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サクラの日記

毎日夜に日記を書くように創作していったもの。自分でも思いがけない展開になったり、創作上の転機にもなった作品です。裏テーマは「片思い」と「声」で、恥ずかしながら実体験も混ざってます。フェチ小説だけど、自分としては純文学のつもり笑。サクラという名前は、よくコメントをくださった方の名前を使わせていただきました。サクラちゃん、また見てくれたら嬉しいな             Yuutsuki拝

2009年11月23日 (月)
pain&therapy−1


日記を書こうと思う。

手帳にメモ程度のものは
常に書いていたけど、
「日記」として書くのは久しぶり。
 
私にとって...
日記を書くことは、
封印を解くことに等しい。


中学の時
クラスの男子を好きになって、
日記を書きはじめたことで気付いた。

書く度にどんどん思いが募ること。

書いている内容が、
その時本当にそう感じたことなのか
わからなくなること。

言葉が一人歩きして、
自分自身が呑み込まれてしまう感覚.。

言葉とは,言霊。
言葉にしてしまうと実現してしまうという
一種の「呪」だというが
本当だ。

少なくとも、私にとっては。
 
それなのに、
今、日記を書こうとしている

(あ、もう書いてるのか)

年を重ねるごとに、
勢いやノリだけで付き合い始めたり、
確信犯的な恋愛ばっかり
するようになってしまったけど、
本当は片思いが好き..。

ドキドキしたい。

触れるか触れないかの距離で
電流が走るような感覚。

何をしていても
その人のこと考えてたり、
前にあったことを何度も何度も
脳内リピートしたり..。

思うように話したり、
ふるまったりできなくて、
自分に腹を立てたり悔やんだり..

もちろん両思いでも
ドキドキはあるけど、
そのレベルはあまりに違う気がする

たぶん、私は恋をしている自分が
好きなナルシストなのだろう。

それに、手に入らないものほど
欲しくなる、エゴイストでもある。

ああ、それにしても..
これほどもどかしい片思いは初めて..

どうやってアプローチしたら
いいかもわからないし、
二人っきりに
なるチャンスもほとんどない。

近づくことさえできないこともある

私はただ..
あの人のいる場所に通うしかない。

不自然ではない頻度で

行く必要があると思われる状態で..

日記とは
たとえ鍵のかかるものであっても、
誰にも見せる気がなくても
他人(客観視している
自分という存在かもしれない)を
意識して書かれるものだろう。

だから、ここでは
まだ片思いの人と自分の関係については
秘めておこう
 
今日は、日記を書く、
という自分の意志を
確認するだけに留めておこう

今まで、久しぶりに片思いしている
自分に戸惑っていたが、

これからは、
日記を書くことで自分の感情を
コントロールしていこう。


この恋は..
このままでは何事もなく、
立ち消えになってしまう.. 

具体的に行動を起こさなければ。

たとえ無謀だとしても..

 

2009年11月25日 (水)
pain&therapy−2

あーあ。
今日も何とか無事に終わった。
って日付変わってるけど..
 
昨日から日記書く、って
決心したけど、
なんだか今日はテンション低っ...
眠いし..どうしよう...

とりあえず、状況整理してみるか

あの人と初めて会ったのは
いつだったんだろう?

右足首を捻挫したのが8月末。

軽い捻挫だったから
病院には行かなかったけど、
痛みがいつまでも引かなない
どころか、
なんかひどくなる気がして..

友達に紹介してもらって、
あの人のいる治療院に行きはじめたのが
確か10月入った頃だったような気がする..

最初は気にも止めなかった。

最初に担当してくれたのが
あの人だったのは覚えてるけど

おとなしくて優しいただの男(ひと)..

そんな印象だった

右足をかばっているせいで、
肩こりや腰痛もひどく、
左足もパンパンだったから、
全身をマッサージしてもらった。

治療院には大先生の他
2人の先生がいたけど、
最初に担当してくれたせいか、
いつもあの人が見てくれていた。

いつから....
意識するようになったのか、
よく覚えていない

でも、最初は声だった..

