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「20代と30代って、仕事も恋愛も全然違うんだよ」

「ちゃんと仕事もして、外見だって悪くないし、性格もいいのにね。モテそうなのに」

あー、出た出た。「モテそう」フォロー。相手は悪気がなくて、こうやって斜に構えてしまうところが自分はモテない側なんだって痛感する。

「モテそう」って言われる人は、モテない。モテてる人は全然違う言葉を言われるからだ。例えば「今度は2人で会いたい」とか「好きになっちゃいそう」とか。モテる人は「モテそう」なんて思われる前に、もう惚れられている。

30代になって、周りが結婚とか出産とか、家を買うフェーズに行っているのに、自分はまだ恋人すらいない。正直、こいつよりはモテるだろと思っていた存在が、「結婚しました」とFacebookで報告していて腰を抜かすかと思った。そうやって他人と比べるところがダメなんだっていうのはわかる。でも、みんな他人と比べてひがんだり、優越感にひたったりしてんじゃん。

学生時代からつるんでいるサトウが「安心できる人と刺激的な人だったら、後者をとっちゃう」と言っていたのが頭に引っかかっていた。久しぶりに飲みに行って近況報告がてら、あの言葉の意味を聞いてみようと思った。

結論から言うと、口論になった。だからこんな文章を書いているのだ。

***

久しぶりに会うサトウは、彼氏と同棲する前と全く変わってなかった。相変わらず、10分遅れで待ち合わせの居酒屋につくなり、「ごめんごめん」と言いながら向かいの席に座った。

首をすっぽり包む大きめのタートルネックのニットにゆるっとしたデニム。顔にはアイラインがピッとひかれているけれど、ラメとかパールみたいにキラキラ光るものはのせていないようだった。爪は男ウケしなそうなビビッドな水色のネイルが施され、ツヤっとした黒髪は耳ぐらいの高さで結われていた。

恋人ができると、幸せボケして急に変わる気がしていたけれど、サトウはそういうタイプではなかったようだ。ちょっと前まで、アラサーにもなって、恋人がなかなかできないという同じ悩みを抱えていた友人の「変わらなさ」にホッとした。

本当は真っ先に「俺はどうしてモテないんだ」とか「この前言ってたあの言葉の意味は何なのだ」と聞きたいところだけれど、グッと飲み込んだ。軽く乾杯した後、ほぼ台本どおりの「最近どうなの?」という、つまらない質問をした。サトウは「んー…」と相槌を打った後、「私さぁ、多分結婚するっぽいんだよね!」とカラッとした声で重大発表をかましてきた。

思わず、口にふくんだビールを吹き出しそうになる。まじで? いや、同棲したとは聞いてたけど、付き合ってからそんなに日にち経ってなくね?

サトウの話によると、在宅ワークで一緒にいる時間が長くなった結果、「この人と四六時中一緒にいてもストレスがないこと」がわかったから結婚することになったらしい。割と味気ない理由だったので、少し驚いた。嫌味を言うつもりはないけれど、ナチュラルに「ストレスないから結婚って」とツッコミを入れてしまった。

サトウは「えっ、変かなぁ」と言いながら、ひと口餃子をつまんでいる。

「30にもなると、趣味とか価値観とか生活スタイルが全部一緒な”運命の人”っていないって気がついてさぁ。折り合いをつけるっていうのが前提になってくるときに、それがストレスなくできる人って、すごい相性いいってことなんだろうなって思ったんだよね」

餃子を食べながら、訥々と話すサトウは妙に悟っているように見えて、選ばれた人間の余裕を感じさせる。「まぁ、私のことはいいからさ、最近どうなの?」と言われたので、俺は近況を話した。

・職場で自分が適切に評価されてない気がするのでやめたい
・転職するなら年収アップしたい
・コロナで出会いが減った(気がする)
・Uber Eatsを使いすぎて出費が嵩む
・元カノから連絡が来たが何も起きなかった
・寂しい

我ながら、どうしようもねぇなと情けなくなる。まぁでも「寂しい」という感情を吐露できるぐらいには大人になったとも思う。

「私、最近採用もやってるんだけど」と、サトウが口を開いたので驚いた。3年前にスタートアップに転職してからバリバリ働いているのは知ってたけど、まさか採用にまで手を広げてるとは思っていなかった。サトウの会社にリファラル採用的に誘ってもらえる可能性もあるかもしれないと、邪な考えも湧いた時だった。

「採用視点で言うと、きみは……うちでは雇えないかな」

えええええええええ。そんなばっさり言う? てか俺の仕事姿見たことなくね? 豆鉄砲を喰らったハトみたいな表情をしていると、サトウは空になったジョッキを置いて、もう一杯メガレモンサワーを頼んでいた。

「最近思うんだけど、30代の転職と20代の転職って見るところが全然違うんだよね。20代の転職って割と投資感があって、やる気とかがあれば雇える。給料もそんなに高くなくていいし。でも30代ってなるとさ、何ができるのか明確にわからないととりにくいんだよね。マネージャー経験とかあるっけ?」
「……ない」
「だよね。マネージャー経験なくても、スペシャリスト的な実績とかは?」
「……ないです」

