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【66】行動経済学から見る「読み手に対して効果的な文章術」について(前編)

皆さまは「行動経済学」という学問分野をご存じでしょうか。
ここ15年で、3回もノーベル賞を獲得した、現在最も注目される学問分野の一つです。

この学問分野が注目される理由は「現実の問題解決に役立つから」。
現在では政府や軍組織の問題解決に大きな貢献をしており、その影響力の大きさで知られています。


この学問分野が汎用的な問題解決に役立つ原因は、この学問分野が「人間の判断の錯誤」を取り扱っていることにあります。

人間が同じシチュエーションに対して、同じような判断を下しやすい、という知見は、特にマーケティングのシーン、人事施策のシーンなどで大きな力を発揮します。


そこで今回は「文章術」について、特に「読み手に対して効果を発揮する」ための文章について、行動経済学の知見から何が得られるのかを紹介します。


コンサルタントはマーケティングが下手

まずは、ちょっとした昔話からです。

私が在籍していた会社のコンサルタントは、お世辞にもマーケティングがうまいとは言えませんでした。
いや、はっきり言うと、マーケティングがへたくそだった、といってよいと思います。

事実、ほとんどのコンサルタントは自分で仕事を取ってこれません。

なぜかというと、会社のブランド力がありすぎて、マーケティングが(ほぼ)不要だったからです。


かくいう私も入社する前は「コンサルティング会社はどのように仕事を獲得しているのか?」をまったく想像できませんでした。

マーケティングのマの字も知らなかったのです。


そして入社後、分かったのは、「会社のブランド力」の強さです。

セミナーや著書を打ち出せば、それなりに見込み顧客が集まってくる上に、監査法人にパイプがあるので、そこからも仕事が紹介されてきます。

また、「検討のリストにとりあえず入れる」という、大手企業からの問い合わせには事欠きません。


だから、ほとんどのコンサルタントは「仕事を獲得する技術」には疎く、「仕事をこなす技術」だけを持ってました。

そういう意味では、彼らは「起業家」とは一番遠い存在かもしれません。
起業家や中小企業は「マーケティング」こそ命だからです。


ブランド力のないスタートアップや中小企業は、自力で顧客を開拓し、市場を作り上げていかねばなりません。

ある意味でそれは商売の真の醍醐味なのですが、ほとんどのコンサルタントはそれを理解しておらず、場合によっては「営業活動が嫌い」と公言する方すらいます。
(ただし、公平を期すために言えば、コンサルタントと同じ界隈の、会計士や弁護士、医師などの士業の方々も似たようなもので、そういう文化なのかもしれません)


だから大手のコンサルタントは、実際のところ、「仕事を創り出す」ことについては、ほとんど皆、素人といっても構わないでしょう。
(だから、独立する人も少ないのです。)


マーケティングをやらざるを得ない部署への配属

ところが私が配属された部門は、たまたま「中小企業専門」の部署でした。

中小企業は監査からの紹介がほとんどなく、また「価格」に非常にシビアで、仕事の獲得が難しいのです。また、地方では会社名のブランド力が通用しないことも多かったです。

そうなると、自力でクライアントを開拓する必要があります。


だから、私たちの部署は、大手企業を相手にする会計士とコンサルタントばかりの中で、社内で孤立していました。

仕事を獲得するためのチラシをつくったら、「品位を損ねる」と、社内の広報からクレームが来るなどは日常茶飯事でした。


それでも、会社が売り上げを作っていくためには、マーケティング活動は必須でした。

特に私の上司であった経営陣の一人は、営業とマーケティングに異常なまでに情熱を注ぎ、どうすれば仕事を獲得する仕組みを作れるのかの研究に余念がありませんでした。


あなたの会社が90日で儲かる?