優しい、ちょっと甘い声と、
独り言のような話し方..

そして、
私の体を愛撫するかのような、
その手..

その手に気付いてしまってから..
気持ちが一気に沸き上がった
気がした

それなのに..
治療院に行っても、あの人ではなく
他の先生が担当しちゃって、
あの人の声しか聞けない状態が続き...

私の思いは決定的になったのだ

行きたいけど、会いたいけど...
行っても触れ合えないのは辛い

過剰でない程度におしゃれして、
祈るような気持ちで出かける

受付で診察券を渡して、
待っている間のドキドキ..

あの人に呼ばれた時の嬉しさ..

他の人だった時の憂鬱..
 
あああ..書いてるうちに
泣きたくなってしまった

明後日は週に一度、
治療院に行く日

この日次第で、
私の1週間は天と地ほど違ってしまう


ダメだった時のことを考えると
辛くて..
足が痛くてたまらないのに
行かずじまいだったことことさえある

最近は足の状態も
良くなってきているので、
無理に行かなくてもいいし、
あの人に会うために来ていると
思われるのも恥ずかしい

でも...
明後日は..行かなきゃ..

行く勇気を持つために、
日記を書き始めたはず
..だから


2009年11月25日 (水)
pain&therapy−3

いよいよ明日だ

またネット占いで
いろんなものをやってしまった

タロット、姓名判断、
占星術、数秘術..

あの人の気持ちが知りたい

..私はどんな存在?

私の思いに気付いてる?...

アホだ

占いなんて当てにならないし、
あの人の誕生日さえ知らないのに..

今まで占いなんて
気にしたことないのに

自分に対する態度やまなざし、
空気で相手の気持ちを読んで、
狙った獲物は逃がしてこなかったと
自負していたはずなのに..

恋愛の勘鈍りまくり。
全然自分に自信が持てない。

仕事中も
お客様との会話に身が入らず、
店長に叱られてしまった


私の足を優しくマッサージしたり
鍼を打ってくれたり
テーピングをしてくれる、
あの人の手..

私をいたわってくれる、
あの人の声...

時折目が合う時に感じる
熱い空気に、
何か伝えようとする意思を
感じてしまうのは
私の独りよがりなんだろうか?


今日は幸か不幸か、
ぼおっと歩いてる時につまずいてしまい
痛めている右足を
思いっきりついてしまった。

これで明日、あの人が診てくれれば、
足首を調べてくれる時
痛みをこらえるどさくさにまぎれて
甘えることができる

足が痛ければ痛いほど嬉しい..

そう思って、
足を引きずりながら帰宅した

夜になって、
足首が熱を持ってきているように感じる

あの人との会話を
シミュレーションしてみる

「また痛めちゃったようですね。
お仕事大変ですよね?」

「なんとか..
歩けるから大丈夫です」

「でも、トレイとか持って歩かなきゃ
いけないんですよね?」

「はい..忙しい時とか、
ちょっと辛いですね」

ほんとはコスプレカフェだけど
あの人には普通の飲食店にいる、
と嘘をついている


きっと仕事の時のために、
またテーピングしてくれるだろう

自分でやる方法も教えてもらったけど
あの人が巻いてくれたものは
外したくなくなってしまう

あの人が触れた湿布も包帯も、
自分の体も..
そのまま瞬間凍結して
保存しておきたい...

ああ...
明日..
あの人に診てもらえますように..

それだけを願い、今日は眠ろう..

明日、この足の痛みが
無くなっていませんように..

2009年11月26日 (木)

pain&therapy−4

今日は..すごく幸せ!

あの人に足を診てもらえた!

治療院に行くまで何度も諦めかけた

確率は1/3

最近外してばっかりだったので
自信まったくなし
もし、ダメだったら
行く前の何倍も凹んでしまう..


