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シーソー

また死んでる。

ソファーに座り、口を開けたまま夫は死んでいた。
手にはTVのリモコンが握られている。
楽しみにしてるドラマ「約束の場所」を観るつもりだったのだろう。
私は、棚からいつもの蘇生薬を取り出すと
柔らかいカプセルに包まれた錠剤を、彼の具合良く開いた口に放り込んだ。

彼は生まれつき死に易い体質で、生き返らせることも意外と簡単だ。
薬瓶のラベルに描かれたインディゴブルーの蝶は
一昼夜で生き死にを繰り返すというどこかの国の伝説の蝶。
夫の症状も、その蝶から名前を取ってるらしい。
何だか南国的なややこしい症名で、詳しくは覚えてない。

しばらくしてカプセルが溶け、薬が効いてくるとみるみる血色が良くなる。
ゆっくりと目を開け、私を見つけるなり、おかえり今日は早かったね。とニコリ。

こうやって、人様に迷惑掛けないところで死んでくれるなら良いのだけど
こないだ、ラッシュ時の電車内で死んだ時は大騒ぎだった。
仕事先に連絡が入った時、同僚達が気遣う中をバツの悪い顔で病院に向かった。
掛かり付けのとこへ着いてみると、彼は既に蘇生済み。
仕事はどうしたの?と言いながらも、嬉しそうに笑っていた。
会社に戻ってから、同僚達になんて言おうかと思ってる私の気も知らずに。

そんな夫が暮らしていけるのも、彼の異常な強運にある。
ギャンブルなら必ず勝てるし、株だってどんな無茶だと思う取引でも利益を出す。
根が真面目な人なので仕事は普通にしてるのだけど、収入の大半はその恵み。
彼が言うには、人の一生分の運を死ぬ度に補充してるのだという。
言われてみれば、なるほどとは思うけど、どうも眉唾。

「君のそばだと、安心して死ねるよ」
彼は屈託のない笑顔で時々、そう言う。
ポクポク死なれる方の身にもなってよ、と思うけど
まぁ悪い気はしない。

そんな私達にも、子どもが出来た。男の子。
多分、この子も生死の境をのんびり行き来する。
いつか、私みたいに良く出来た女性が
嫁いできてくれることを願ってやまない。

まぁ、きっと運が良いから大丈夫、かな。

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