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連載《教え子17~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》

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 トントントン。

 飛び上がるほど驚いた。
 やっべえ、誰かに彩子と二人だけでいるところを知られてしまう。
 咄嗟に、俺たちは、テキストとノートを彩子のバッグから取り出し、質問に対応している振りをして、
「はい、どうぞー」
 と、努めて冷静に返事をした。
 入ってきたのは塾長だった。
「あ、いたんだ。もう面談終わったの?」
「あ、ええ、宿題でわからなかったところを見てました、な? 星野さん?」
「はい、早く面談が終わったので。。。」
「あ、そー。なんでそんな端っこで?」
「え? あ、いや、帰り際に、この子が『宿題見て?』って言うもんで。。。」
 塾長の目が細くなった。しかし1秒か2秒して、その目は優しさに溢れた。
「そういうことですか、ただ、次に面談する保護者の方がもうお見えになっていますから、早々に切り上げてくださいね」
 ふー。助かった。
「わかりました。そんなに時間はかからないので大丈夫です」
「じゃ、ごゆっくり」
 ん? ごゆっくり? 塾長は見透かしてるのか?
 俺は彩子を見た。
「ごゆっくりだって」
「先生、まずいかも」
 彩子も流石に肝を冷やした様子だった。
 これではキスどころの騒ぎではなくなった。
 早々に咄嗟に出したテキストとノートをしまい込み、彩子は俺に背中を押されるように教室を出、俺は彩子を教室から見送った。
 廊下には次の面談で待っている保護者と生徒が椅子に座って待っていた。
 保護者と見られるお母さんは、明らかに待ちくたびれている様子だった。
 出てきた彩子をジロッと睨んで俺に視線を移してきた。
「山本さん、お待たせしました、どうぞ」
 かなり動揺していて、残念ながら、山本君と保護者の方に何を話したか、覚えていない。

 相変わらず、小テストやノートを使った"文通"は続いた。
 机間巡回で彩子のノートを見たら、
「この前はゴメンナサイ」
 と書かれていた。だから、
「ここ、ちょっと違うな」と言いつつ、
「謝らなくていいよ」とコメントの横に書いた。
 すると、彩子は顔をクシャッとして笑顔を見せた。
 二度目の巡回では、
「ディズニー連れてって?」と書かれていた。
 これにはちょっと直ぐに返答できなかった。
 やっぱり俺と彩子は先生と生徒の間柄。
 一線を超えることが果たして良いことなのか、流石に迷いが生じたのだ。
 だから、俺はノートのコメントには目を通すだけにして、次の生徒の巡回を始めた。
 答え合わせの時間になった。
 黒板を背にみんなのほうを向いた。自然と彩子と目が合った。彩子は悲しそうな顔をしていた。
 わかってくれ。君だって禁断の関係だってことくらいわかっているはずだよね?

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