しかも、
右足の痛みは一晩経ったら
たいしたことなくなってしまった

着ていく服も決まらない..

もう投げ出しそうな自分だったけど、
この日記を見ることで
なんとか気合いを入れた

治療院の玄関を入ってから
受付で待つ間ドキドキしっぱなしだった

直前まで、携帯をいじくって、
メールやりとりしているフリをした

違う人だったら、
急に用ができたように見せかけ
帰ろうと思ってた

そしたら...
あの人が私の名前を呼んでくれた!

飛び出しそうな気持ちを抑え、
ゆっくり立ち上がり
足を慎重につきながら歩いて行く

「大丈夫ですか?」

あの声が私の胸を震わす

「はい..大丈夫です」

あの人の手は、
痛みのある場所や程度が
わかってしまうから
過剰に痛がったりしたら
バレてしまう..

結局、幸福感と焦れったさとが
混ざり合ったような
泣きたいような気持ちで
いっぱいになり、
うまく話せなかった

足は、ちょっと関節が
炎症を起こしている程度で、
痛みがひどくならなければ、
また1週間後に、と言われた

..また..1週間..!

さっきまで、あの人に診てもらえた
フワフワとした幸福感で
思考停止状態だったけど、
日記を書いているうちに
1週間、
というのが堪え難いほど
遠く感じられてきた..

ひどくならなければ、
ということは..

ひどくなれば、
あの人に会える?

右足首をじっと見つめてみる

あの人が巻いてくれた包帯..

もっともっと包帯を巻いて欲しい

あの人に..
私の痛みにもっと触れて欲しい

そのためには、
この足首を痛めつければいいのか?

いろいろな思いが渦巻く...


2009年11月27日 (金)

pain&therapy−5

昨夜
あの後
たくさんたくさん考えた

あの人に会うために、
この足をなんとかしなければならない

でも、骨折とかギプスとかまで
いっちゃたらダメ

あの人に、あの人の手に
触れてもらいたいんだもの..

私の「痛み」に..

私の足をあの人の手が包み、
ゆっくりと指がラインに沿って動く


少しづつ力を入れながら
指が痛みに近づいてくる

足首を少しづつ動かしながら、
痛みの居所を、
その深度を探る指

私は、唇を噛み、
時々喘ぎながら...
痛みに..
あの人の手に..反応する

「ああ..っっっつ...!」

時々、痛みに耐えきれず
声が出てしまうのを抑えられないだろう

そう...私にとって、
あの人の治療は愛撫と同じ

「痛み」は

私の、あの人への思いそのもの..


あの人が探し感じてくれるのを
強く求めている私の心そのもの

今夜これから

私の「思い」=「痛み」を
より深める儀式を行おうと思う

まだ...決心がつかないから..

この日記には書かないでおこう

それとも..実現させるために書くべきなのか....

ああだめだ..

まだ現実的な自分が邪魔をしている..

でも、これだけは自分に誓う
手段はどうあれ、絶対に実行する

明日もあの人に触れてもらうために..


2009年11月29日 (日)

pain&therapy−6

一昨日
日記を書いた後

お風呂に入りながら瞑想し、
心を静めた

体が温まってから、
浴槽に座り、
あの人が巻いてくれた
テーピングを外した

いつもは外したくない、
あの人が触れたテーピング

あの人を裏切るような気がして、
手がうまく動かなかった

テーピングを外して歩くと、
ちょっとだけ足首が痛む

その痛みを感じながら、
浴室の床にシャンプーを撒き、
泡立てる

再度湯舟に入った後、
浴槽の縁に立ち、

祈りながらジャンプし、

右足首だけで着地した...


一瞬

私は
気を失っていたのかもしれない..

最初、
どこがどう痛いのか、
わからなかったから..


