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あり得ない日常#69

「…なので、地球は空気の無い真空の宇宙空間に天体として存在しているというわけだ。」

 外での活動と違い、こうして座学に勤しむことになったのは、シェルターに常駐する技術者になりたいからだ。

 壇上で講義をする彼も技術者の一人で、主に地球を取り巻く大気の状況を分析したり、予測したりしている。

 年齢にして30歳半ばくらいだろう、おそらく18歳の僕からしてみれば、存在がとても大きく見える。


「――大気中に存在するプラスチック粒子の量は、とても計り知れない量だ。これは電気を帯びやすいので―」


 かつての文明は、地中深くからエネルギーとして化石燃料を取り出し、利用してきた。

 さらには、加工しやすく水にも溶けない物質として都合が良いプラスチックを産み出したわけだ。

 ただ、それを自然分解できる微生物は存在しない。

 人工的に作る事も試みられたらしいが、自然界に放出して生態系に影響が出ることを恐れ、実現には至らなかった。


 結果、紫外線でボロボロになったプラスチックは、目視できないほどの細かい粒子に崩壊し、風が吹けば舞い上がり、気流に乗って地球を巡り巡る存在に成り果てた。

 

 呼吸をし、空気中から酸素を取り込まないと窒息して死んでしまう人間を含めた生き物たちにとっては致命的となり、今や自然に生きている生物はほぼいないという。


「燃焼反応は君たちにも身近な、つまるところ火だ。」

 この中で太陽を見たことがある人間はいるのだろうか。

 もっと南に行けば雨が降らないが雲の無い土地が広がっているという。
どんな場所なのか見てみたいものだ。


「物質が燃えると水と二酸化炭素が出る。かつて、二酸化炭素が主な問題として取り組んだと史実にはあるが、本当に問題だったのはむしろ水だった。」

 そう、その水こそが、晴れることの無いどこまでも続く雲となった。

 何億年と自然が地中に圧縮して貯えた炭化物を、エネルギーや加工品として、人類がどんどん掘り返してしまったわけだ。


「――地球は太陽の周りを周回し、かつ自転している。したがって、空が明るくなったり暗くなったりする。雲の向こうに太陽がある日中と、それ以外の時間が夜にあたる。」


 こうして講義を聞いているのは、僕だけではない。今は8名ほどが技術者となるべく取り組んでいる。

 試験を受けて合格すれば晴れて見習いとしてシェルターにとどまることが許されるが、そうでなければまた外地での生活に後戻りとなる。

 集団生活を窮屈に思うのであれば、外地で気ままに、ただはぐれものとして生きていくのもいいだろう。

 子供の頃に気象観測所の資料に興味を示し、数々の資料に触れてきた僕は、知識を、そして技術を手にしたい。


「いいか、空気は冷たいところから温かいところへ移動しようとする性質がある。地球は丸く、側面から太陽の光を浴びるために、北極や南極よりも赤道付近の気圧が高くなるわけだ――」


「――つまり、今我々を悩ませている大気中の水分、雲やプラスチック粒子は北極や南極に少しずつだが蓄積していると考えていい。」

 ということは、プラスチック粒子を含む氷が北極や南極に貯まり、ついには地球の大気中から徐々にそれらは減っていくと考えていいのだろうか。

 思わず質問する。

「そうだな。そう考えていいだろう。」

 どうやら、過酷な環境はいずれ終わるという希望はあるらしい。

「ただ、とんでもなく時間がかかるだろうな。」


※この物語はフィクションです。実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

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