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あり得ない日常#65

 このどこまでもどんよりと続く雲が晴れることはあるだろうか。

 目の前に広がるウミと、水平線までには崖が上陸を阻む島々がちょこちょこと顔を出している。

 こちら側はというと、かつてサンミャク山脈と呼ばれていただけあって、ここからしばらくは上りが続き、山を越えて向こう側に出れば、また違う海が広がっているらしい。

 今こうして見ているように、もっと高いところからこの地を見わたすことが出来たならば、それはそれは大きな島なのだろう。

 かつての文明が残してくれた道やトンネルがそれぞれの集落を繋いでくれていて、ところどころ崩れていたり、大きな岩に行く手を遮られたりはするものの、何とか残された人間で通れるようにと頑張って維持をしている。

 集落といっても、トンネルや洞窟を掘って身を寄せているだけ。

 さすがに年中この寒さ。
ウミこそ凍らないが、水はたちどころに凍ってしまう。

 晴れることの無い、どこまでも続く分厚い雲が原因だ。


 南から来た旅人の話によれば、たまに分厚い雲が薄くなり、そこから光が差し込むことがあるという。

 そうするとたちまち世界が明るくなり、地平線の向こう側まで見渡せるように視界が広がる。

 そして、なんとも言えない温かさに身体が包まれるという。

 そんな時間が長く続けばいいが、その後は決まって豪雨と雷に悩まされるから、結局は外でのんびりと生活は出来ないらしい。


 問題はそれだけではない。
今や世界を覆いつくしているのは分厚い雲だけではないからだ。

 少量なら他愛もない、吹けば軽くふわふわと舞う不思議な粉が世界の地を支配している。

 水に浮き、風に舞い、そして人間やその他の生き物が呼吸するに欠かせない大気の中に絶えず存在する厄介ものだ。

 言い伝えでは、この粉は「プラスチック」と呼ぶらしい。


 地中でも分解されず、干ばつが起きれば地中から思い出したかのように吹きあがり、気流に乗って世界を巡る。

 なので、外にいるときは目から下を布で覆わなければならない。

 簡単にずれないように、しかし息苦しく無いように二回巻きちょっとしておくとまず大丈夫だろう。

 「粉嵐」なら目まで布で覆いたいところだ。
もっとも、そんな時はただちにどこかの空間に逃げ込む必要がある。

 一粒一粒はとても軽い。
 取るに足らないなんでもないものだが、あれを吸い込んでしまえば二度と体内から取り除くことができない。

 渦を巻いて舞うのを見たら、すぐに焼いてしまえ。
そう子供の頃に誰もが教わる。

 海岸に集まり水面に浮いているのを見かけたら、何でもいい、布をかぶせ集めて引き揚げ、乾かして布ごとすべて焼き尽くせと教わるのだ。

 二度と舞うことの無いようにと。


 時折、風が顔を強く吹き付ける。
パチパチ、カサカサと。

 しかたがない。

 今日はそこの横穴で夜を過ごし、これが乾くのを待とう。
何としても燃やしておかないと。

 こんな地道な努力は、報われる日が来るのだろうか。


※この物語はフィクションです。
実在する人物や団体とは一切関係がありません。
架空の創作物語です。

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