 おはよう、ございます  様子を探るように久しぶりに部屋に入ってみると、本当に久しぶりに自分一人のようだ。  今日は藤沢さんもいないらしい。  藤沢さんの自宅はわたしの自宅とはまったくの反対方向なので、事前に打ち合わせでもしない限り居合わせることはほとんどないだろう。  機械の廃熱が気になるので、まずはそれを見て回ろうか。たまにセンサーが示す値が現状と違ったりすることがある。  収納棚もわたしがやっていた頃よりむしろ細かく仕訳けられていて、藤沢さんの性格が見て取れる

あり得ない日常#73

「…お、久しぶりだね。」  …ん、元気そうだな。 講義を終えて少し外の空気を吸おうと部屋を出ると、ユカの姿があった。  シェルターのミーティングルームは、居住区域と地上階の街へと続く関係者しか通れない通路にある。  実質、技術者のみが定住することを許されているこのシェルターへは、周囲に集落をつくり生活する人たちが収集した資源や資料を運び入れるときに訪れることが出来る、ある意味楽しみな場所となっている。  それは、同時に各地からの食料を含む産品や衣料品などを手に入れる数

あり得ない日常#72

「そうか、それでその先はどうだったんだい?」  いろいろなパターンがあったと思うが、そう大して変わらない。 覚えている限りはこうだ。 後に先輩から疎まれて退社に追い込まれる 急な腹痛でトイレから出られなくなったことにする 結局元に戻り、先輩らのいいように扱われる 先輩含む女子会員から疎まれ、嵌められ、男性のいいように扱われる 会社ごとすっぱり辞めて引っ越し、新たな人生となる  そう思い出しながら順に話すと、しばしの沈黙となる。 「それはまた、ずいぶんな目に遭っ

あり得ない日常#71

「ねえ、あれも片づけておいてくれない?」  あ、はい!  例のセミナーが終わり、レンタル会議室の会場に備え付けのパイプ椅子と折り畳み式のテーブルをスタッフという名の新人会員で片づけているところ、先輩からそう声を掛けれられた。  週末の金曜の夜、時計を見ると23時を過ぎている。  バスはもう間に合わないから、せめて地下鉄の終電に間に合えば歩いて帰らずに済みそうなのだが。  別に会社の仕事ではなく、あくまでプライベートの時間、しかもまだ収入は全くないが副業という位置づけ

あり得ない日常#70

 ビルの合間、吹き込む風に目を細める。  足元へ飛びかかってきたレジ袋に「汚い」と身をかわそうとするものの、付着していた黒い液体もろともストッキングから下で受け止めることになってしまった。  ああもう最悪だ。  なぜこうもモラルが無いんだか。 このゴミを放置した人物は誰だか知らないが、はっきり言ってやりたい。  くそったれが。  整然とビルが立ち並ぶこのオフィス街と繁華街が混ざったような地区は、一定の距離ごとにコンビニエンスストアがあって、少なくともお手洗いには困ら

あり得ない日常#69

「…なので、地球は空気の無い真空の宇宙空間に天体として存在しているというわけだ。」  外での活動と違い、こうして座学に勤しむことになったのは、シェルターに常駐する技術者になりたいからだ。  壇上で講義をする彼も技術者の一人で、主に地球を取り巻く大気の状況を分析したり、予測したりしている。  年齢にして30歳半ばくらいだろう、おそらく18歳の僕からしてみれば、存在がとても大きく見える。 「――大気中に存在するプラスチック粒子の量は、とても計り知れない量だ。これは電気を帯

あり得ない日常#68

 シェルターで3日間過ごすと、元の生活環境には戻りたくなくなる。  地中にあるこの空間は外気の影響を受けにくく、地熱の温かさもあって実に過ごしやすい。  それだけではなく、かつての文明が残してくれたものなだけあって、人間の生活環境に対する配慮が行き届いている。  蛇口をひねればきれいな水が出るし、温度調節まで可能。トイレも臭いや周囲を気にすることなく清潔に済ませることが可能。  こんな場所は今やこのシェルターくらいしか存在しないだろう。  書物では、海の底に沈んだと