体を動かそうとして、
右足の痛みに思わず
悲鳴を上げてしまった

右足をかばおうとした時、
右肘と肩、頭にも痛みが走った

左手だけでなんとか体を支え、
体の下敷きになっていた右足を
少しずつ伸ばしていった

シャンプーの泡でツルツルする床の上で
もたつく左手で体を回転させた

ようやく浴槽にもたれかかった私は、
肩で息をしながら震え、
泣いていた

右半身がズキズキと痛む

右足は、
そこが心臓になったように
ドクン!ドクン!
と痛みを発信している

しばらく動かないまま
「痛み」に耐え、
ただただあの人のことを思った

ゾクッと悪寒が走り、
我に返った私は、
体を動かそうとして

改めて右足の痛みに息を飲み、
悲鳴を上げた

慌てて手をあてた右足首は、
くるぶしのあたりが

ぷっくりと腫れていた

悪寒と痛みに震えながら、
這うように浴室を出て
ヒーターを付けてベッドに潜り込んで..

..気がついたら1日以上経っていた

その後意識はあったものの、
発熱と痛みで朦朧としていた

職場には無意識に電話していたらしい

一緒に働いてる子から
「ゆっくり休んでね」
とメールが入っていた

夕方ようやく意識が少し明瞭に
なってきたが、
痛みと熱で動くことができなかった

今やっと意識がはっきりしてきて、
この日記を書いているが
もう限界..

風邪を引いたのか、
相変わらず熱っぽく、
頭がガンガンするし

右足が痛い


明日は



2009年11月 30日 (月)

pain&therapy−7

昨日

日記を書きながら
気を失うように寝てしまったらしい

今日の朝

熱のための痛みと
怪我の判別がつかないほど、
体中が痛かった

また、仕事を休み、
ベッドサイドの引き出しにあった
鎮痛剤を飲み下して、
ひたすら眠った

さっき、
ようやく熱が下がってきて、
クラクラしながらも

少しずつ体のパーツを動かしながら
起き上がってみた

頭や右手の痛みはあるけど、
ただの打撲で済んだようだ

右足は..

足首がどす黒く内出血していて、
くるぶし周辺が
3倍くらいに腫れていた

だまっていても痛みがひどく、
ちょっと動かしただけで激痛が襲う

無理矢理足を動かし、
ベッドの端に座り
体を折り畳むようにして
右足を抱え、痛みに耐えた

後悔と落胆で心がいっぱいになる
やりすぎてしまった..

こんなにひどい怪我を
するつもりじゃなかったのに..

泣きながら、
常備している湿布と包帯を足首に巻いた


こみあげる涙で何も見えず..
息が..うまくできなかった

「痛み」を封じ込めるように、
包帯を巻き、

また、巻いた



私は「痛み」だけの存在だ

せめて..あの人の夢を見たい..

絶対に、あの人は私の夢を見ているはず..

こんなにこんなに思っているのだから


2009年12月 1日 (火)

pain&therapy−8

今日になって、
やっと目が覚めた気がする

結局丸々3日以上
活動停止してしまった

当初の目的を思い出さなくては..

なんのための日記だったのか?

自分をコントロールする
ためだったじゃない

すっかり自分の体に裏切られ
翻弄されてしまった..

今日は、いい天気..

明るい日差しの中にいると、
クリアで前向きな思考ができる
のかもしれない

まず、ベッドの上で、
ぐるぐる巻きにしていた包帯を解いた

幸か不幸か、ほとんど動かず
安静にしていたせいで
だいぶ腫れが落ち着いているように感じる

湿布を貼り、また包帯をいっぱい巻いた
日頃からベッドのそばに医療用品を
常備していたのは不幸中の幸い..

