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ショートショート

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大体3分位で読めるそれなりにオチのあるお話をまとめてます。
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たぶん何かになっていく

このお話はタイトル忘れちゃったんですが、星新一のショートショートのネタバレが雑に含まれています。星作品をこれから読もうと思っている方はご注意ください。 「星新一のショートショートに、色んな物を食べてしまう男の話があってね」 カーテンに仕切られた狭い病室、半分起こしたベッドに背を預けた彼女はうつむき加減でこちらも見ずに話し出す。 「最初は普通に色んな食べものを食べるだけだったんだけど、まぁ食べ過ぎるんだけど、段々おかしなものを食べるようになって」 「うん」 「段々食べ

いつかのゴースト

最近、朝起きると透けた自分を見る。 気付いたのは、たまたま早くに目覚めた朝。最初は侵入者かと思ったけれど、見覚えのある服装と背格好。ああ、俺かと寝ぼけまなこで見ていると、身支度もそこそこに慌ただしく出かけていく。我ながら忙しないもんだと思いつつ、二度寝するということが何度かあった。 そんなことを、遊びに来ていた妹に話した。 俺の淹れたおいしいコーヒーにほぼ同量とも思えるミルクと砂糖を投入する暴挙の飲み物を満足気な顔で啜りながら聞いていたが、ふと思いついたように応える。 「

食べたいくらい愛してる

私が彼を食べる計画を立てたのは、半年ほど前のとある月曜日。 検査実験のためヒトの細胞の検体が必要になり、その志願者として彼が名乗りを上げた。私は一度検体を失くしたことにして、2度目の検体採取を依頼し『彼』を手に入れた。 彼が研究室にやってきたのは今春。成人男性としては華奢な体格でまだ高校生と言っても通じる童顔に、笑うとかわいい笑窪ができる。芸能人で言えば、と言いたいところだけど、私はそういう方面にとんと疎い。 一目惚れ、とまでは行かないけれど、私の緩やかな好意が半年を経

ハードボイルド2

【ブラウザ閲覧のみ】この文章は一度、そのまま最後まで読んで貰った後、とある仕掛けを実行してから再読して貰うと味わい深くなります。 霧雨にけぶる街の夕刻。 足早に通り過ぎる傘を待たぬ人々。 その傍らを、男は一人、悠然と歩いていく。 つとに、内ポケットの中でくぐもった電子音。 男は立ち止まり軽く眉を顰めて、内ポケットから発信源を取り出す。 「…」                                                      「もしもし、あなたぁ?

フォーリン・ドリーミン

と。 そこまで記憶はあるけれど その先がすっぽりと抜け落ちている。 デカダン詩的な人々?なんだそりゃ。 いや、それ以前にここは何処だ。今は何時だ? 少なくとも、この眼前に広がる青空は、さっきまでの夜と思えない。 慌てて身を起こすと、後頭部に鈍痛。 咄嗟に手で擦ってみたが、血は出てない。 良かった。いや、良くない。 寧ろ、こういう時は血が出てる方が良いって言うじゃないか。救急車! いや、待て待て、その前に。 ズキンズキンと響く痛みに耐えながら、現状を整理してみる。 昨夜、

ニュージーランドストーリー

「ニュージーランドってさぁ、どういうイメージ?」 隣を歩いていたきみこが急にそんなことを聞いてくる。 会社の研修でシャトルバスの集合時間に遅れてしまい、徒歩で会場に向かう羽目になって、新人ふたりでトボトボと歩道を進んでいたところで聞かれる設問としては、急としか言えない感じのやつである。 「ニュージーランド……えー、ググっていい?」 「いや、ググったらだめでしょ、あんたのイメージ聞いてんだから」 「そうは言うけど、あんまりイメージない。ロード・オブ・ザ・リングのロケ地ってこ

注文の多いゲーセン

「衣服を脱いで全裸になって下さい」 最初のゲートを潜ると、抑揚のない女性の声が聞こえた。 僕は服を脱ぎ、傍のトレイに置いた。 ゲートセントラル、通称「ゲーセン」。 数十人のよぼよぼの老人達と一緒にスカイカーゴに乗せられ その敷地内に入ったのが10分程前。 ゲーセンは一級市民だけが住める夢の都だ。 一度入ることさえできれば、何不自由のない生活が保証される。 その居住権は多額の献金、もしくは年に数回の抽選に当たるしかない。 無職の僕は、もちろん後者の当選組だ。 次のゲートで

