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あり得ない日常#71

「ねえ、あれも片づけておいてくれない?」

 あ、はい!

 例のセミナーが終わり、レンタル会議室の会場に備え付けのパイプ椅子と折り畳み式のテーブルをスタッフという名の新人会員で片づけているところ、先輩からそう声を掛けれられた。

 週末の金曜の夜、時計を見ると23時を過ぎている。

 バスはもう間に合わないから、せめて地下鉄の終電に間に合えば歩いて帰らずに済みそうなのだが。

 別に会社の仕事ではなく、あくまでプライベートの時間、しかもまだ収入は全くないが副業という位置づけで活動をしているため、このまま帰っても文句は言われないはずだ。

 ただ、会社の先輩がまだ帰らないのに私だけ帰るわけにもいかない。

 「終電大丈夫?間に合わないなら送るよ?」

 まるで大学のサークル時代を思い起こさせるが、どういうわけかこのビジネスメンバーにはイケメンが多い。

 そして、これは本当にビジネスと言えるのかどうか疑問に思えてきた。

 が、セミナー中もうっかり寝てしまいそうなくらいには体力に限界が来ているという中、しっかりとその疑問に向き合えそうもない。

 救いなのは、終電に間に合わなくても歩いて20分ほどで一人暮らしの自宅にはたどり着けるという点だ。

 先輩は今日も、どうやら自分の家には帰るつもりはないらしい。

 片づけるように言われたホワイトボードの文字を消す作業に入る。

 そんなに時間はかからないだろう。

 ちょっと大きめの子たちに紛れつつ、トイレへと向かう。
先輩の視線は無い。

 今だ。


 繁華街から一本外れた大通りを歩いて帰る。
地下鉄に乗るのも結局はあきらめた。

 定期券の範囲を越えているからだ。

 幸い車通りも多いし、橋を渡った先にはコンビニの明かりが実に心強い。


 どうやったらこの無償の労働が報われるのか。

 それは、誰かを紹介して加入させればいい。
そして、辞めさせない。

 そうすると、その人が紹介してくれた人の月額会費からも収入として私の手元に割合で入ってくる。

 つまり、加入してくれて、辞めないでいてくれて、かつ誰かをどんどん加入させてくれる人を入会させればいいわけだ。


 ビジネスってなんだっけ。


※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

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