ベッドの縁に両手を突っ張り、
意を決して立ち上がる

おそるおそる右足をつくと、
鋭く重く、
衝撃を伴う痛みが襲った

思わず涙が込み上げ、
脂汗が額を伝った

くじけそうな気持ちになりながらも、
次の1歩を踏み出す

ベッドや壁、戸棚その他..
手近にあるもの手当たり次第
つかまったり、
しがみついたりしながら歩いた

右足首は砕けそうに激しく痛み、

親指付け根あたりを
ほんの少しだけしかつけない

何歩歩いたのか...
最後は崩れ落ちるように倒れてしまい、
しばらく右足首をおさえたまま、
痛みで動けなかった

でも、歩けた

大丈夫

足が壊れてしまったわけではない

夕方まで足を氷で冷やして休もう

そして..あの人に会いに行こう

あの人のための「痛み」を届けなくては...


2009年12月 2日 (水)

pain&therapy−9

はじめて、
あの人を指名してしまった

きっと、その時の私の顔は
鬼気迫っていたことだろう..

今思い出すと恥ずかしくて
消え入りたくなるが
どうしても、どうしても
あの人に診てもらいたかった


...夕方
うたた寝から目覚めた私は、
まずシャワーを浴びた

あの儀式を行った浴室は、
なぜか、
まだあの時のシャンプーの匂いが
立ちこめていて、
背筋にヒヤリとするものが走った

悪夢を振り払うようにお湯を出し、
全身を清める

右足は、膝を曲げたまま
体重をかけないようにした

包帯を外した足首がフラフラと揺れ、
痛みが鮮やかになっていく..

足にかかるお湯の流れと
痛みが合流する..

転ばないように、
右足をつかないように
気をつけて移動し、着替え、
包帯を厚く巻いた

右足は、腫れと包帯で靴は無理なので、
靴下だけにした


タクシーを呼び、
治療院の玄関先につけてもらった

タクシーを降り、玄関に入ってから、
初めて右足をついてみた

やっぱり..痛い

歯を食いしばり、
声が出そうになるのを必死で抑える

そのまま壁にすがりながら歩き、
受付に行った

「先日○○先生に診ていただいた後、
転んでしまったんです
だから、また○○先生にお願いします」

..よく考えると、
なんの理由にもなっていないけど、
たぶん、
私の必死さが伝わったのだろう

私の後から来た人が呼ばれ、
しばらくした後、あの人の姿がみえた

立ち上がって歩き出そうとした私は、
思わず痛みに固まってしまった

震える私を支え、
椅子に座らせたあの人は

「ちょっと待っててくださいね」
と姿を消し、
すぐに車いすを持ってきてくれた

立ち上がって車いすに乗る間、
背中を支えてくれるあの人の手

「気をつけて..ゆっくりでいいですよ」

いたわってくれるあの人の声に、
涙がこぼれそうになった

車いすに乗ったまま
診てもらったが、
はっきり言って
その間のことはあんまり覚えていない

包帯を外し、痛みを慎重に調べ、
薬を塗り、また包帯を巻く

あの人の手の感触..

「ああ痛い..いたたた..」

まるで自分が痛みを
感じているかのように話す
あの人の声

いつもと同じあの人だったけど..
手も声も..
いつもより温度が高く感じられた

ギプスになったら困る、
というのは私の取り越し苦労だった

治療院では、
手による施術を重視しているため、
ギプス固定はしないのだそうだ

ただ、まだ足を動かさない方がいい、
ということで
シーネで固定され、
松葉杖が貸し出された

しばらくの間、
できるだけ毎日来てください、
と言われて

私は思わず
元気に「はいっ!」と答えてしまい..
あの人はクスッと笑った

ああ..あのクスッは
どう考えたらいいんだろう..?

私の気持ちに気づいてるんだろうか..?


2009年12月 3日 (木)

pain&therapyー10

今日久々に職場に行った

右足は相変わらず痛み、
松葉杖をついていても辛かった

皆、大げさすぎるほどなシーネ固定に
びっくりしていたようだった

結局仕事ができるわけではなく、
早々に帰ってきたが
クビになるかどうかは微妙なところ...

私の働いているコスプレカフェは、

ちょっと大人目かつツンデレ系の
メイド風を売りにしていて
私にはそれなりに
お客様もついていたのだが
さすがに、歩けない状態では
仕事になりそうもない..

