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「音楽と女子高校生」ショートショート

3月19日 ミュージックの日
日本音楽家ユニオンという団体が制定。
ミュー(3)ジック(19)の語呂合わせから。

やばっ。
満員電車の中、イヤホンを落としそうになっただけで、生命の危機に直面したかのようにヒヤッとした。
これがないとわたしは、毎朝のこの苦痛に耐えられない。

電車で通学なんて高校生っぽくて大人っぽくて最初はドキドキしたけれど、今は後悔している。自転車で通えるところにすればよかった。

無事だったイヤホンを耳に着け、音楽を流す。
こうして周りをシャットアウトして自分の世界にこもることで、わたしはこの満員電車を何とか耐えている。

ほんと、音楽があってよかった。

音楽はわたしの精神安定剤。気分が落ち込んでいる時に応援ソングを聞けば慰められるし、楽しくなりたい時にアップテンポな曲を聞けばテンションが上がる。恋の曲を聞けば気持ちが盛り上がって切なさに酔える。
それにお母さんも若いとき流行っていた曲を聴くと若返ると前に言っていた。

音楽ってまさに万能薬。

それにイヤホンをつけて音楽を聴いていれば、周りの音を聞かずにすむ。
昨夜のお父さんとお母さんの言い争いもこれで聞かずに済んだ。

わたしが小学校高学年になるあたりから、お父さんとお母さんの仲がだんだん悪くなってきて、お互い接しないようになってきた。二人が会話している時は言い争っている時だけ。だからわたしは家にいる時は自分の部屋にこもるようになった。そしてリビングからどちらかの声が聞こえるとすぐさまイヤホンを付けて音楽を聴くようになった。

そうすれば嫌な音はもう聞こえない、もう大丈夫。もう怖くない。もう悲しくない。
何も聞こえない、何も知らない。
わたしはその嫌な世界から遠ざかって、自分だけの静かで平和な世界に沈んでいく。
だんだんと世界に自分が存在していないような気分になってくる。
存在していないなら、傷つけられることもない。
わたしは透明。


それに音楽を聴きながら世界を見ると、まるで映画のBGMのようで、よくある日常がとたんに映画の特別なワンシーンのようにきらきらしはじめる。
さっきから視界に入ってくる、いかつい顔したおじさんも、音楽を通してみると映画の愛すべき素敵なキャラのように見えてきて楽しくなってくる。

こうやってわたしは音楽に支えられている。
音楽が聴けない時は頭の中で曲が流れる。

校門前にこわくて苦手な先生が立っていてユウウツになっても、頭の中でダースベイダーの曲を流すとなんだか笑えてくる。

小テストで時間が足りなくなったら、運動会のテーマ。たんたーんたかたかたんたんたかたか。

授業中眠くなったら、星に願いを。オルゴールバージョン。だめだよけいに眠くなる。

わたしと友達2人のいつも一緒の3人グループ、授業でペアをつくらなければならない時、わたしが外されても。
知らないうちにわたし抜きで、その二人だけで遊びに出かけていても。
頭に音楽を流して悲しみもみじめさも感じないようにすれば、大丈夫、平気。
世界からちょっとだけ自分を離しておけば、何も感じない。



ほらね、音楽のおかげで今日も一日乗り越えた。
ああ、早く家に帰って部屋にこもって音楽聴きたい。外の世界をシャットアウトして自分の世界に浸りたい。それが一番安心安全。


わたしが学校から帰ると、お母さんがリビングでお菓子を食べながらテレビを見ていた。
わたしを見るとイライラした様子で小言を言ってくる。
昨夜のお父さんとの言い争いをまだ引きずっているのか、それともパート先でいやなことでもあったのか、お母さんはいつもよりイライラしている。
でもそれはわたしには関係ない、わたしにあたらないでほしい。

お母さんの言うことをほとんど無視するようにして、ジュースとお菓子を持ち部屋にいこうとすると、お母さんが声を荒げた。
「聞いているの? そうやってすぐ部屋に閉じこもろうとする」
それを聞いて頭にカッと血が上るのをわたしは感じた。
誰のせいでこうなったと思っているの?

「わたしが部屋に閉じこもるのは、あんたらのケンカがうるさいせいだよ」
つい口を出ていた。お母さんが一瞬ぽかんとした顔でわたしを見る。
しかしすぐさまお母さんの顔に怒りが浮かんできた。
これ以上攻撃を受ける気はない。
口を開きかけたお母さんを無視してわたしはリビングを出る。

怒っているのに悲しくて泣きそうで、わたしの感情はぐちゃぐちゃになっていた。
お父さんもお母さんも自分のことしか見てない。わたしを見ていない。
こんな環境で娘の心に悪影響を及ぼすかもなんて少しも考えてくれない。
自分の欲求を相手に受け入れさせることばかり、自分の内を満たすことばかり。
みんな、勝手だ。

自室のドアを乱暴に閉めてかばんを床に放り出し、わたしはイヤホンを耳に着けて音楽を流す。
肩で息をするほど興奮していたが、音楽を聴いているうちにだんだん落ち着いてきた。
もう大丈夫。もう怖くない。もう悲しくない。
ゆっくり深呼吸して自分を落ち着かせる。

どんなに悲しくても音楽を通して見れば映画の特別なワンシーンになるから。
ほら、わたし今、すごく主人公っぽい。
映画の主人公なら、きっと乗り越えられる。
だから大丈夫、大丈夫。


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