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【掌編】皮の剥き方 “小さな口福”

竹かんむりに旬と書いて「筍」。

今年はもう無理かと思っていた。
卵を切らしていることに慌てて、いつもは寄らないスーパーで見つけた旬の味。思わず4〜5本買って帰りたくなるところをぐっと堪える。

「そんなにたくさんあってもいっぺんに茹でられないでしょ、どうすんの?」

そう呆れられるのがわかってる。
大好きな筍のことで、大好きな君と喧嘩したくはない。

同じ理由と、大きい方がエグみが強いらしいという2つの理由で、欲望をぐっと堪えながらほどほどの大きさのものを選ぶ。
でも値段同じなら、もう少し大きいこっちがいいかな。
いや、絶対うちの鍋には入らない。
この大きさの2本ならお買い得かな。
いや、この大きさなら3本いけるか?
でも入らなかったら、最悪だ。

落ち着け自分。

散々悩んで、結局、中くらいよりやや小ぶりのものを2本。
カゴに入れてレジまで行って、肝心の卵を買い忘れたことを思い出す。

慌ててかけ戻ると、6個パックしか残っていない。
どうしよう。
少し割高。
でも君が卵焼きでも食べたがったら、あっという間になくなってしまう。

卵だけ買うつもりで持って出た、クッション付きの小さめのエコバックが功を奏した。筍を下に入れて、ちょうどその上に2個の6個入りパックが並ぶ。これなら、帰りに割れる心配はないだろう。

ーーーーー

「ただいまー」
「おかえりー、あれ?卵?」
「そう、もうなかったから。」
「そう思って買ってきちゃってたよー」
言いながら冷蔵庫を開けて見せる君。
10個入りパックがどんっ。
「これで卵、食べ放題だね!」
私が買い物がダブついたとぼやく前に、先制攻撃の笑顔。
「どんだけ卵好きなんだよ、卵になっちゃうぞ」
「いいんだよ、理想はポワロ、灰色の脳細胞だから」
「いや、別にポワロは卵食べて、名探偵やってるわけじゃないから、体型のこと言ったらたぶんポワロも怒るよ」
「ノン!haf veiy beci natfcm l’arfq cpkt!!!ってね」
デタラメフランス語で怒るふりをして君が笑う。
私も笑う。

「あ、筍!あったの?」
「そう、今年最後のかもしれないのが偶然ね。」
「やったじゃん!」
「ごめん、お腹空いてるとこ申し訳ないけど、これだけゆでちゃっていい?」
「え?…いいけど…。」
「時間かからない、一瞬一瞬!」

そう言って、シンクにごろごろっとひっくり返す。
「2本買ったんだ、え?入る?」
「入る入る、小さめだし、外側の皮は剥くし。」
「え〜、そうかなぁ?」
「とりあえず洗っちゃうから待ってて。」
「あ、ちょっと待って!これつけて!」
ゴム手袋を差し出してくる。
「痒くなるんでしょ?なんか小さい棘が刺さるとかで。って、うっわ!考えただけでも痒い!」
元々、そういうのに強い体質ではあったのだが、そういえば最近は手荒れなんかもするようになってきた。ここはおとなしくアドバイスに従っておこう。

ざぶざぶ洗って、いかにも、竹!という感じの皮を剥く。厚い皮を何枚もはがしていくとふわっと香る青い匂い。
「もう竹だねぇ」
のんびりとした感想を言いながら、君が、圧力鍋を引っ張り出してくれた。

あれ……
意外と……

「ほら、絶対入らないよ?」
「だ、大丈夫、ほら、穂先は切るから。」
「そうなの?」
君の疑心暗鬼と自分の見立ての甘さを振り切って、まな板に半裸の筍を置く。包丁を持ち、ぐっと切り込みを入れようとする。もう自分が竹に成長することを知っていたように、穂先は固い。滑りそうになるところをぐっと押さえて、テコの原理でぐいぐいと切っていく。

「うわ、ほんと竹って感じだね。こわいこわい、手切らないでよ」
「大丈夫大丈夫、見た目よりは柔らかいから」
包丁にキシキシギシギシと繊維を断ち切る感触が伝わる。竹取翁の気分。中から現れるのはかぐや姫ではないけれど、私にとってはもっと楽しみが詰まってる。

穂先を切り落とした2本の筍を圧力鍋に入れる。

が、

「入らないよ?どうする?」
ちょっとだけにやにやしながら君が言う。
「もう少し先っぽ切ってみたら?たくさん食べたくて残し気味になるのはわかるけど」
見透かされてる。
ここは素直に穂先をさらに切り落とす。
ぎゅうぎゅうに詰まった円の連なる断面。そこに縦に切れ目を入れる。バラける皮をさらに剥く。

これならどうだ。

「まだ無理っぽいよ?」

そんなこたわかってる!
しかしどうしよう……
とりあえずもう少しだけ剥こうかな。
あ、あとこの下のところも硬すぎるだろうし、少し切っておこう。

あと一枚剥ぐか剥がないか。
徐々に痩せていく筍。
あんなに持ち重りがしたのに、気づけば6個入り卵パックと同じくらいの大きさに。

だめだ、まだ入らない。
うちの圧力鍋、縮んだんじゃないの?

「あのさ、なんか全部剥いてしまってもいいらしいよ。」

横で何かコソコソしていると思ったら、スマホで検索していてくれたらしい。
どれどれと覗き込む。

本当だ。

よく味が抜けるとか言うけれど、でも背に腹はかえられない。

ばりばりっと、先っぽに入れた切れ目から、指を入れて。
茶色い部分は全て取り除くくらいの気概を持って。
躊躇ったら負けだ。

「ほら、入った。」

(これは実際に我が家で茹でる前の状態の筍さんです)


使い込んでやや茶色くくすんでいる鍋肌に、白い竹の命の芯が静かに重なり合う。

「これであとはどうするの?」
「お米を入れて茹でるだけだよ、多分。いつもはそうしてる。皮剥いて茹でる初めてだからどうなるかわからないけど」
「どのくらい茹でるの?」
「圧をかけてから10分くらいかな。あとはほったらかし」
「へえ、意外と簡単なんだね、………でも、もう無理!お腹空いた!」
「だよね、ごめんごめん、すぐ作るから」
「今日のご飯なに?」
「残り物多めで申し訳ないけど、すぐ出せるし、呑みの日にしよっか?」
「出汁巻玉子!卵焼き作って!」
「了解!」

2パック買っておいてよかった。君が買ってくれた分も含めたら、22個か。

シュシュシュシュ、圧力鍋が軽く歌い出す。
心地よい響きが、おうち居酒屋の開店を告げる。
きっと明日は、春の名残の筍づくしが、メニューにずらりと並ぶだろう。

ーーーーー了

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