ため息をつきながら店を出た

痛み止めも切れてきて、
激しく痛み出してきている足を
とりあえず休める場所を探す

街というものは、
普段は気にしていないような
段差や凸凹がたくさんある、
ってことに改めて気づく

慣れない松葉杖が突っかかったり、
ちょっとした傾斜でズレたり
バランスを崩しがちになる

怪我をしてから
寝込んでばっかりだったので、
体力も落ちていて
お店を出てからほとんど進んでないのに、
疲れと痛みで動けなくなってしまった

もう、
このまま治療院に行ってしまおうか、
お金はもったいないけど
タクシーに乗るしかない..

街路樹にもたれかかるようにして、
痛む右足首をさすり
また深くため息をついた時、

「サクラちゃん?」と声がした

それは、私の、
ちょっと変わったお得意様だった

かなりの大富豪らしいのだが、
うちのようなメイドカフェに
わざわざアソビに来る、
まあ一言で言えば酔狂な方..

結局、その方が
治療院まで車で送ってくれた

お礼を言って別れようとしたら、
治療を見学したい、と言う

付き添い、ということで強引に同行し、
あの人の治療の様子や
痛みに反応する私を、
観察するかのようにまじまじと
見つめていた

私も、あの人も..
なんとなくぎこちない感じで、
必要最低限の会話しかできなかった

あーあ、
なんか今日はすごくイヤな気分..

第3者の視線が
入り込んできたことで、

私の「痛み」と
あの人の「手」との純粋な繋がりが
穢されてしまったように感じる..


2009年12月 4日 (金)

pain&therapy−11

今日も治療院に行った

昨日の出来事が多少後味悪く
なんか誰かの視線を感じるような
気がして
何度も振り返りつつ
ゆっくり松葉杖で歩いた

昨日もそうだったが、
松葉杖での電車移動は辛いものがある

足の痛みは日に日に
よくなってきているのは確かだけど
歩く度、
やっぱりどんどん酷くなっていって..

でも..


痛みが増す度..
あの人への距離が近づいていく

痛みが増すほど..

あの人への思いが高まっていく

そう思いながら私は歩いた

いつものように包帯を解き、
固定を外して
足を手にとるあの人

繊細な指先が私の足を包む

最初はほんの少し滑らせるように

そして次にはなでるように
だんだんと力を入れながら

痛みを感じ取るように手が動いていく

昨日のことがあったせいか、
気がついたら私は、
いつもは見れない
あの人の顔をじっと見てしまっていた

なぜか哀しそうに
何かを求めるように、
祈るように目を閉じ
私の痛みを
探り寄せようとするあの人の顔

その手は...

ああ、そうだ
まるで潜水艦のソナーのよう..

目に見えない波のようなものを
発して
帰ってくる響きで
痛みを形づけるかのような..

そして、いつしか波は
私の痛みを受け取り、
反対に癒しを与えてくれる

なんて...不思議な手なんだろう..


2009年12月 5日 (土)

pain&therapy−12

あの儀式を行ってから
2週間が過ぎた

時折誰かの視線を感じ、
不安な気持ちになることはあったが
家と治療院との往復が、
生活の中心にある穏やかな日々

あの人の手と私の痛みとの
柔らかな交流に心満たされる日々

今日、
ずーっと気になっていたことを聞いてみた

「どうして..先生はこんなに
他人の痛みがわかるの?」


「私は...むつうしょうなんです」

「..ムツウショウ?」

「ええ..痛みを感じることができない
”無痛症”
痛みについて知りたくて..
自分で感じてみたくて..
気がついたら...
治療家になっていました」

あの人は、ちょっと哀しそうに微笑んだ

ああ、だから、
私が「痛い」と口にする前に

独り言のように
「ああ痛い..痛いですね..」
とつぶやいていたのか

だから、あんなに何かを求めるように
私の足に触れていたのか

だったら..

