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ムーンライダーズ『Dire Morons TRIBUNE』(2001)

 日本のポップ・シーンにおいて、もっとも異形の、あるいは不思議な音楽を長年作り続けてきたバンドのひとつがムーンライダーズであることに異論はないだろうが、そんな彼らがいちばん先鋭に走った作品を議論しようとすると、たくさんのアルバムが顔を出すはずだ。

 90年代作品のほとんどをまだ聴けていないわたしはベストを議論することは出来ないが、少なくとも、2001年12月に発売された『Dire Morons TRIBUNE』は長い彼らの歴史の中でもかなり奥深くに入り込んだ作品であることは間違いない。深い深い影の中にいるのに、少女が微笑を浮かべているようで、いずれにしたって、こんなサウンドプロダクションをしているアルバムは国内作品ではこれまでに聴いたことがない。

 ムーンライダーズはメンバー全員が作詞・作曲を手がけることによって生まれた奇想天外な世界観や、時に自らの信念のままに突き進んでいったサウンドメイクなどが一般的にいわれる魅力だが、このアルバムで貫かれたサウンドプロダクション、もっというと音響設計にもこだわり続けてきたバンドだ。特に中心的存在の鈴木慶一さんが幼少期から音響に興味を持ち、プロになってからもサラウンドに早い時期から注目し、取り入れてきたことで知られている。

 このアルバムはサウンドプロダクションが特殊で、エフェクトやコラージュがふんだんに用いられた。それだけではなく、なんというか、リスナーを驚かせるというか、2001年9月11日に発生した同時多発テロからの動揺を正面から受けたからなのか、まるで影の中で高笑いを浮かべているような偏狭的な音像がそこかしこに現れる。

 作品を聴いた人の中では「天罰の雨」「Blackout」「Lovers Chronicles」「棺の中で」辺りがアルバムを包み込む影のもっとも濃い作品として語られるが、わたしはかしぶち哲郎さんのつくった「Curve」が異形の影をしなやかに担っていると考えている。歌詞を読むだけでも、ファンタジックな世界観の中で徐々に滲み出る狂気が垣間見る楽曲だが、本作的な影を内含しつつも、それでも朗らかであろうとする。断片的に語られる物語は幻想の域で呼吸を続け、今でも答えを待っているような気がする。そもそも、そんなものはなく、どこかで眠り続けるのだろうが。

 このアルバムは「棺の中で」が15曲分の影を包み込んだ後、SF映画のバーやダンスホールで流れていそうな「イエローサブマリンがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!」で幕を下ろす。

 他の方のレビューにも綴られていたが、90年代はアルバムの中心を担うことが少なかったかしぶちさんや鈴木博文さんの楽曲が強力にアルバムを牽引し、そこに慶一さんのマッドな部分が一気に爆発していく構成がたまらない。インタビューやアーティスト写真で朗らかな表情を浮かべる慶一さんが、こんなに荒れまくる作品は80年代以来かもしれない。

 わたしは本作が大好きだ。カメラ=万年筆の佐藤優介さんが本作を激賞する理由がよくわかる。決して万人受けはしないけれども、絶対にポップを意識して作られたアルバムではないけれども、なぜだか異形のポップさがある。彼らなりのポップさ、すなわち美学が貫かれている。

 本作は配信もサブスクもないが、こんなにこだわり抜かれた作品がそうやって眠っているところも彼ららしい。ぜひ、聴いてほしい。

 2024.3.23
 坂岡 優

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