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【ゆる書評】山崎豊子『白い巨塔』(豊子忌によせて)

先日、無事読了いたしました。

いや、思わず、【週刊読書録】2週に渡り紹介してしまうくらいに没頭。

大人になってもそういう読書体験できるって、本当に幸せなことだな。
(って、『白い巨塔』自体はそんなハッピーエンドな話ではないですが)

そして本日9月29日は山崎豊子先生の命日「豊子忌」。

改めて、たいそうゆる〜くではありますが、5巻通しての感想というか書評というかを書いてみたいと思います。

よろしければお付き合い下さいませ。


『白い巨塔』

それはもはや大学病院の代名詞にもなっている言葉だ。

小説の中では、前編の最終盤で次のように表現されている。

しかし、これが現代の白い巨塔なんだ、外見は学究的で進歩的に見えながら、その厚い強固な壁の内側は、封建的な人間関係と特殊な組織によって築かれ、微動だにしない非常な世界が生きているーー。
新潮文庫『白い巨塔』(三) P376

難攻不落の魔王の城のような言われようだ。

特に古い時代のパターナリズム的な医療において、主治医の言葉は絶対。
さらに上司や教授の言葉は、反論の余地などない侵すべからず神の意志のようなものだっただろう。

この小説が発表された当時(正編:『サンデー毎日』1963年9月15日号〜1965年6月13日/続編 同誌 1967年7月23日号〜1968年6月9日号)も、それがおそらく当たり前だった。

今でも確かにDr.の指示というものの権限は強い。
私の勤める小規模な病院であっても、それは確かではある。

だが今やインフォームド•コンセント、ドクハラ、パワハラに加え、SNSや口コミサイトなど、医者や医療職に対する世間の目の厳しさがある。

主人公財前五郎がいかに手術がうまかろうが、SNSで「あの先生は手術はすごいけれど人の話を聞いてくれない」なんて拡散されたら、確実に患者は減るだろうし、里見脩二がどれだけ真摯に患者と向き合ってくれようが「あの先生は検査が多くてしんどい」と口コミに書かれたら、やはり患者は来なくなるだろう。

そう思うと世知辛い世の中だ。

この小説はそういう前時代的な世界を描きながら、なお古びない魅力がある。

それはひとえに、例え時代背景が違っていても、人間同士の感情のぶつかり合い、信条のせめぎ合いといった普遍的なものが描かれているからではないだろうか。

そう思って読むと、この小説は誰もが主人公であり、正義であり、そして同時に不義でもある。

また、人には必ず、「あの時こうしておけばよかった」、「あんなことしなければよかった」と言った後悔や自己嫌悪に苛まれることがあるだろう。

主人公財前五郎は強権的であり、絶対的な存在のように描かれるが、決して忸怩たる思いを抱いていないわけではない。

他の登場人物もそうだ。

フィクションでありながら、この小説には、それぞれの立場における葛藤を見事に描き出している。

そのリアルさ、それこそがこの『白い巨塔』という物語の真の魅力なのではないだろうか。

またこの小説のすごいところは、これ自体が「医療事故」≠「医療訴訟」ではないことを考えさせる内容にもなっていることだ。

医療に限らないことではあるが、「絶対の安全」なんて保証はない。

そこにいかに向き合うか、それが大切であることをこれほどまでに、それもそう言った観点がまだ少なかったであろう時代に描ききっている。

むしろ、この後の医療界を変えていくほどの力を持った作品でもあったかもしれない。

実際に今や医学部を卒業した学生は、問答無用で医局に所属するのではなく、自分で研修先を探す方式に変わっているし、小説内に描かれる無給医は建前上はいないはずだ。

制度が変わっていった一端に、この小説の影響があったであろうことは想像に難くない。

これもまた『白い巨塔』が類いまれな作品である一因だろう。

読んだことがない方はぜひ一読を。
もしとっつきにくいのであれば、映像化も多くされている。
原作との違いを楽しみながら観るのもまた一興だろう。
(他のを観ていないから、比較は出来ませんが、唐沢寿明版はお薦めです。)

一度、読んだことがある人も、ぜひ再読してみてほしい。
それもできれば財前五郎の目線で。

そうすると、意外にも魑魅魍魎の蠢く中、奮闘する財前という構図すら、浮かんでくるかもしれない。


今度は『華麗なる一族』を読んでいます。
また違う世界の光と闇。
改めて山崎豊子先生の筆力、そして魅力に惹き込まれているところです。


最後までご覧くださり、ありがとうございました。

皆様にも素敵な本との出会いが訪れますように📚

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