あの人が「痛み」を求めているのなら

私の思いがずっと変わらない限り
私はあの人に「痛み」を与え続けていられる..

私の足が、ずーっとずーっと治らなければ...?



2009年12月 6日 (日)

pain&therapyー13

昨日で松葉杖を卒業した私は
今日から仕事に復帰した

あの人がつけてくれた
テーピングが私を守ってくれる

汚さないように
その上から包帯を巻いて..

メイド衣装のストラップパンプスは、
一番ゆるめにして、なんとか履けた

ほんとは白靴下も履かなければ
いけないけど、
無理だったので、許してもらった

ゆっくりと、
右足首に体重をかけすぎないように
歩く私に
ご主人様は皆優しくしてくださり、
嬉しかった

でも、右足首の痛みは予想以上に辛く、

特に、ご挨拶の時ひざまずいたりすると
突き刺すような痛みが足首に走り、
顔が歪んでしまうのを
抑えきれなかったと思う

バックヤードに戻ると、
椅子に座り込み、
しばらくは足首を抱えて動けなくなる

ふたたび歩きだす時、
その歩き出しの1歩が

すごくすごく痛くて辛い..

昼から出勤したのに、
夕方にはもうビッコを引かずに
歩くことができなくなってしまった

もう帰らせてもらおうか..

考えてしまっていた時、
指名が入った

それは、以前治療院に
送ってくださったN氏で
断りきれず、
私は痛む右足を引きずるようにして
客席に向かった

N氏に
「いらっしゃいませ」
とお辞儀をしながらひざまずいた私は
足首に走った痛みに耐えきれず、

そのまま座り込み、
足首をおさえて動けなくなってしまった

店長が慌てて来て、
N氏にお詫びして私を連れて行こうとした

N氏は、そんな店長を制し、
私を数日貸し切りにしてほしいと
切りだした

痛みで動くこともできなかった私が
何を言うヒマもなく、
大枚の札ビラを切ったN氏と
店長との間で交渉成立してしまったらしい

..気がついたら、N氏の車の中で
やがて車は、治療院に到着した

N氏は
いつかと同じように、
私とあの人との間に視線を突き刺す

小さなヒビが入った繋がりには
亀裂がどんどん拡がって..
私は叫びだしそうだった

帰り道

N氏が私に言った

あの人との「痛み」による
繋がりがどうしても必要なら
心配いらない。
力になろう、
すべて面倒みてあげよう
と..

何を言っているのか
意味がわからない..

怖くて...わかりたくない

けれど、
すべてを見抜いているかのような
N氏の眼差しが
今も目の前から離れない

それは、ここしばらくずっと、
感じていた視線そのものだった

もしかして、
N氏は私のことをずっと観察していて、
私の心の奥底の願望まで
見抜いているのだろうか..

だとしたら..


2009年12月 7日 (月)

pain&therapyー14

足の痛みと、
ぐるぐる回っている思考のせいで
眠れない

おととい、
治療院からN氏のお宅に連れてこられた私は
昨日、今日と
N氏のメイドとして働かされた

お目覚めの入浴から、
お召しかえ、お食事の給仕...

あの人が巻いてくれたテーピングは
乱暴にはぎ取られ、
足首の包帯だけで、
ヒールの高い
ストラップパンプスを履かされた

時々、足の痛みに立ちすくんだり、
うずくまって足首をおさえる私を
舌なめずりしそうな目つきで
N氏が見つめる..

治療院に行くことも許されず
湿布も痛み止めも与えられず

足の痛みは、
キツく巻かれた包帯の下で暴れている..

昨日は携帯も
取り上げられてしまったため、
mixに保存していた日記を
見ることも書くこともできなかった

今、ようやく返してもらった携帯で
自分の日記を読み返し、
新たに日記を入力しながら考えている..

