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ムーンライダーズ『P.W Babies Paperback』(2005)

 ムーンライダーズ初の自主レーベルから発表された本作は、正式には『ポスト・ウォー・ベイビーズ・ペーパーバック』という。

 アートワークは、イラストレーターの福田利之さんが担当。一度見たら、忘れられない情緒が溢れている。歌詞カードにもたくさんのイラストが散りばめられた。

 かつてサブスクリプションでも配信されていたが、このアートワークは絶対に手元に置きたいと思ったし、昭和の頃から大切に使われてきた玩具箱をひっくり返したような音像、歌詞の世界観が大好きで、先日、ついに購入に至った。……在庫があって、よかった。

 真っ先に惹かれたのは、「スペースエイジのバラッド」のファンシーながらも狂気を秘めた、あの頃の宇宙に対しての憧憬的な世界観。西側からではなく、透明なカーテンの向こう側に想いを馳せた詩が、世界に奥行きを育む。必ずしも宇宙に憧れを抱かなくなった、わたしたちにはきっと書けない世界だ。エンディングのナレーションは鈴木慶一さんのお父様。劇団文化座で舞台俳優として活躍された鈴木昭生さんが、声帯を切除する直前に録られたそう。

 さらに、「ヤッホーヤッホーナンマイダ」「ひとは人間について語る」など、戦後すぐに生まれた世代にとっても暗い影を落とす、戦争、あるいは、反戦にまつわる楽曲も重要な立ち位置に腰を据えている。それぞれ白井さん、かしぶちさんの作曲だが、サクソフォーン奏者の坂田明さんのペンによって暴れ踊るような前者と、戦争の実存性とフィクションならではの虚構性とまっすぐに向き合う後者と、両者の作風の違いがはっきりと現れているようで、かなり面白い。

 かしぶちさんは「ひとは人間について語る」の他に、サーカスに心を躍らせた青春時代を描いた「さすらう青春」も本作のために書き下ろしているが、短い冒頭と終章の楽曲たち、スタジオジブリ作品でお馴染みの覚和歌子さんを作詞に起用した「Bitter Rose」、リード楽曲「スペースエイジのバラッド」を書き下ろした岡田徹さんと共に、本作の特徴的な雰囲気を醸し出すのに一役も二役も買っている。やはり、ムーンライダーズの世界に柔らかでファンタジックな、あるいは時に無機質で幻想的なモチーフを生み出すのは、かしぶちさんと岡田さんのふたりだと思う。わたしが言うのは恐縮だが、ほんとうに素晴らしいソングライターだ。

 周囲を見渡してみると、彼らの歴史の中でも意欲的な楽曲が多い。よくよく考えてみると、開幕ともいえる「Wet Dreamland」も相当な変化球だ。つくった鈴木慶一さんは「夢精の歌」と語ったそうだが、わかるようなわからないような、あまりにも掴みどころがない。武川雅寛さんが作詞も手がけた「地下道Busker's Waltz」は、あまりにも素直な詩をオーガニックなアレンジとワルツのリズムに乗せて、メンバー全員で歌い上げる。鈴木博文さんの「銅線の男」は職業作詞家らしい洗練と幻想、ごく個人主義的な思い出が織り交えて、他にはないファンタジックな現実感がたまらない。

 アルバムとしては、決してヒットチャートの十傑に載るような作品ではない。ただ、好きな方には心の奥底まで染み込んでいくし、一生聴き込んでいけるであろう作品である。

 あの時代をまったく知らない、親も生まれていない時代を描いたアルバムだからこそ、わたしには、より興味深く映るのかもしれない。当時を知る方よりも、美しく、あるいは儚く見えるのかもしれない。ただ、この幻想が、わたしは大好きだ。

 最後に、福田利之さんのワークスを見られるページを紹介する。ぜひ、福田さんのイラストを堪能してほしい。

 2024.9.16
 坂岡 優

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