今まで転職した回数は2回、1回目は新卒で入ったPR会社の上司たちのパワハラ気質が合わなくて辞めた。2社目に入ったのは、IT系。エンジニアではないので、普通にバックオフィス業務についた。だいぶホワイトに働いていたけど、このまま一生ぬくぬくやってていいのかと思って辞めた。これが27歳のとき。今は自分の経験も生きるかな〜と思って、ネット広告会社に入ったものの、周りがグイグイ系で居心地が悪い。政治力というか、発言力のあるヤツが重宝されているのをみると、地道に仕事やってる系の自分としては腑に落ちない。まぁ、評価が正当じゃねえなって思ってる。

「なんか、30代の転職って『それまで自分が何をやってきたのか』がすごく問われる気がするんだよね。きみとは付き合いが長いから、ある程度仕事のこととか知ってると思うんだけど、割といつも会社が不満だからやめるって感じで転職してきたじゃん?」
「……」
「しかも30代だとある程度の額を給料で支払わなくちゃいけないからさ。専門性かマネジメント経験は欲しいところ」
「……」
正論パンチを正面から受けて、何も言えない。確か俺たちが新卒ぐらいの時から「終身雇用から流動的なキャリアへ」みたいな流れがあったじゃんか……。毎回毎回、頭捻って対策して転職してきたけど、無意味だったってことなのかよ……。別に軽い気持ちで転職してきたわけではない。全部、ここで活躍すると本気で思ってた。足掻いて足掻いて今があるのに、なんでそんなこと言うんだよ。

黙っていると、レモンサワーを一口飲んだサトウが口を開いた。

「きみのやりたいことって何?」

え……。

まるで面接官みたいな質問にたじろぐ。俺の右手で握りしめた空のジョッキの中で、氷が溶けてコトっと音がした。

「なんか偉そうに、申し訳ないんだけど……やりたいことがあって、それを実現するために仕事ってあると思うんだよね。きみが転職する時って、いつも年収とか華やかさとか、見栄で選んでる気がする。だから、改めて聞いちゃった」

なんだよそれ。腹の底から怒りが湧いてくるけど、答えられない焦りの方が勝った。いつも転職の面接ではちゃんと志望動機は「作ってきた」。でもそれは、あくまで面接を突破するための戦術的なものであって、仕事抜きに「やりたいこと」を聞かれると、さっぱり思い浮かばないのだ。

「まぁ、いきなりこんなこと聞かれてもびっくりしちゃうよね。でもそれってさ、恋愛とかも同じなんじゃないかな〜って最近思うんだ」

恋愛も同じ? 仕事がデキるヤツはモテる説の話をするのか? それとも俺が本当に聞きたかった「いいヤツ止まり」の問題の解決策を教えてくれるのか…? 興味のあるトピックに、怒りは秒で消えた。「どういうこと?」。

「女の子と2人でごはん食べに行ったりするけど、コンバージョンが下がってるって言ってなかった?」
「コンバージョンって…。いやそうだけど」
「なんか、20代で上手く行ったやり方って30代だと通用しないな〜って思うんだ、私」
「あー……わかるわぁ。なんでだろ」
「やっぱ若さってボーナスタイムだと思うんだよね。何もしなくても人が寄ってくる。でも30過ぎるとそうは行かない」
「きつ……」
「今、女は年齢大事だからって思ったでしょ? 男もだからね!」

半分笑いながら話すサトウは、俺のことを指差している。まぁ、そうだ。女は若い方がいいよなって思ってたから……が、どうやら男もそうなのか……? まじで?

「今は女の子も稼ぐ時代だから、玉の輿願望って弱くなってきてるんじゃないかなぁ。っていうのと……」

勿体ぶってるのか、サトウは顔より1.5倍ぐらい大きなジョッキに入ったメガレモンサワーを飲み干した。

「きみは、"あわよくば精神"が強過ぎる」

あわよくば精神。聞き慣れないものの、胸に突き刺さるワードだった。そういえば、サトウはこういう自己流の造語を作るのが得意だった。

「あわよくば、可愛い女の子と付き合いたい。あわよくば、今夜この子を持ち帰りたい。あわよくば、あの子と付き合いたい。あわよくば、給料の高い会社で働きたい。全部、"これじゃなきゃダメ"っていうきみの意思がないじゃん」

サトウはそう言いながら、呼び出しボタンを押す。まるで待ち構えていたかのように店員がやってきて、またメガレモンサワーを注文していた。人にどぎつい言葉を放っておいて、次から次へと酒をかっこむ。

「なんだかんだ、きみは誰でもいいんだよ。その上で人のこと査定してるんだよ。まじで、いい加減に目を覚ましなよ。もうそういう年齢じゃないんだよ? ボーナスタイムは終わったの。いつまで空から美少女が降ってくるって思ってるんだよ。30にもなって自分探ししてるヤツに、惚れるわけないじゃん」

サトウの泥酔具合は慣れているものの、酔拳のパンチはあまりにキツい。ムカつくけど吐血しそうだ。

「……じゃあ、お前はどうなんだよ」

ボコボコにされたままだと、腹の虫がおさまらない。なるべく落ち着いて、反撃に出る。結婚するヤツはそんなに偉いのかよ。

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以前、noteに書いた「アラサー、恋人ができない、わからない」というフィクションの続きです。このあとも続けるのかは検討中。

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