N氏は、
私が「ある提案」を実行すれば
あの人にも会わせてやるし、
あの人との「痛み」による繋がりを、
ずっと保証してやる
私の本当の望みを叶えてやる..と言う

それは、とても恐ろしい内容で...
到底呑めるものではない.

が、N氏は..

私が足の痛みのため、
メイドの仕事を中断してしまうたび
ちゃんと働け、
それとも..提案を受け入れるか?

と、歌うような調子で
私の耳に囁きかけるのだ

文字通り、必死の思いで、
足を引きずりながら働いているが..
正直いつまで持つか...

ああ、足が痛い..

あの人に捧げられない、

受け取ってもらえない「痛み」が

寄生虫のように精神を
内側から食い荒らしていく

N氏に屈服してはいけない
決して...

でも..


2009年12月 8日 (火)

pain&therapyー15

今私は
とても澄みきった静謐な世界にいる

やっと、やっとわかったのだ

これが
本当に自分の望んでいたことだと...

1ヶ月前
(..そう言えば、もう1ヶ月経つ..
あまりに満たされていて、
自分をコントロールするための
日記も必要なかった..)

N氏のお宅に来て5日目
とうとう、
私の足は動かなくなってしまった

階段の手すりにしがみつきながら、
N氏の寝酒用グラスをのせた
トレイを運んでいた時
危ういバランスが崩れ、
私は階段から転がり落ちたのだ

不思議なことに、
右足首の壮絶な痛みが
襲ってくると同時に
「ああ、これで解放される」
という安堵感を覚えた..

派手な物音に、
すぐに駆けつけたN氏は
今までとは打って変わって
非常に優しく、

可哀想に..
すぐに、あの人を呼んであげる、
と言い、

テキパキと指示をして、
私の足を固定させ、ベッドに運ばせた

ほどなく、
痛みで脂汗を流し悶絶する私の元に
あの人がやってきて..

脱臼状態になっていた
私の足首を整復し、
固定し直すと
「痛み」の治療を始めてくれた

気が狂いそうなほどの
「痛み」が吸い取られていくのが
わかった..

精魂尽き果てたように、
あの人が、
ぐったりと私の足元に崩れた

N氏は、
意外にも満足したかのように、
今夜だけは二人きりにしてあげる、
と言い立ち去った

ようやく顔を上げたあの人が、
紅潮した顔で私に話しかけた

「これほどリアルに
痛みを感じたことはない..
ありがとう」

その晩、あの人は、
何度も私を治療してくれた

休み休みだったが、
相当に体力を消耗していくあの人に
ようやく喋れるようになった
私は言った

「もう、大丈夫...
そばに..いてくれるだけで..」

あの人は私の胸の辺りに腰掛け、
優しく微笑みながら私の髪を撫でた

..ぶわわあっ!と

世界が反転するかのような、
不可解な感覚が頭に走った

あの人は、当惑する私に気づかず、

「ずっと君に惹かれていた..
もう離れていたくない..」と

私の顔を両手でつかみ、そっとキスした..

「やめ..て...
やめて..下さい..」

「ごめん..こんな時に..」

あの人は、まだ顔から手を離さない..

「やめて!離して!...
離せっ!!離せ!!!!!
離せってばっ!!!!」

自分の態度にびっくりしながらも、
私は襲い来る嫌悪感に耐えきれず、
手を振り回してあの人を突き飛ばした

驚いて座り込んでいるあの人を

目を見開いて見つめながら

私は悟った

..N氏は正しかった..

..私はあの人の愛が欲しいわけじゃない..

...そして
私は提案を受け入れた...


今、

私はN氏に心から御仕えする喜びを
日々噛み締めている

美しく残忍な私のご主人様...

そして、夜には

僕(しもべ)に、
私の「痛み」を吸い取ることを
許してやる

ご主人様に幽閉され、
1日中「痛み」に飢えているあの人は
吸血鬼のように、
私の「痛み」を貪り尽くそうとする

切り取られて今は無い、
私の足首の
「幻の痛み」を....





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