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わたしが見たい景色

わたしが石垣島を好きな理由。綺麗な海だけではなく、小高い山々が美しい場所であること。

石垣島にある野底マーペーに登ったことがある人はいるだろうか。正式名称は野底岳。マーペーと呼ばれる理由にはある伝説が由来している。

むかしむかし、黒島から強制的に移住させられたマーペーという女性は「恋人の住む黒島を眺めたい」という一心で野底岳に登ったものの、於茂登岳というこれまた小高い山に遮られ叶わなかったらしい。絶望を味わったマーペーは野底岳の山頂の石と化した、という話。これが名前の由来となり、地元の人たちは野底岳を「野底マーペー」と呼ぶようになったのだ。


週末、八重山巡りの旅に出かけた。石垣島、竹富島、小浜島を巡った。最終日、ノープランだったわたしたちは思いのほか時間に余裕ができ、マーペーに登ることにした。

登山ルートはふたつあり、1時間ほどかかる道と20分もせず登れる道がある。わたしたちに山を登る装備はなかったし、サンダルだったので短いルートを選んだ。たったの20分で着いてしまうの?という気がするけれど、道は狭く、急でごつごつとしていて、何時間にも感じるような山道だった。トンネルのように草木が生い茂っていて、山頂に着くまでは空が見えない。

登山口までは知り合いに送ってもらった。一緒に登ろうよ、と誘ったけれど、どうやら用事があるみたい。帰りは、どうしようか。まあ時間もあるし歩いて大通りまで出ればいいだろう(5キロくらい)と考えていた。送ってくれた知人にお礼を言い、わたしと夫は登り始めた。登山口に車が1台止まっていたから、おそらく登っているのだろう。あわよくば、下山タイミングが重なり、車に乗せてもらえないかしら、などと考えていた。

しかし登山途中で下山してくる彼らとすれ違ってしまった。残念。ここから彼らには到底追い付けない。仕方なし。わたしと夫は気を取り直して登った。

2泊3日の荷物と少しばかりのお土産が入ったバックパックは重かった。身をかがめながら狭い狭い登山道を登った。掴めるくらいの太さの木を頼りに、せっせと歩いた。しばらく歩くと、少しずつこもれびが入り込んできた。『こもれび』という言葉が好きだ。英訳が出来ない言葉のひとつらしい。こもれびを見ると、なんだかホッとする。今がとっておきなんだ、と思える。

少しずつ、光が強くなってきて、ようやく空が見えてきて、そうして一気に木々のアーチを抜けた。大きな岩がいくつもあって、山々が、海が、一望できた。一番高いところまで登って、深呼吸をした。たった20分しか歩いていないのに、とんでもないところに来たような、そんな気分だった。

わたしたちは頂上の岩の上でしばらく無言だった。ただただ、風が強く吹いていて、海はあおくて、空はどこまでも広かった。どこまでも、どこまでも飛んでいけるような気がした。そしてこの山道を登れる自分の健康な身体に心から感謝した。

さて、急な下り坂はもっときつい。すべらないように、慎重に。下山するのは登るより時間がかかったように思う。途中何度も夫は振り向いて荷物を持とうか、と言ってくれた。わたしは首を横に振った。なんとなく、自分で歩き切らないといけない気がした。

やっと登山口までたどり着き、コンクリートの道路に出る。山頂に出たときとはまた違った達成感と安心感。疲れているはずなのに、登る前よりも心は元気になった気がする。

車はいない。仕方ないね、歩こう、とわたしたちは歩き出した。空港までは10kmある。歩いたら4時間くらいかな。飛行機にはまあ間に合う。大通りに出ればバスも乗れるだろう。ま、あわよくば、誰か乗せてくれないかな~なんて考えながらのんきに歩いた。

途中、暑くて夫がズボンを履き替えたいという。わたしは前後から車や人が来ないのを確認し、夫はその間にさっと着替えた。すると車の音が背後から。1台の軽トラにはおじいが2人乗っていた。「おお、乗っていくか?」と声をかけてくれた。わたしたちは一瞬の迷いもなく、顔を見合わせることもなく「お願いします!」と今日1番の声で言った。

ハズバンド

荷台に乗せてもらい、ふうっと身体の力を抜く。やっと夫と顔を見合わせて「ついてるね」と、にやりと笑った。軽トラから見る島の景色。感じる風。におい。おじいの声。すべてが贅沢だった。ここにしか、今日だけしか、味わえない景色が愛おしくて、切なくて、胸がきゅっとなる。この瞬間だけの景色を、きもちを、いつも求めている。八重山の旅にはそれがたくさんあった。

綺麗な海に入るのもいい。シュノーケリングもいい。海ぶどうを食べるのも、水牛に乗るのもいい。でも、おじいたちが見る景色を、そのまんま、見るのはもっともっといい。ああこれが、この景色が、旅がわたしを満たす理由なのである。そこに、行く理由なのである。

そうして大通りまで出て、ここからならバスも乗れるだろうと言うところで降ろしてもらった。でもなんとなく、歩きたい気がして、そこから空港まで1時間半ほど歩いた。歩いて、歩いて、歩いて、歩いた。すぐ近くを飛ぶ飛行機を眺めながら、歩いた。

程よい疲労感に包まれて、空港に着いて、そばを食べ、帰路に着いた。

見たいものがたくさん見れた。優しくしてくれた軽トラのおじいに小さな幸せが訪れるように、と願った。また来れますように。山や海が、ずっとありますように。石垣島は遠くて、非日常だけど、いつも心にある大切な景色がたくさんある。わたしの日々を支えている。そういう大切な、大切な場所。これからもずっと、ずーっと。

雲の上はいつも晴れ

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