そして、その上司が絶賛し、強く勧めていたのがこの連載で2度ほど紹介している、神田昌典氏の著書「あなたの会社が90日で儲かる」でした。

初めてこの本と出合ったのは約10年ほど前。

当初私はタイトルのキャッチさに「90日wwww怪しい本だなwwww」という感想しか持てず、上司の勧めも放置していました。


しかし、マネジャーとなって予算を背負わされ、「仕事の獲得」が必須の仕事となると、背に腹は代えられず、私は数々のマーケティング本に手を出しました。

そして知ったのです。
確かに、この本に書いてあることは、的を射ていると。


その中でも、特に役に立ったのは、「キャッチコピーのつくりかた」でした。

今とは違い、他社の文言を研究しにくいチラシやDMが顧客開拓の主流だった10年前は、チラシに何を書くべきか、きわめて情報が少なかったからです。

しかし、この本は極めて具体的な事例を示してくれました。
他のマーケティング本と比べても、「理論」ではなく「実践」の知識が多かったのです。


例えば、特に私が「なるほど」と思ったのが次の話です。

ーーーーーーーー

2つのキャッチコピーがある。
いったいどちらが反応がよいか。


1、経費節減はまず航空券から、航空券予約前にまずご一報を
JAL・ANAビジネスクラス 最高30%OFF

2、「まだムダ金を航空券に使いますか?」
JAL・ANAビジネスクラス 最高30%OFF

マーケティングに詳しくなくても、下のキャッチコピーのほうが反応がよいことはなんとなくわかるのではないでしょうか。

実際、著者によれば、下のコピーは上の10倍の反応だといいます。

その理由は「生物は快楽を求めるよりは、苦痛から逃れるほうがより強い行動要因になる」から。

実は、すべての生物は、アメーバを含めて、次の場合に行動を起こす。①快楽を求める。②苦痛から逃れる。 行動する原因は、この二つしかない。 しかも人間もアメーバも、快楽を求めるよりは、苦痛から逃れるほうが、より強い行動要因になるのである。
(出典:あなたの会社が90日で儲かる)

これを見たとき、私は「ほんまかいな」と思いましたたが、ともかくアドバイス通りにやりました。
最初から疑っても仕方がないですからね。まずは試してみる。


結果的に、確かにこれはうまくいきました。

そして、それ以後のチラシのキャッチコピーはすべて「お客さんを苦痛から救いますよ」というメッセージを込めることにしました。


そのため、この話は長く、私の心の中に残ることとなったのですが、唯一引っ掛かっていたのは、「なぜそうなのか」がわからなかったことです。


行動経済学「我々には損失回避性が埋め込まれている」

そして2012年。
会社を辞め、起業した私は、再度、忘れえぬ一冊の本と出会いました。

タイトルは「ファスト&スロー」。行動経済学の始祖であるダニエル・カーネマンによる著作です。

知人に勧めると「読みにくい」といわれることがほとんどなので、最近はあまり他人に勧めることはないのですが、ライターやマーケティングを志す方なら、必ず読んでおいたほうがよいと思います。


ちなみに、私は不思議とほとんど苦労せず、一気に読んでしまいました。おそらくその理由は「私が抱いてきた、ビジネスの意思決定における様々な疑問」に対して、かなりの割合で解を与えてくれるものだったからです。

文中の実例がことごとく、「あー、あの時のあの発言かあ」と思い浮かぶので、本を読むのは非常に痛快でした。


そしてその一つのエピソードが、まさに神田昌典氏の「キャッチコピーは苦痛から逃れることをアピールせよ」という話だったのです。

実は、行動経済学の知見では、人間は「得が好き」以上に、「損が嫌い」であることが判明しているのです。

「人間の倫理的な直観には強力な損失回避性が埋め込まれている」こと。
これは、私にとって「苦から逃げるキャッチコピーを使うこと」に根拠を与えてくれました。

そして、永い間の疑問が晴れた私は、他に役立つことはないかと、行動経済学の本を読み漁ったのです。


しかし、カーネマンはこれらの知見について警告もしています。
「懲罰の苦痛を避けようとするあまり、個人の財産や、政策の健全性や、社会の幸福を損なうような行動に走りかねない」
と。

単純に言うと、「損を嫌うあまり、そこに付け込まれて、他者に行動を操作されてしまう恐れもある」ことになるのです。

行動経済学の知見は、強力すぎるので、悪用もできる。
この警句は私にとって、自らの行動を律することの再確認にもなりました。


行動経済学の知見を良いほうに使えば、病院での医療事故を減らし、学校での無料の給食サービスに申し込む貧しい子供を増やすことができ、年金の積み立てを皆が無意識に行うことができる。

しかし、悪いほうに使えば、消費者に企業が必要のないものを買わせたり、錯誤に付け込んで社員に不利益な選択をさせたり、世論をあおったりすることすら可能なのです。


それであるがゆえになおさら、「書き手」は、人を操作するような文章に通じている必要があります。
自分がそうした情報操作に加担しないように、あるいは悪意のある文章を見抜くためにです。


行動経済学から見る「効果的な文章術」

では、どのような文章が、読み手や顧客に効果的なのか、いくつか行動経済学の知見を挙げていきましょう。

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