あり得ない日常#67

 へえ、前に来た時よりずいぶん発展している気がする。  地表よりは随分深い場所に位置するはずのシェルターに数年ぶりに訪れることになった。 「そりゃ、少しは何か進んでてもらわなくちゃ、俺らの苦労が報われねえじゃねえか。」  天井まで伸びる新たな構造物に目を輝かせていると、部隊のおっちゃんが口元は笑いながらも目は真剣そのものでそっと語り掛けてくれる。  あれからまず父に相談し、それから集落の長へ、さらにはシェルターとのやり取りを通じ、今集めてある資料や資源と共に部隊を編成

あり得ない日常#66

 長い間世界は厚い雲で覆われている。  それまでは青い空とまばゆい太陽の光で満ちていたという。  気象の大きな変化に地上の生物は対応を迫られ、変化できない者は滅びていくしかなかった。  さらに悪いことに、それまでの文明を支えたプラスチックの小さな破片や粉が生きにくくしてくれるのが厄介だ。  ここから北東へしばらく進んだ先にはかつての気象観測所があって、そこには大量の紙を使った資料が残されている。  当時は文明がとても発達していて、空飛ぶロボットが様々なものを運び、情

あり得ない日常#65

 このどこまでもどんよりと続く雲が晴れることはあるだろうか。  目の前に広がるウミと、水平線までには崖が上陸を阻む島々がちょこちょこと顔を出している。  こちら側はというと、かつてサンミャクと呼ばれていただけあって、ここからしばらくは上りが続き、山を越えて向こう側に出れば、また違う海が広がっているらしい。  今こうして見ているように、もっと高いところからこの地を見わたすことが出来たならば、それはそれは大きな島なのだろう。  かつての文明が残してくれた道やトンネルがそれ

あり得ない日常#64

 人が人工知能技術の発展で得られたものは、自動化と膨大な量のデータを処理してくれる便利な道具、だけではなかった。  半導体の小型化や計算速度と能力を各国が競う。  当然、突出した技術はそのまま軍の力にも見て取れるため、主義が異なる国にとっては脅威以外の何物でもないからだ。  また、プライドが高い民族は一度世界の頂点に立つと、その座を必死に守ろうとするだろう。  そのため、他者からの干渉を異常に嫌う。  国が、ひいては党が認める"優秀な"人物たちの指導の下、人命よりも

あり得ない日常#63

 奥さんの実家に住めるという男性はどのくらいいるだろうか。  農業が中心の貧しい社会から発展を遂げ、一人一人が会社に属することで生活ができるようになった。  国には、給料という実に明確な所得を得る人が多くなればなるほど税金を取り逃すことが無くなるというメリットがある。  また、農産物で高い所得を得ることはそう簡単なことではない。高度な工業や商業を産業として持つことで、全体の所得向上につながるわけだ。  所得が向上すると、割合で決まる税金も当然増える。  そうして、こ

あり得ない日常#62

 新人として駐在所勤務が日常だったが国会が決めた、いわゆる安楽死制度が始まって以来、この制度の窓口へ異動になった。  国民の安心安全を守る仕事、父親の背中を追いかけるようにして自分も同じ職に就いたはずだが、気づいたらまるで最期の番人のようだ。  当時は若かったこともあって何も考えていなかったが、しばらく携わってみてとんでもない場所へ来てしまったと気づいたことを覚えている。  なので、思うところが無いと言えば嘘になるだろう。  制度開始時は、簡単に国民が自ら命を手放すよ

あり得ない日常#61

 この制度が始まった当初、設置が可能な警察署の地下を法の要件を満たすように改装する形で、比較的大きな都市を管轄する建物から随時施設の設置が進められた。  全国の中でも人口密度が高い東京都は、地方に比べると財政に余裕があり、景気もあまりよくなかった背景もあって、ひとつの公共事業として積極的に設置が進んだ。  法の猶予期間中は各区に1か所2か所あれば要件を満たすくらいに設置を急がれたものではなかったが、成人はおろか高校生にも満たない者の線路への飛び込みやビルからの投身が相次ぎ