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モイヤラカリスタ

 コンビニで妙なものを見かけた。

レジ横のホットスナック前に並べてある陳列台にひとつだけ、違和感しかないものが鎮座していた。

見た目は直径5cm、長さ10cm位の黒い棒状で、表面はマットな感じ。

「あ、それ、気になるでしょう」

僕の視線に気付いた店員が話しかけてくる。

「これ、なんなんですか?」

「わかんないです。いやほんとに。商品名も知らないし」

どうも、店長が独自ルートで手に入れたものらしく、とりあえず置いてるとのことだけど、そもそもそんなもの、チェーンのコンビニで売って良いのだろうか。
僕は好奇心に駆られ、その謎の商品に恐る恐る手を伸ばしてみた。表面は存外に柔らかく、見た目よりかは、ちょっと重い。

「外箱もないんですよ、売る気あるのかって感じですよね。
 店の人間が言うのもなんですけど。あ、これ温めます?」

ブリトーを指差しながらお姉さんは聞いてくる。

「お願いします。あと、これも買います」

手に持った黒くて柔らかな謎の商品をレジに置いた。

「え、すごい、蛮勇」

お姉さんがマスク越しにもわかる位に驚いた顔をしている。確かに我ながら、経済を回すことについては割と躊躇がない。人それを衝動買いと云う。

ともあれ、黒い何かに貼られたバーコードを読み取った彼女は画面に表示される内容を見て声を上げた。

「あ、名前出た。モ イ ヤ ラ カ リスタ、だそうです。
 名前から何も想像できないのすごくないです?」

あーそれ同じ袋に入れちゃうんだと思いつつ、温まったブリトーと共に不可思議なそれをアパートに持ち帰る。一応、説明書も別添されていたけど、文字はなくイラストによる解説のみ。まぁおそらくは国内産ではないし、読めない文字だけが書いてあるよりはマシかも。

説明書に従って、よく触ってみると何か芯になる部分の所々に出っ張りがある。ボタンのようだ。イラストによれば、それを押すと先端から何か放射される雰囲気。イラストが絶妙にヘタで何が出るのか判別付かないので、念の為、風呂場で試すことにする。その前に程よい温かみのブリトーを食べる。

放射部と思われる方向をバスタブ側にして、少し緊張しつつ片手でモイヤラカリスタを操作する。ボタンを押しても特に音がする訳でもなく、放射部と思われるところから、何かが出てくる気配もない。

いや、よく見るとこれは……

ふと思い立って風呂場の電気を消してみると、暗闇の浴室、その白い壁に薄っすらと何かが映写されている。それは、僕だった。

正確には、僕を中心とした半径2mほどの空間が切り取られ映し出されている。その光量は薄く、細部までは確認できないけれど、どうやら、さっきのコンビニからの帰宅姿が、そこには投影されているようだった。

散り散りの怖い気持ちとわくわくする気持ちが、一斉に飛びかかってくる。これは、これは、いい衝動買いだ。

それから僕は、ヘタなイラストなりに正しい用途を伝えようとしてることを受け取れる位にはモイヤラカリストになり、光量の調整や投影角度、ズームなんかも操作できるようになった。

結局、どういう仕組みで動いてるのかわからない、どこから何によって撮られてるのかも謎、なんだけど、少なくとも撮影されるのはそれを持っている間だけであり、投影できるのは自分の範囲だけ、ということはひとつの安心感となった。

そういう訳で僕は、常日頃からこの愉快なガジェットを持ち歩き、一日の終りにまっくらな湯船で自分の行動を振り返る、という愉しみを持つに至った。

ただ、ひとつ気掛かりがあり、とにかく早いうちにあのコンビニの店長に聞いておかなければいけないことが。

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