チーズ

※この文章には、そこそこ残酷な表現が含まれています。苦手な方は特にご留意ください。 「チーズはあんまり好きじゃないの」 「なんで?」 「臭いが嫌い。味も嫌い。色も嫌い」 「全部嫌いなんだね」 「全部じゃないけど。 まぁだいたい嫌い」 ごぉりごぉりと鋸を引きながら、彼女はこちらも向かずに抑揚もなくそう答える。 脂で切れ味が鈍り、時折パィンパィンとひしゃげる鋸に、ちょっとだけいらいらしながら、彼女は意外と手際よく作業を続ける。 「よくさ?あるじゃない。ドラマとかで死体運ぶとこ

SUPER PITFALL

「スーパーピットフォールって知ってるか?」 差し入れのアンパンを頬張りながら、警部補は唐突に問い掛けた。 「いや、知らないです。絶叫マシンですか?」 応える部下の顔を見て、警部補の咀嚼が一瞬止まる。 「知らねぇか。まぁそうだよな。今いくつだっけ、須藤」 「先月で25になりました」 「25か。 あー、マリオは知ってるよな」 缶コーヒーのプルタブを押し開けて、グイと飲み干し、無糖はマズイなと言いながら、コンビニ袋へ缶を放り込んだ。 「あ、知ってますよ。スーパーマリオで

モイヤラカリスタ

 コンビニで妙なものを見かけた。 レジ横のホットスナック前に並べてある陳列台にひとつだけ、違和感しかないものが鎮座していた。 見た目は直径5cm、長さ10cm位の黒い棒状で、表面はマットな感じ。 「あ、それ、気になるでしょう」 僕の視線に気付いた店員が話しかけてくる。 「これ、なんなんですか?」 「わかんないです。いやほんとに。商品名も知らないし」 どうも、店長が独自ルートで手に入れたものらしく、とりあえず置いてるとのことだけど、そもそもそんなもの、チェーンのコ

菜食主義者

大学受験の為、僕は新婚の兄の家に厄介になることになった。 兄に会うのは久しぶりで、色々と話したいこともあったから、 受験という名目ながら、ちょっと楽しみにしていた。 ところが兄は帰りが遅いらしく、 僕が家に着いた7時にも、まだ帰宅していなかった。 迎えてくれた兄の嫁は線の細い美人で、 顔合わせで会ったきり、ほとんど初対面の僕はどぎまぎした。 促されて中に入ると、とっくに夕食の支度は出来ていて、 兄が帰れば晩餐はすぐにでも始められる状態だった。 義姉はそのままキッチンまで行くと

暇論

「こんにちは」 「こんにちは」 「また、いらっしゃいましたね」 「はい、…つい」 「以前来られた時には二度と来ないとおっしゃってたのに」 「いやぁ、その。まぁ、なんというか、売り言葉に買い言葉というか」 「あら、売ってましたかね。こりゃすいません」 「いえいえ、こちらこそ衝動買いで」 「ま、とりあえずお茶でも如何ですか」 「はぁ。どうも。頂きます」 「良いお茶がね、入ったんです。お客さんのお土産なんですけど」 「はぁ。お客さんの」 「もう要らないもんだ

詩人嫌い

嫌いな理由は色々あるが、何よりまず、あの色だ。 何とも形容しがたい、べっとりとくすんだ色。 そして、表面に滲んだ不規則なラメ色の筋。 その狂ったコントラストは、人を不快にさせるためとしか思えない。 臭いも酷いものだった。 幼い頃に一度だけ、捕らえられた詩人の檻に近づいたことがある。 当時は詩人も少なかったし、物珍しさも手伝って見物に行ったのだが 檻に近づき、その臭いを嗅いだだけで引き返したくなった。 性根の腐敗臭というものを嗅いだのは、後にも先にもその時だけだ。 今思えば、

シーソー

また死んでる。 ソファーに座り、口を開けたまま夫は死んでいた。 手にはTVのリモコンが握られている。 楽しみにしてるドラマ「約束の場所」を観るつもりだったのだろう。 私は、棚からいつもの蘇生薬を取り出すと 柔らかいカプセルに包まれた錠剤を、彼の具合良く開いた口に放り込んだ。 彼は生まれつき死に易い体質で、生き返らせることも意外と簡単だ。 薬瓶のラベルに描かれたインディゴブルーの蝶は 一昼夜で生き死にを繰り返すというどこかの国の伝説の蝶。 夫の症状も、その蝶から名前を取って