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【創作】2024.07.20

こうしていても、あなたは来やしないわ。わたし、ここで一時間以上待っているの。いえ、もしかしたら待たせているのかもしれないわね。場所を決めておかなかったから。時間は決めておいたのよ。でも曜日まで決めたかしら。覚えていないわ。でも合ってるはずよ。だってここまで何の滞りも違和感もなかったもの。はっきり分かるわ。どうせ来ないってことがね。いるのよ。絶対にいる。だけど来ないのよ。来れないの。分かる?誰もいないの。いえ、誰かがいるのだけど。誰もいないのよ。いてもいいけれど、関係ないわ。誰もいないことに違いはないわ。まったく何を考えているのかしら。もしかしたら平日なのが良くなかったのかもしれないわね。あるいはお昼時だからかも。昼食をとっているのかもしれない。あの人、昼食がなによりの楽しみなんだもの。あるいは週末だから家族と買い物に出掛けているのかもしれないわ。もしかしたら本を読んで勉強しているのかも。わたしと話すときもそんなふうだったし。わたしと話すとき、わたしのことを娘みたいに見ているのよ。いえ、見ていないわ。私はただの患者よ。あるいはクライアント。あるいは生徒。あるいはお客さん。どうでもいいわ。何を買ったのかしら。何を買うのかしら。何が欲しいの?わたしは何も欲しくない。あの人、いつもいるのよ。不思議なことに。まるで建物の家具みたい。この建物にいつもいるのよ。似た格好をしてね。毎日々々。まるであの気のいい店主みたい。先生みたい。診察室を開けるといつもいるのよ。どうして?なぜ消えてしまわないの?どうしてみんな消えてしまわないのかしら。どうして今までのように誰かがいるのかしら。ここにくる途中に自転車に乗った中学生を見たわ。見たことのあるような中学生をね。わたしも中学生だったのよ。わたし中学生だったのかしら。いえ、そう考えるのが妥当だわ。必然的だわ。論理的だわ。だってわたしは中学校を辞めてないもの。辞めてないということは、中学生だったということよ。いえ、入学してさえいないのかしら。でも行ったことはあるのよ。たしか渡り廊下をわたって体育館に行くのよ。違うわ、連絡通路を通るんだったかしら。渡り廊下は小学校だったかしら。もう覚えていない。でも中学生は見れば分かる。だってずっと見てきたし。見たことがあるのよ。彼らを目にしたのは初めてかもしれないけれど。それで不思議に思ったのよ。どうしてなのかって。どうして自転車に乗った中学生がいるの?なぜ消えてしまわないの?そういえば、さっきから車が通り過ぎていくわ。どうして?なぜ車は無くなってしまわないの?

これは、Jアラートのテストです。これは、Jアラートのテストです。
これは、Jアラートのテストです。これは、Jアラートのテストです。
こちらは、防災、”sbdub”です。

わたしはなぜ昨日、眠ったのかしら。
なにも覚えていない。
眠ってしまったの。
昨日は何をしていたっけ。
でも眠ってしまったのね。
支度してここまで来たのよ。
なぜ。
約束があったからね。
メモしておいたの。
寝るまえに確認したメモよ。
どうして確認したのかしら。
たしか約束の時間は11時だったわ。朝の11時。それでいま朝の11時よ。
なぜ寝たのかしら。ずっと起きていればいいのに!なぜ寝たのか分からない!わたし寝るような奴じゃないのよ!一睡も必要ないのよ!人間じゃないもの!どうしてみんな寝るのかしら!奇妙な顔して寝るのかしら!夜は頭がおかしくなるわ!なぜわたしは寝たのよ!なぜあの人はここにいないの!なぜわたしはここまで来たのかしら!メモに書いてあったからよ!だから歩いてきたのよ!なぜ歩いたのか!歩いたからよ!なぜ信号は点滅しているのか!なぜ車は停まっているのか!赤信号だからよ!なぜ動き出すのか!青信号だからよ!信号は俺が操作している!この世界のすべての信号は俺が司っている!車も人も、俺のものだ!俺の思い通りなんだ!アスファルトの下には何があるの!マンホールの下は空洞よ!どうして青空なのかしら!ねえ!聞いているの!どうしてわたしは寝たのよ!どうして!寝るんじゃなくて死になさいよ!夜は死ねないのよ!頭がおかしくなるから!それなら尚のこと死ねるでしょう!なぜ帰ってくるのよ!死になさいよ!ドアを開けるんじゃないわよ!ねえ!どうして!どうして寝たりなんかしたのよ!死になさいよ!死になさいよ!どうして寝たのよ!どうして歩いてきたのよ!どうして!

