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嫌なものは嫌、と拒否れる胆力を

「何食べたい?」
と聞かれた時

「何でもいいよ」

人生で1度たりとも
思ったことがない
 

そんな風に思わない人がいるとは
夢にも思わなかったので
「何でもいいよ」
というのは
相手やその場の空気に遠慮して
言わないでいるのかとずっと思ってた
 

だから
目上の人がいたり
自分が我儘を言わない方がいいんだろうな
と思う場面では
「大人の対応をしなきゃ」と
ぐっとこらえて
「何でもいいよ」
と言っていた

まわりに合わせてお店に入り
まわりに合わせてご飯を食べてた

食べていたら

どんどん体調が悪くなっていって
ある日急に
添加物を取ると
鼻血が出るようになった

食べた分だけ出る

液体の方が
より早く出る


仕方が無くなって
ご飯を断ったり
「これは食べれないの」と
要望を伝えたりして
食べたくないものを食べないようにしていたら

だんだん体調が良くなってきて
最近は
多少「あれ?」というものを口にしても
鼻血が出なくなった

その間に
ちゃんと嫌なものは嫌と
断れるようになっていた


だから…
これはね
断れない私への
最後通告みたいなものだったのかなあと

「お前いい加減にしとけよ」と
心と体からのサインだったのかなと
今では思う

断れるようになって
自分の意見を言えるようになれて
本当に良かったし
生きやすくなった


この
食べれないものがあるのは昔からそうで

給食を作ってくださってる方々には
本当に申し訳ない限りなんだけれども
給食が苦手だった

いや
大好きなメニューもあるの

あるんだけれど
どうしても食べたくないメニューが3つだけあって

けれど私の小学生の頃は
「絶対残しちゃいけません」
というノリだったので担任の先生が
居残りさせてまで食べさそうとした
(今なら虐待と言われる行為なんだろうが)
(そんで、担任は「ピーマンアレルギーだから」とピーマン残してたの。絶対ウソやん!って思ってた!! 自分がアレルギーあるなら他人もそうかも?って配慮するのではと。自分が嫌いで残してるから、相手も嫌いで残すと思ってこんな酷いことさせるんではとずっと思ってたんだけどどー思います?苦笑 ←あ、例の写生遠足でブチ切れ案件かまされたのと同じ担任ね。)

給食の時間が終わり
午後の授業が終わり
掃除の時間が終わり
終業のチャイムが鳴っていよいよ帰らないと
というところでやっと
「捨ててきなさい」
と開放される

私は食べたくないものは
絶対食べないと決めていたので
(だって後で具合悪くなるから)
ひと口たりとも手を付けずに
この全部の時間を
残した給食とともに過ごし続けた

とゆーか
掃除でめっちゃホコリ立ちまくった中に置いてた給食を食べさそうとするのって
酷くない?
衛生的にもヤバくない??

「ほんと時間の無駄、かつ精神的に酷いことさせるなあ」
と思ってた(嫌な子供すぎる)

でもね
自分に正直に生きたこの頃はね
めっちゃ元気だったなと


当時から
合わないものを食べると体調崩すし
なんなら外食の水道水飲むだけでお腹壊してたくらいで(実家は井戸水)
体に不必要なもの、具合が悪くなるものを
極力排除してた結果なんだろうなーと思うの


でもそれを
大人にならなきゃと
無理して
頑張って食べてたから
心身ともに不具合を来たしたんだなあと


これを
どんなことにも適応させて
試していきたい

物や事、すべて

お仕事も
人間関係も
聞くもの
見るもの
やること全部

徹底して
快適なもので埋め尽くす!!!


本当に良いものは
分かるから

知ってるから


本ッ当に不思議というかいっそ不気味な話があって(笑)

小学生の頃、家庭科の授業で裁縫箱を購入しなきゃいけなくて


それ用にとの購入ラインナップを見たら
全部キャラクターの絵がプリントされた
プラスチックのケースのもので

で、ピンクとか水色とか
いろいろカラフルなものはどれも
いかにも安っぽい色で「勘弁してくれ」と泣きそうになって
(そもそもキャラクターの絵柄というのも耐え難い)
1番マシかなと選んだのが
黒一色に白のみでスヌーピーが描かれてたもので


それが届いて手に取った時に思ったの

「黒いツルツルの箱はこの質感じゃないし、模様の入り方はこんなんじゃない!」

という強い違和感…
 

そう
それから数十年後に
正倉院展に行って
漆塗りの螺鈿細工の箱を見た時に思った

「私の欲しかった黒のツルツルの箱、これーーー
!!!」
(オイオイ)

何で知ってるのか
(実家にはそんなの無いし、めちゃんこ田舎なんで他で見るわけない)
ほんとにほんとに謎なんだけど
なんか良いものを
魂か遺伝子的に
知ってるっぽいのかもなんですよねたぶん知らんけど!(笑)


だから
私が欲しかった
算数で使うおはじきは
軽いプラスチックのけばけばしい色のものじゃなくて
天然木の蜜蝋仕上げで桜とか紫檀とか、木の元々の色で違いを出してるやつ(木目がお花みたいに放射状になってるのがいい)
と、今なら明確に言語化できる!
(なぜ貴族に生まれなかったのこの魂…)


ちょっとの違和感も大切にして
例え「そんなものはこの世の中に無い」
と誰に言われようと
「お前何様やねん」と思われようと

「違うものは違う」と
言い続け
求め続けることが
私の太陽を生きることの
ひとつかもしれない

なと
思った夜


嫌なものは嫌やねん!!!
ぜったいぜったい
0.1ミリたりとも 嫌!!! やねん!!!笑

「こんな私のお眼鏡に叶うなんて、素晴らしいことですのよオホホホホ」
とか
言えるような強メンタルを 目指したいないっそ(笑)

これを続けてたら
「ゆうり氏が選ぶものなんだから良いものに違いない」
と信頼してもらえたら
私の推したいものたちが
確実にたくさんの方に届く一助に
なるかもですもんね!!

在って欲しい世界への
1ピースとして
こういう在り方も
アリなのかも、ですよね…!!!


2023/11/21




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