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ふぞろいのアルバム(ショートストーリー「唐揚げ」)

「せっかく良い天気なのに、気分はぜんぜん晴れねーよ、あいつのせいで。
あいつはあいつで、同じように思ってるんだろうけど。
そろそろ、離婚した方がいいのかなぁ?」

「ん?なんなのよ、いきなり。」
離婚という過激なコトバに、声が動揺してしまった気がする。
バツイチの私にそう言われても、なんて答えたらいいのか。

「はい、お待たせしました、日替定食です。」
アルバイトのお兄さん、いいタイミングで入ってきてくれた。

入社が同期の彼は、海外勤務から戻ってきた数年前から同じ部署になった。
以前、飲み会で酔っぱらって、
「子供たちが大学卒業するまでは我慢する。いやそれまで、もつかな。。。」
と奥さんとのことを、ぶちまけていたのを思い出す。

離婚経験者からの「そうね、潮時かもね」という類の回答を求めているのか。
彼より先に結婚し、一人息子も巣立った私は、2年前に”自由”になった。そういう意味では先輩であり、アドバイスを求められても不思議ではない。

では、一般的に私の立場では、どういう回答をするのが正解なのだろうか。
いや、そもそも私に一般的な回答を求めるとは思っていないから、動揺したんじゃないのか。
つまりその後の、将来の私たちの関係についての問いかけ?うーん、いくらなんでも考え過ぎかな。

彼は昔から気も合うし、一緒に映画を観に行ったり、よく遊びに行った仲だ。でも不思議と、昔も今も、男女関係はもちろん、恋愛的なそういうメンドーな関係になったこともなく。
もっとも昔は、噂にはなっていたと、後から後輩に聞いたことがある。まぁ傍から見ればそうでしょう。
こうやって最近いつも一緒にランチしてると、今も噂になっている、かもしれない。
いや、誰も中年のカップルなんか興味ないか。
でも、彼も離婚したら、この関係を周りはどう思うだろう。

「あれっ、下のお子さん、この春から社会人だっけ?」
知ってるのに聞いてしまった。そしてそのことを後悔した。
「うん。」なんだよ覚えてないのかよ、と言いたげな素っ気ない返事。

「ありがと。」さり気なく、箸を取って渡してくれる。そういう前の夫にはない、気遣いが彼のいいところ。比較する対象があるからこそわかる彼の良さなのかもしれない。

後悔したのは、私の聞き方が、中途半端だった点。彼のプライベートを、気にしていることを悟られたくない反面、気に留めていないと思われるのも本意ではない。だから中途半端になってしまうのか。

この歳になると、「恋」とか、もちろんいくつになってもそういう「感情」は大切だと思うけど、むしろ生活していく上での相性とか、生活していく上で支障が少ないこととか、「心」よりも「頭」を優先せざるを得なくなる。一度失敗している私としては、「頭」の比重がどうしても大きくなってしまう。我慢や無理をせず、自然に楽に自分がいられる環境を作れるかどうかで、相手を見てしまう。そういう意味で言えば、彼は、当てはまるのだ。

“黙食”の後、話がどう展開されるのか。カウンター席では彼の表情を伺うのもはばかれる。

先に食べ終えた彼が、マスクをしてまた話し出す。
「あれ、マコが作る唐揚げって、こんなタイプ?」
そういえば、以前、彼と唐揚げの話をしたことがあった。私の作る唐揚げは片栗粉を使うタイプだが、夫と息子は市販の唐揚げ粉を使ったタイプが好みだという話。
「うん、まぁ近いかも。」まだ食べてる途中なので、軽めの返事。
「マコの唐揚げも食べてみたいな。」
おっと、ここを、さり気なく言うか?!
返事せず、食べる速度を落として、この話題を風化させることにしよう。

「いろいろと面倒そうだよね、離婚も。」彼は一人で話し始めた。
「子供が扶養からはずれるし、真面目に考えてみたんよ。でも家のローンとか、いろいろあるじゃん。」
なんだ、最初に私へ投げかけた質問の答えは自分で用意してるの?
「まぁ、でも子供たちが結婚して家を出て行って、二人きりになった時、この生活に耐えられるかどうかだな。もう少しの辛抱かな?」

唐揚げを食べ終わった私の口から出たセリフは、やや怒り気味だった。それがどう彼に伝わったかはわからないが。
「面倒だと思うなら、離婚するの、やめたら。オリンピックだって、再延期は無いよ。その時は、中止だよ。」
私は何を言っているのだろう。なんで話をオリンピックとくっつけちゃったんだろう?
黙ってしまった彼に、さらに意味不明のことを口走ってしまった。
「わかった。来週、お弁当作ってくるよ。私の唐揚げ弁当食べさせてあげるよ。」

そろそろオフィスに戻らなければいけない時間だ。


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