お待たせ。探したのよ。どうしてこんなところにいたの?

どうして来なかったのよ。

部屋はB棟、2階の201号室よ。忘れてしまった?

知らないわよ。そんなの。

いつもの場所でしょう。いつも来ているじゃない、時間通りに。

どうでもいいわ。

まあ。何でもいいけれど、休みたいなら連絡ぐらいはしてくれない?私もあなただけを診ているわけじゃないの。

じゃあ、もう来ないわ。

それ、ちゃんと先生には言ったの?親御さんと相談した?

もう来ないわ。

いつも言っているけれど、言わなきゃ分からないのよ。言わなくても分かってくれるなんて子供じみた期待を抱いて裏切られるのはやめなさい。話せば分かることじゃない。違う?

ええ、そうね。

あなたは今どうしようもないって思っているのかもしれない。不安とか、絶望感に押しつぶされているのかもしれない。私も子供のときそうだったし。だから今こういう仕事をしているのよ。そしてあなたみたいな子供を多く見てきた。大丈夫よ。あなたみたいな子供は珍しくないわ。良くも悪くも子供は大きなエネルギーを抱えているの。それに心身の急激な変化も経験するし。でも皆んな同じなのよ。みんな通ってきた道なの。

あなた名前は?

ミシェルよ、アベラ。

わたしを名前で呼ばないで。名前なんて大嫌い。

どうして。あなたに付けられた大切なものじゃない。あなたが生まれた証よ。あなたが大切にされた証。あなたが可愛らしい赤ん坊だった証よ。

だから嫌なのよ。わたしはさっき生まれたの。赤ん坊だったことなんか、ないわ。誰からも生まれていないしね。

じゃあ、なんて呼べばいい?

呼ばなくていいわ。名前なんか大嫌い。

わかったわ。でもいずれ必要になるわ。あなたが私をミシェルと呼ぶようにね。あなたには名前が必要よ。誰もが名前を持っているの。大抵の場合、それは唯一のものではないわ。同じ名前の人が他にいるでしょうね。でもその名前を呼ぶとき、呼ばれているのはたったひとりよ。あなたを呼んでいるのよ。あなたを思い浮かべるとき、あなたの名前が思い浮かべられるのよ。私はあなたの名前を心の中で呼ぶわ。そうじゃないとあなたが誰だか分からないからね。

分からなくていいわよ。わたしはいないんだから。

それじゃあ通用しなくなるときが来るわ。とにかく今日はもう時間がないから。次は、また2週間後ね。もし休むなら連絡してちょうだいね。

もう来ないわ、ミシェル。

そうやって、格好がつくのは今のうちだけよ。あなたはかならず来るわ、アベラ。あなたはかならず来る。なにも恥ずかしくないのよ。来ないと言って、来ればいいの。私もそうだった。それに。あなたはそれだけじゃないでしょう。あなたは過去の私とは違うのでしょう。アベラ。アベラ。あなたに名前を与えたのはだれなの?私はミシェル。あなたはアベラ。特別な名前だわ。確信できる。あなたは呼ばれるのよ。一つの名前で。ひとりを。時として。あなたはだれ?あなたはどんな顔をしているの。髪は長い?短い?身長は?どんな服を着ているのかしら。可愛い系?かっこいい系?あなたの声は?かならず誰かの期待が込められているわ。私の声のように。あなたは特別なのよ、アベラ。あなたはだれ、アベラ。あなたはかならず来るわ、アベラ。

©︎ 2024 Yuuki Miwa

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